シュンのスキル
「——試合、開始!」
審判の合図が闘技場に響く。
「……来ないな」
「だね。どゆこと?」
「様子見、かな。とりあえず展開するよ」
タクトが詠唱を終えると、霧が勢いよく吹き出して前方を埋め尽くした。
「もっと下がって2枚目の霧壁を貼ろう。相手の狙いはわからないけど距離と時間を稼げば有利になる」
「りょ!」
二人が自陣後方に下がり始めたその時。
——敵陣から魔法が放たれた。
霧壁への着弾と共に壁の上まで火の粉が舞い上がり、大量の水蒸気が上空へと立ち昇る。
「……コウくんは火魔法を伸ばしたのかな」
炎槍の熱によって霧壁はほとんど消し飛んでしまったが、まだ微妙に向こう側が見える程度。
タクトはすぐに壁を貼り直せば問題ないと判断し、再び霧魔法の詠唱を始めた。
——が、コウの風魔法がタクトまで一直線に道を開いたことでその目論見は崩れ去った。
その風に乗ってシュンが突っ込んでくる。
「ちっ!ハズレか!でも行くしかねぇな!」
「速いっ……!」
霧が再展開する前にシュンが自分の元へたどり着く。
そう判断したタクトは即座に初級雷魔法へと詠唱を切り替え、まだ薄く残る霧へと雷を放った。
放たれた電撃は霧の中で四方八方へと広がり、回避不可能な攻撃へと変わる。
「ぐぉっ!——まだまだぁ!」
シュンは雷を受けたものの、初級魔法の威力ではその脚を止めることは出来なかった。
「くっ……!」
「もらったぁ!」
タクトが追撃を放とうとした瞬間。
まだタクトまで数歩の距離があるにも関わらず、シュンは剣を横薙ぎに振るった。
届くはずのない切先は——タクトの首を切り裂いた。
◇
——勝負が始まる少し前。
安斎チヒロは、闘技場の観客席に座っていた。
「シュン……がんばって」
チヒロの隣では、火谷野トモエが膝の上の拳を強く握りしめながら会場へ視線を向けている。
チヒロはその様子を横目に見ると、肩をすくめながら小さく息を吐いた。
そして、少し遅れて闘技場に現れたタクトへと目を向ける。
そこでふと、思い出した。
「あの時……シュンのスキルも伝えておくんだった」
あの夕方の教室。
自分のスキルについては伝えたが、シュンを倒して欲しいならその情報も伝えておくべきだったかも知れない。
「——初見殺し」
シンプルだが、対応の難しさから、E組にいた時にそう呼ばれていたスキルを。
◇
タクトはシュンの一撃を受け、ゴロゴロと後ろに転がった。
「ぐっ……」
首に熱いものを感じる。
遅れて、鋭い痛みが走った。
だが、身体が動くのなら今はやらなければならないことがある。
タクトはなんとか立ち上がると、シュンとの間に新たな霧壁を展開。
霧の中へ雷を放ち続けながら、命からがらといった様子でその場を離れた。
「チッ……!あと一歩足りなかったか」
タクトを仕留め損ねたシュンの舌打ちが戦場に響いた。
◇
「灰嶋くん!大丈夫?!」
「なんとか……ね」
首から血を流しながら逃げ延びたタクトの元にカナタが合流する。
「とにかく初動は乗り切った。次が来る前に霧壁を厚くして、それから——」
——爆炎とともに火の粉が再び舞い上がる。
戦場を分断したはずの霧壁が、またも破られていた。
「……二発目か」
「灰嶋くん!どうする?!」
「水色は下がってチャージして。このタイミングしかなさそうだから」
「わかった!」
カナタが下がると同時に、再び風がタクトへ向けて吹き出した。
「……シュンくんのスキルは不明だけど、とにかく距離を詰められるのは危ない。でも初級魔法じゃせいぜい脚を鈍らせる程度しかできない。それなら——」
自分の手札を確かめる。
この風に乗ってくるシュンを止める手段を作り出さなくては、このまま斬られて負ける。
残された時間は僅か。
焦りが脳を圧迫し始めた時——
——リィン。
鈴の音が鳴り響く。
カナタは指示に従って、チャージを始めたようだ。
——タクトを信じて。
「……やれるだけ、やるしかない」
グッと両手を握りしめる。
風に乗ってシュンの足音が聞こえてきている。
タクトは迫り来る脅威に備え、詠唱を始めた。




