初級オタクと一発屋
「おいおい!そんなもんかよ初級オタク!」
「ッ!くそ……!」
眼前には、敵が放つ魔法が迫っていた。
タクトも敵と同じように詠唱し、魔法をぶつけて相殺する。
相殺の余波で伸ばしっぱなしの黒髪が揺れ、その奥にある鮮やかな紫の瞳が露わになった。
「水色!まだ!?」
「……まだ無理!今半分くらい!」
タクトの後ろでは、制服を着崩し、金髪をハーフアップにゆるく纏めた少女——水色カナタが、その細身の身体にはやや大きすぎる剣を上段に構えていた。
その切先には青白い燐光がわずかに揺らめいている。
「おいタカヤ!あの一発屋を潰してこい!」
「オーケー!カツミはそいつを抑えとけよ!」
「わかってるって!」
敵が二手に分かれ、タカヤと呼ばれた少年が剣を引っさげ、魔法の飛び交う戦場を迂回してカナタに迫る。
「まずい……!」
「おっと、お前の相手は俺だぜ」
カナタのフォローに動こうと視線を向けた瞬間、カツミと呼ばれた少年から次の魔法が飛んできた。
タクトがやられたら、どの道おしまいだ。
後手に回っていることを自覚しながらも、タクトは目の前の魔法に対応せざるを得なかった。
「もらったぁ!」
その隙をつき、タカヤがカナタを横薙ぎに切りつける。
「あ……」
カナタは叫び声を上げる間もなく両断され、光の粒となって消えた。
「水色っ!」
「ほい、次はお前!」
カナタを切り捨てたタカヤはそのままタクトの元へ走る。
「じゃあなオタクくん!」
嘲笑を浮かべながら自分を両断するタカヤを、タクトは睨みつけることしかできなかった。
◇
——模擬戦闘、終了。
勝者、葛木タカヤ・葛木カツミ
戦場から弾き出された二人は、のそりと立ち上がると服についた砂埃を払った。
魔法掲示板には勝者の名前が提示されている。
——負けた。
その事実が重くのしかかり、お互いに言葉が出ない。
カナタを見ると、その空のような瞳にはわずかに涙が滲んでいた。
何か声をかけなくては。
そう思いはするものの、タクトの不器用な口は何の音も発してくれなかった。
「おう、灰嶋!これで2連敗だなぁ?」
先ほどタクトを魔法で攻撃していた少年——葛木カツミが、闘技場の向こうから意気揚々と現れた。
「そうだなぁ!これで退学リーチ!おめでとう!」
二人を両断した少年——葛木タカヤも、わざとらしい拍手を響かせながら後に続く。
葛木兄弟。
やたらとよく似たその顔が、全く同じ笑みを浮かべてタクトを煽る。
タカヤの言う通り、次で負ければ三連敗。
最底辺のF組から落ちる先はない。
つまり——退学だ。
「……」
タクトはただ俯いたまま、握る拳に力を込めることしかできなかった。
少し伸びた爪が掌に食い込んだ。
その痛みが、あふれ出そうな何かを食い止めていた。
「それでよぉ、これは相談なんだけどさぁ」
カツミが、口角を吊り上げてタクトの顔を覗き込む。
「——再戦、しようぜ?」
「ちょっと!あたしたち今負けたばっかりで、まだ整理がついてないんだけど!」
「だーかーらーなんだよ水色ぉ!お前らも最底辺とは言え、勇者候補と賢者候補としてこの学園に来てんだろ?模擬戦を挑まれて逃げるなんてできねぇ。校則でも決まってる」
「そうだよなぁ。戦いから逃げる勇者と賢者なんざ、笑い話にもならねぇ」
カナタが抗議するが、葛木兄弟は聞く耳を持たない。
「なぁ灰嶋。受けるよな?」
カツミはタクトの肩に腕を回して答えを迫る。
他に選択肢はなかった。
「……わかった。再戦を受けるよ」
「ちょ?!灰嶋くん!」
「そー来なくっちゃなぁ!」
「初級オタクにしては、男を見せたじゃねーか」
「ただし、再戦する日は……上限の二週間後を希望する」
二人はタクトの言葉に鼻白んだ様子で顔を見合わせると、ため息と共に頷いた。
「なんだよ、白けるぜ」
「まぁ、俺らも鬼じゃねぇ。それに日程を決めるのは挑まれた側の権利だしな」
「クラスメイトとお別れする時間くらいはくれてやるよぉ」
「「ぎゃははは!」」
二人は高笑いしながら闘技場を後にした。
一方、負けたばかりの二人は、審判を務めた教員が促すまでその場で呆然と過ごすことしかできなかった。
二週間で葛木兄弟に勝てなければ、退学だ。
◇
誰もいない、夕陽がさす教室の隅で、二人は小さくなっていた。
「もう、無理かもね」
「え?」
カナタが切り出す。
現状は絶望的だった。
「振り分けされて早々に2連敗。次負けたらもう退学だし」
「……勝てばいいよ」
「どうやって?」
顔を上げると、カナタの潤んだ瞳が真っ直ぐにタクトを貫いていた。
「あたし達が組んでたら、勝ち目なんてないじゃん」
「……」
タクトは何も言えなかった。
初級オタクと一発屋。
葛木兄弟が言い放った蔑称が、二人の欠陥を的確に捉えていた。
「チャージしないとスキルが使えないあたしと、初級魔法しか使えない灰嶋くんが、どうやって勝つの?」
伏目がちにそう言ったカナタの目は、暗く淀んでいた。
「……とにかく、僕たちにできることをもう一度確認してみよう」
タクトはスッと立ち上がると、いつも猫背気味な姿勢を少し正す。
「まだ僕は、諦めたくない。全部出し切ったわけじゃないから」
見上げたカナタの目にはまだ濃い影が浮かんでいる。
状況は絶望的かもしれない。
それでもタクトは可能性を捨てきれなかった。
自分が憧れた賢者たちは、いつだって考えることをやめない。
それなら、自分も最後の時までそうありたい。
ほんのわずかに残った、意地のようなもの。
それが崖っぷちのタクトを駆り立てていた。
「——水色のスキル、ちゃんと見せて」
諦めるのは、全て終わってからでも遅くない。




