神などいない(7)
爆風と共に吹き上がった土煙は、永久にそこにとどまり続けるのではないかと思えるほど、薄らぐ兆候さえない。
舌打ちするオリオスト。
「くそっ不死者を葬る方法が他に思いつかなかったとはいえ、やりすぎたか…これでは宝剣もタダではすまぬかもな」
土煙が納まり次第、宝剣を探そうと思っているが、空高く舞い上がった土は動かぬ靄のようで、何日も降りてきそうになかった。
「ここはいったん出直すか…」
テレポートしようと構えるオリオスト。
しかし、おびえたように、その方向を見る。
だが、あるのは入道雲のようにそびえる土煙だけだった。
(今…何か)
聞こえた?
「まさか…フッ…」
(恐れているというのか…)
「何を…馬鹿な…」
自分の中に芽生える感情に驚きをかくせないオリオスト。
構えるオリオスト…
掌に魔力を集約させていく…
と、難色を示すオリオスト。
(くっ魔力を奪われすぎた…この程度の波動しか生み出せぬとは…)
掌にとどまる波動を見つめていたオリオストだったが、再び構える。
(念には念を…わずかな希望さえも打ち砕いてくれる)
土煙に覆われた向こう側…
つまり、ハージン達のいた場所に、再び爆発の波動を起こそうと力をこめる。
だが、その手が止まる…
「な…なんだと…!!!」
言いながら、ニタリとする。
オリオストの見つめる先に、それはいた。
泥人形…
的確かわからないが、血塗られた肉の塊というよりは、そう表現する方がしっくりくる…
かろうじて人型を成し、左手と右足を無くしながらも、這いずるようにして前進するドロドロのそれは、背中のわずかな衣服の模様でハージンだと判別する事ができた。
ま…て…
口であろう穴から、かすれるように吐き出される息。
待て
間違いなくそう言っている。
注意深く聞いてさえ伝わらないが、テレパシーとでもいうのか、オリオストの脳内に聞こえた。
「生きている…これほどの魔力の爆発に耐えたというのか…いや…そんなはずは…ない…」
おびえなのか期待なのか…
両方入り混じる体の震えはオリオストの本能に訴えかける。
コイツハ…キケン!!
今、戦うのは愚かな事。
しかし、彼の好奇心が勝る。
一発…
この一発…
最後に残されたギリギリの魔力…
掌に集約した魔力。
これを打ち出せば勝てる…
「勝てるではないか…」
ニヤリ…
気が付けば放っていた。
光の矢…
光速のそれは、神速とはいかぬが、常人には避けられぬレベル。
あくまで常人であれば…
「クック…」
背中に感じる焼けるような痛み…
予想出来ていたとはいえ、あまりに当たり前すぎて、ゆがむ表情とは裏腹に笑いがこみあげるオリオスト。
腹に空いた穴を貫くドロドロの手の形をした塊…
よく見れば左手の形を形成し始めていると気づくだろう。
それを見ながらオリオストは言う。
「やはり…愚か…よな…」
姿を消し、空間転移するオリオスト。
何とか穴を塞ぐ魔力を行使できたようだ。
完全では無いのか、腹をおさえたまま言う。
「今回は、引こう…だが、魔力が回復し、次に会うとき、貴様を殺す…」
言い残し、消えるオリオスト…
くず折れるように、膝?からへたり込むハージン。
未だ泥人形のようなそれに、それまで無くしていた手と足がついたのがわかる。
!!!!!
不意に、泥人形が周りを見回す。
(ラリス!!!)
心の声。
意識と体の動きがシンクロしない。
オリオストを撃退した時の面影なく、もたつくハージン…
必死こく…必死にもがく…
繰り返す…
必死こく…必死にもがく…
やっと動く。
何度目の繰り返しか、
倒れこむようにそれを掴む…
土煙が漂い、視界もままならない状況で、それは執念が起こした奇跡と呼ぶべき事だった。
「ラリス!!!」
いつの間にか泥人形の顔は元の人肌を取り戻している。
当然、唇はうごく。声は出る。
「ラリス!!!!」
爆積した地面の土に埋もれているものの、握られたラリスの手は原型を保っているようだった。
わずかに、握り返そうとするのを感じる。
「よかった生きてる!!!!」
70パーセント泥人形から脱し、ほぼ元通りのハージンが急いで掘り出し、土煙に覆われた場所から引きずるように引っ張り出す。
しかし…
「あぁ…そんな…なんだよそれ…」
だだ漏れる心の声…
震える手をさしだし、治療を試みる…
もはや治療など無意味に思えるほどの流血だった…
壊れていると表現する方がしっくりくるほど、ラリスのひしゃげたような左の腹から、つぶれた下の半身にかけ、骨という骨が粉々に砕けているのが見て取れる。
爆発の瞬間、触れた場所…
人型をとどめているのは、かろうじてロドロではなかったハージンの背中の一部に答えがあるようだ。
「治れ…治れよ!!!!」
嫌な予感…
必死に抗おうとする。
何度も何度も魔力を行使する。
(無駄よ)
テレパシーで話しかけるラリス。
彼女の声にハージンの手が止まる。
うつろな目の彼女から発せられているとは思えないくらい、その声なき声はしっかりと、はっきりと聞こえた。
(傷は治る…どんな大けがも…あなたなら治せるのでしょう…けど、血は作られない。作れたとしても、これほどの大けが…残された細胞には限界がある…)
「でも!!!」
再生される体…
つぶれていた足も、腹にも膨らみと流線形が戻っている。
血で汚れている以外、健康そのものに見える。
「治ってるだろ!!おい!!!」
ラリスの表情に生気がみなぎることは無い…
「細胞に限りがある!?冗談じゃない!!俺はこうして治ったんだ!!俺だって、体の半分以上持っていかれてた!!」
ハージンの体は100パーセント元に戻っていた。
一つの疑問は彼が、爆発前と変わらない服装でいることだ。
服は一部が残るのみで原型をとどめていなかったはず…
服ごと再生した?
彼が何者なのか謎は深まっていくばかりだったが、それまで彼に感じていた違和感が何だったか、ようやく理解した。
(不思議ね…でも、わかる…私はもう終わり…)
「今度こそ救うって!!死なせないって!!」
再び治癒の波動を試みるハージン。
何度も何度も…
だが、状況は変わらなかった…
「なんでだよ!!なんで……救えない…」
ドン!!
地面を叩き潰す勢いで落とされるハージンの拳。
高ぶるハージンの心に、冷静な落ち着いた声が響いた。
(あなたの能力はすごい…一流の魔導士並みの能力…本当にあなた何者なの…?)
声に力が感じられなくなっていた…
それに気づいてか、答えないハージン…
自身を元気づけるように彼女の顔がほころんだように見えたが、うつむいた彼に見えるはずは無かった。
(記憶喪失か…私も同じ…ハージン・デュエル…そんな奴…正直、記憶のどこにも無かった…なぜあなたの名前を知っていたのか…)
生気は刻一刻と奪われていく…
「待て…待ってくれ!!!」
抜け殻のようなラリスに治療を再開する。
必死のハージン。
そんな事はまるで関係なくラリスのテレパシーによる語りは続く。
(なぜ懐かしく思えるのかしら…遠い昔同じような事があった…そんな気がする…記憶にはないんだけど…でも、ハージン…その名を言った時、不思議と懐かしさを覚えた)
ラリスの喜びの感情がテレパシーと共に流れ込む。
同じ感情を抱くハージンの心と同調した。
「俺も思い出せない…でも、俺も懐かしいと感じてた…あんたが守護者ラリス・マーキュリーだ!!って名乗ったとき、デジャヴュだと思った…なんでかわから…」
言いかけるハージンを遮るラリスの念。
(時間がない…)
それは不意に来た。
閃光のような感覚…
湖の底に引き込まれていくような感覚。
遠くに行ってしまう!!
「駄目だ…」
手を握りなおす。
無駄なのがわかっているのに、必死にすがりつく思い…
(戦士の門……あなた…なら…越える事が…出来る…かも…)
絞り出すような震えを含む心の声が遠ざかっていく…
うつろだった目が閉じ始める。
慌てるハージン。
「おい!!おい…って!!…」
消えてなくなりそうなラリスの意識に向け叫ぶ。
(宝…剣を…たの…)
唐突に訪れる静寂…
それまでそばに感じていた気の流れが完全に無くなる。
ぽっかりと空洞が開く…
そうとしか表現しようのない虚無感。
「なんで…救えない…」
それまで彼女の手を掴んでいた両手から力が抜ける。
うずくまり、拳を握るハージン。
「彼女の結界術であの魔術師が魔力を奪われていなければ、最後に放った一撃は避けられなかった…彼女は俺を救ってくれたようなもの…なのに…俺は…」
乱れる心…
「う…う…うぅ…何が…」
神殺しだ…
押し殺したような嗚咽は永遠にも思えるほど続いた。
~第8話に続く~
この小説、はじまりは中学生の時に中途半端な気持ちで描き、数ページで描くのをやめてしまった漫画でした。
でも、いつか完成したいという気持ちだけは本物でした。
そこから数十年かけて、ようやくハージンというキャラクターと向き合うことができました。
僕にとって、ハージンは同志であり、戦友です。
僕の中にあるヒーローそのものです。
絶対に後悔しない物語にしたいので、自己満足に陥らないよう、最後まで読んでてよかったと言っていただける作品を目指してまいります
すこしでも気になったら、ご一読いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。




