ランニングと閃き
「劣化魔法式と相性の良い魔法……か」
タクトは自室で一人、机に向かっていた。
手元には真っ白なノートが開かれている。
「劣化魔法式はその魔法の根本……一番活かしたい要素を残して他を削るから、操作性や範囲の調整を捨てても問題ない魔法……」
トン、トンと規則的にペン先をノートに落とす。
まだアイデアは降りてこない。
「灰嶋、またやってんのか?」
「ルイトくん」
ルームメイトの佐藤ルイトが、見かねて声をかけた。
「この前みたいにペンがぱぱっと走っていないところを見ると、調子は良くないみたいだな」
「……うん。ちょっと行き詰まってるかな」
「そうか。でも、少し急いだ方が良いかもな」
タクトは無言で首を傾げた。
「お前たちが入れ替え戦で倒したシュンとコウのチーム。F組で連勝したみたいだぜ」
「そうなんだ。流石は新聞部。情報通だね」
ルイトは得意げに八重歯を覗かせた。
「ってことで、次はお前たちが狙われる番だな」
「そうなるね」
「あいつら、お前たちへのリベンジに燃えてるからな。この前みたいにはいかないぞ。なんせ模擬戦で——中級魔法を使ったって話だ」
その二日後、コウ・シュンから入れ替え戦の申し込みがあった。
担任によりタクトとカナタのチームが指名され、試合は一週間後の開催が決まったのだった。
◇
「それで、今日は何を試すの?」
タクトとカナタは訓練室にいた。
まだ早朝なため、周りに人はほとんどいない。
「いや、まだ何も思いついてないんだ」
「マジ?入れ替え戦まであと一週間だけど大丈夫?」
「大丈夫じゃない。だから少し身体を動かしたら、良いアイデアが降りてこないかなと思って」
「あーね。だったらココじゃなくても良くない?どうせなら外を走った方が、景色も気分も変わって良いアイデアが浮かぶかも!」
「あぁ、確かに」
「じゃああたしがいつも走ってるコースで一緒に走ろ!」
そう言うと、カナタはタクトの手を取って歩き出す。
「ほら、こっち!」
「……うん」
柔らかな手の感触に、タクトは少し俯きながらカナタに続いた。
◇
「……いつも、このペースで、走ってるの?」
「え〜?いつもはもっと速いし!今日は灰嶋くんに合わせてゆっくりだよー」
「……す、すごい、な」
タッタッタっと小気味良いリズムを刻みながら走るカナタ。
そのフォームは、ほとんどブレることがない。
反対に、タクトは呼吸もリズムも乱れがちで、走り慣れてないのが丸わかりだ。
「ほら、おしゃべりしてたら息乱れるよ〜。呼吸に集中、集中!」
「わ、わかった」
一定のリズムで呼吸することを意識しながら足を前に出す。
身体はしんどいが、頭が少しずつクリアになる不思議な感覚を覚えていた。
「大丈夫?ちょっと休む?」
「……あと少し」
「……そっか」
カナタは優しく目元を細めながら、リズムを刻み続けた。
◇
「さぁ、ここで少し休憩しよ〜」
カナタが示したベンチに二人で座る。
涼しげな顔のカナタに比べて、タクトは頬を上気させて肩で呼吸している有様だ。
「灰嶋くん、大丈夫?」
「あ、あぁ。大丈夫」
タクトはそう返事すると、持参した水分を口に流し込み、深く息を吐く。
「こうやって走ること、よくあるの?」
「まぁね〜。基本は毎日走ってるよ」
「すごいな」
「そんなことないし。もう習慣だからやってるだけって感じ」
カナタは身体を軽く伸ばしたあと、目線を遠くに投げた。
朝の風に、カナタの長い金髪が軽くそよぐ。
「小さい頃から走ってるってこと?」
「うん。走ったり素振りしたり……実家が剣術道場やってるからさ」
「そうなんだ」
「あたしは落ちこぼれで、あんまり期待されてなかったけど……お姉ちゃんがすごくてさ。結構比べられて、キツい時期もあったんだよね」
「お姉さんがいるんだね」
「うん。別に仲が悪いわけじゃないよ?憧れ、なのかな。あーすごいなーって気持ちが先にきちゃって、上手く喋れないことが時々あるんだよね〜」
カナタは人差し指で頬をかきながら、困ったように眉を下げた。
「憧れ、か……」
タクトは自分の掌に視線を落とす。
初級魔法しか使えない。
そんな自分を導いてくれた。
「そういう意味では、僕の憧れは水色だな」
「……へっ?!」
カナタは、ランニングの最中よりも赤みを増した顔をタクトへ向ける。
そして胸元で両手を握りしめたまま、ずりずりとベンチの端まで後ずさった。
「な、なに急に……!」
「いや、水色の星斬りは僕の憧れなんだ」
「あ、スキルの話ね……」
カナタはさっと髪を整えると、不服そうな視線をタクトに向けた。
「僕には絶対真似できないあの一瞬の破壊力。本当に羨ましい。それに、さっきの話で納得したよ」
「納得?」
「うん。剣を振り下ろす時の動作……所作の美しさかな。あれは、水色がずっと積んできた努力の結晶なんだなって」
「なっ、なに急に……」
もじもじと服の裾をいじる。
「構えから振り下ろしまでに一切のブレがないんだよね。決められたルートを切先が走っていくような……まてよ」
タクトは急に視線を足下に落とすと、まばたきすることも忘れてぶつぶつと呟き始めた。
そして——
「——訓練室に戻ろう。試したいことがある」
そう言ってカナタの肩を掴んだ。
カナタは精一杯の呆れ顔を返したが、タクトはそれに気づくことすらなかった。




