失敗の方向性
「それで、なにを試したいの?」
訓練室の一つを借りた二人は、そのさらに隅で向かい合わせにしゃがみ込んでいた。
タクトはどこからか拾ってきた木の枝をペン代わりにして地面に魔法式を書き込んでいる。
「劣化魔法式では魔法式の一部を省いて、なんとか初級魔法相当の出力で発現するように調整した結果、制御不能の使いづらい魔法になったんだ」
「あぁ……この前あたしがずぶ濡れになった時のやつね」
「うん。それはごめん。とにかく、ここ最近は制御がいらない中級魔法を劣化魔法式で使うことばかり考えてたけど、他のアプローチを思いついた」
カリカリと木の棒が立てる音が速くなる。
「剣には型があるよね。同じ振り下ろしでも、始めの構えが違えば軌道は変わってくる。違う?」
「え?うん、そりゃね。あたしのは毎回同じ構えだけど」
「そこだよ。僕の立てた仮説は、魔法式にも型があるんじゃないかってことなんだ」
「魔法式の……型?」
「うん。例えば、基本的な火球の魔法式はこんな配列。これを頭の中に思い浮かべて、魔力を通せば魔法は発現する。こんなふうにね」
ポンッとタクトの掌から火球が放たれた。
「そこでこんなふうに配列を入れ替えると……」
次はボシュッという音と煙が生じたが、火球は生まれなかった。
「……失敗?」
「そう。失敗なんだ。でも、失敗してるのに音や煙みたいな現象は起きてるよね。込めた魔力は消えるわけじゃなくて、何らかの形に変換されるんだと思うんだ。それなら、上手く配列を調整したら、魔法の失敗で起きる現象をコントロールできるかも知れない」
「……よくわかんない」
カナタは、自分の頭からも煙が出そうな勢いで眉を寄せる。
「要は、失敗の方向性をいじりたいんだ。例えば霧の中級魔法は、霧の濃淡や範囲をコントロールできる。それを再現するのは初級魔法レベルの出力じゃ無理。でも、この前みたいに全方位に出ちゃう霧を、前方にしか出ないように調整できたら……本来の中級魔法に比べたら失敗作だとしても、随分使いやすくなると思わない?」
「確かに、自分の前にしか出ないなら便利かも?あたしも後ろにいたら濡れないってことでしょ?」
「そう。上手く失敗して、その失敗を一つの型として確立できたら……前よりも戦術に組み込みやすくなる。だから試したいんだ」
「……それって入れ替え戦までになんとかなるの?」
「わからない。でもやってみるしかないよ」
そう言って次に組んだ火球の魔法式では、パチンと火花が弾けて消えた。
◇
「お前が気にかけていたあの一年。F組転落の危機だそうだな」
校内新聞をばさりと机に置く。
金凱ガエンはその体を生徒会長用の椅子に預け、フンと鼻を鳴らした。
「まぁまぁ。まだ転落したわけじゃないでしょ」
銀前リオンは余裕の表情を崩さず、ティーカップを傾ける。
「だが、入れ替え戦を挑まれているのであれば、E組では最下位相当ということだろう。あの勇者候補の一撃は中々良かったが、やはり相方が初級魔法しか使えないというのでは厳しいようだな」
「ガエンもあの二人のこと気にしてるじゃないか」
「気にしてなどおらん。たまたま新聞に載っていただけだ」
リオンは小さく笑う。
この堅物の生徒会長が自ら他人を話題に挙げるなど、そうそうないことだ。
当人に自覚はないようだが。
「大丈夫。タクトくんなら、また面白いことをやってくれるよ」
「ふん。どうだかな。対戦相手は中級魔法を習得したそうだぞ。初級魔法だけで何ができる?」
「それを観るのが楽しみなんじゃないか」
「観る……?まさかお前、また観に行くつもりか?」
「そうだよ。ガエンも来る?」
「行かん」
「そう?気になって仕事が進まないんじゃない?」 「お前と一緒にするな」
ガエンの眉間に刻まれたシワが一層深くなる。
「素直じゃないなぁ。それじゃ、後はよろしく」
リオンはS組用のマントを肩にかけると、生徒会室を後にした。
「……あいつ、仕事を終わらせる気があるのか?」
副会長の机に積まれた書類の山を見つめながら、ガエンは深く息を吐いた。




