霧の中の攻防
トモエの放った炎槍が、タクトの展開した水壁を破壊する。
——圧倒的な熱量で。
着弾と同時に溢れ出す大量の蒸気。
それは一瞬で戦場を白く染め上げた。
「ぐあっ!」
タクトの声が漏れる。
即席の水壁では炎槍を完全に防ぐことはできず、壁を貫いた炎がタクトの左腕を焼いていた。
「灰嶋くん!」
「……大丈夫。こっちへ」
すぐ後ろまで来ていたカナタは怪我を見て心配するが、タクトはすぐさま彼女の手を掴み、チヒロから離れるように走り出した。
追撃を防止するための魔法を唱えながら。
◇
爆発の後、次に動き出したのはチヒロだった。
「っ!見えない」
水壁の近くにいたチヒロの視界は白一色。
直接的なダメージこそ無いが、もうもうと立ち込める蒸気の熱さは肌にピリピリと伝わってくる。
「なるほど……水壁はこのため」
状況からタクトの狙いを察すると、彼女はタクトがいた方向に集中する。
二人分の足音と蒸気の揺らぎ。
そこから、逃げた方向を特定した。
「……逃がさない」
チヒロはナイフを手に二人を追う。
今はクールタイム中でスキルは使えないが、追撃が必要な場面だと判断した。
「……っ!!」
しかし、素直に追わせてくれる敵ではなかった。
急停止したチヒロの前には、氷で作られた槍が地面からチヒロの喉元まで伸びていた。
「罠……この視界じゃ見つけるのは難しい」
氷槍にヒュッとナイフを滑らせると、それはいとも簡単に砕け散った。
「見かけだけで中はほとんど空洞。でも自分から突っ込めば無傷では済まない。……いやらしい」
チヒロは迂回して攻め込もうと試みるが——
「……こっちにも罠」
チヒロは嘆息した。
タクトは自分から逃げながらも、扇形に氷槍を設置したのだろう。
視界が悪い状態で後を追うのは危険。
「……トモエと合流しないと」
この罠エリアをトモエに破壊してもらった方が良いと判断したチヒロは、来た道を戻るように走っていった。
——そのすぐ側で、息を潜めていた二人に気づくことなく。
◇
同士討ちを避けるため、トモエは攻撃の手を止めて戦況を見つめていた。
そこにチヒロが蒸気の中を走り抜けて帰ってきた。
「トモエ」
「チヒロ! 状況は?」
「逃げられた。あの辺りに罠がある。吹き飛ばして」
「わかりましたわ」
トモエが詠唱を始める。
それと同時に。
——リィン。
鈴の音が鳴り出した。
「……あまり時間がない」
チヒロの額にわずかに汗が滲む。
入れ替え戦を観ていた彼女は、この鈴の音がカウントダウンであることを知っている。
「……いきますわよ!」
詠唱を終え、トモエが炎槍を放つ。
爆炎が着弾した先には——
「——誰も、いない?」
炎槍の威力で、一帯の蒸気と罠が吹き飛んだのは確認できた。
しかし、人影はない。
「どういうことですの?」
「——やられた。あの罠自体が、時間稼ぎのための罠」
——リィン。
カウントダウンが進む。
蒸気は少しずつ晴れてきているが、鈴の音の出どころを特定することは難しかった。
「……チヒロはあちらを探して。あの辺りは私が撃ちますわ」
「わかった」
判断を迫られた二人は、二手に分かれてタクトたちを炙り出すことにした。
チヒロが蒸気の中に再突入し、スキルを発動する。
音源に接近したためか、先ほどよりは音の方向がよくわかる気がした。
「……こっち側にいる」
トモエが攻撃すると言ったエリアより、自分の方が敵に近いとみたチヒロはナイフを握る手に力をこめた。
「……どこ?」
足音はしない。
だが、少しだけ青い光が見えた。
目を凝らすと、人影が二つ。
その片方が青い光を纏う剣を掲げていた。
「……!」
チヒロは姿勢を低くすると、一気に距離を詰めて人影にナイフを突き刺した。
——ザブッ。
「……っ!何?!」
突き刺した手が冷たさを感じるとほぼ同時に、何かが聞こえた。
それは——氷魔法の詠唱だった。
そして、チヒロの腕を固定するかのように水が凍り出す。
「……待ってたよ。安斎さん」
すぐ隣から聞こえるタクトの声。
彼女が人影だと思った二つの影は、青い光を掲げた水の塊と……タクト本人だった。
「くっ……!」
凍っていく水の塊は、チヒロの腕を捉えて放さない。
——その時。
鈴の音が止まった。
離れていくタクトの足音を聞いて、チヒロは察した。
「なるほど。この青い光は……目印」
——カナタの星斬りが、チヒロに襲いかかる。
「……わたしたちは、まだ終わってない」
莫大な光の奔流が迫る中、それでもチヒロは不敵な笑みを浮かべていた。




