覚悟
「……来る」
タクトは小さく呟く。
ほとんど吹き飛んでしまった霧壁の向こうから、コウが放つ風魔法に乗ってシュンが再度突撃してくるのが見えた。
おそらくクールタイムの明けたスキルで、今度こそタクトを落とすつもりだろう。
シュンは迷いのない足取りで猛進する。
対するタクトが選んだ魔法は……霧魔法。
ただし——前方一直線に集中させた霧の大砲だった。
直進するシュンと霧の塊が真っ向からぶつかる。
「な、がはっ!ごほっ!なんだ?!息がっ……!」
多量の霧を吸い込んだシュンは視界を塞がれただけでなく、呼吸すらままならなかった。
たまらず、射線から逃れるように横に転がり難を逃れる。
——進む脚は、止まった。
「——チッ!」
タクトとシュンの間には、先ほど首を斬りつけられた時よりも少しだけ広い距離が保たれていた。
「ここからなら、多分届かないよね。もしも届くなら、さっきあれだけ近くに来た理由がない」
タクトは動かないシュンを見て、霧壁を再展開する。
さらに、シュンが無理やり突破してくる可能性に備えて電撃を流す。
「よし、これで——」
タクトが半ば勝利を確信したその時——
霧の向こうから二つの影が同時に飛び出してきた。
「がぁ!きっつい!」
「でもなんとか耐えたぞ!灰嶋!!」
タクトの眼前に、コウとシュンが現れた。
「——マジか」
二体一。
一瞬にして、絶望的な戦場に引きずり込まれてしまった。
——リィン。
鈴の音はまだ止まない。
◇
ガタンッ。
隣で戦況を見守っていたトモエが思わずといった様子で立ち上がる。
戦場はまさに終盤戦。
チヒロとしてはタクトに勝って欲しいが、状況は厳しいと言わざるを得なかった。
コウの中級魔法はおそらく打ち止め。
シュンの突撃は失敗。
その状況で二人は、電撃を纏う霧壁の中を無理やり突破する、まさに特攻の道を選んで成功させた。
「……叩き潰してって、言ったのに」
誰にも聞こえない程の小さな呟きが落ちる。
その時——絶体絶命のタクトが予想外の行動をとった。
◇
霧壁を突破された。
——それも、二人同時に。
この危機的状況でタクトがとった手は、相手への攻撃ではない。
——霧壁へ、雷魔法を放つことだった。
「どこ狙ってんだ灰嶋ぁ!」
「チャンスだシュン!いくぞ!」
二人がタクトへ殺到する。
しかしタクトは動揺することなく、その顔には微笑みすら浮かんでいた。
「——これでいいんだよ」
コントロールできない。
範囲も狭い。
その代わりに威力だけを、タクトが出力できる限界まで高めた雷の奔流。
それが霧壁にぶつかった瞬間——真っ白な霧の内部が青白く明滅し、耳をつく高音が鳴り響く。
コウとシュンが霧壁に振り返った時——
ドンッ!!
重低音とともに霧壁が爆発した。
「ぐあっ?!」
「な?!うわっ!!」
「ッ……!」
爆風。
そして爆音が、タクトを含めた三人を容赦なく吹き飛ばした。
地面に何度かバウンドした後、タクトはうつ伏せの状態で身体が止まったことを、頬に感じる砂のざらつきで知った。
なんとか顔を上げると、巻き込まれたコウとシュンも自分と同じように転がっている。
起き上がろうともがくが、爆発の影響で脳が揺れているのか、うまく力が入らない。
それは他の二人も同じようだった。
タクトの自爆とさえ言える攻撃は、両チームに甚大なダメージを与えることとなった。
——ただ一人を除いて。
——リィン。
最後の鈴の音が響き、燐光が収束する。
爆発の余波に晒されてなお、カナタはその構えを解くことなく待っていた。
タクトが稼いだ時間を、無駄にしないために。
タクトはもはや声にならないほどのか細い息を吐きながら、ようやく口を動かした。
「いけ……水色」
「……いっけええええええ!!!!」
気合いと共に、カナタが剣を振り下ろす。
放たれた青白い光の奔流は一瞬のうちにコウとシュンを飲み込んだ。
それに止まらず、闘技場の壁に激突すると行き場をなくした光が高く巻き上がり、空を灼いた。
タクトはその光景を目に焼き付けた後、どうにか身体を反転して仰向けになった。
深い息を、数回繰り返す。
「はぁ……はぁ……強かった」
薄氷の勝利。
何か一つ違えば負けていただろう。
だが、それだけに得るものも多かった。
「灰嶋くん!大丈夫?!」
カナタが走ってこちらへ向かってくるのを見て、タクトは鉛のように重くなった身体をようやく起こしたのだった。




