神などいない(29)
主を失った小屋の窓から漏れる明かり。
昼間の明るい時であれば区別がつかないのだろうが、日も陰り、明かりがついているのがはっきりと見えた。
「誰かいるのか?」
「しっ…静かに!」
声をあげるディエマを制止すると、ラリスの小屋へと近づき、恐る恐る窓を覗くシレイス。
「あ…」
そこにいたのはレナンだった。
ハージンの気がラリスと同じだと言ったあの少女だ。
窓から光が漏れていたのは、調理をしていたからだ。
それまで気づかなかったのが不思議なほどいい匂いがしていた。
「レナンだ?」
急ぎ足で近づくと窓を叩くディエマ。
だが、重要な事を忘れている。
「きゃ……」
叫びかけたのはレナン。
あまりの事に、声は途中でとぎれた。
料理していた手が止まり、恐怖の表情を浮かべている。
「レナン?どうしました?」
シレイスも気づいてない。
「おい、どけよ」
ハージンが気づいた。
二人の間に割って入り、申し訳なさそうに手を合わせると、
「ごめん!!いろいろあって、こんな顔だけど、シレイスとディエマ!!」
聞こえるように大きな声で言う。
そうだ。二人ともフルボッコ…
ボッコボッコな顔…
窓から血だらけの腫れあがった不気味な顔二つ…
そりゃ、固まるわ…
まじまじと二人を見つめるレナンの顔の不安が徐々に解けていく。
ホッと、一息ついたのがわかった。
持っていた調理器具を置いて、フライパンを火から外すと、部屋の奥に消える。
すぐに玄関のドアが開いて、
「もう、ゾンビが来たのかと思ったよ!!」
元気な声が聞こえる。
しかし、気づいてしまう。
「うそ…」
信じがたい事実に再び固まる少女。
そっと置かれたシドの亡骸…
気を感じ取れる彼女には、それがシドであって、シドでないと解ってしまう。
受け入れがたい事実…
しかし彼女の第二声は…
「やっぱり…」
その声は小さく、聞き取りにくいものであったが、ハージンの耳には間違いなくそう聞こえた。
(やっぱり…?)
違和感を覚えるハージン…
咎めようとするが、
「あ、あのよ…守れなかった…逆に助けてもらっちゃう始末でよ…」
バツの悪そうなディエマの声に遮られる。
「レナン…シドは…」
バードが見えない事や、村の消えた理由…なぜ一人なのかを聞きたかったが、まずは冷静に、シドの死を説明する時間をとらねばならなかった。
村が消えていたことは伏せて、怪物が現れたところから話すディエマ。
無力と、油断で失わなくていい存在を失ったことを正直に言った。
よみがえる光景…
苦しい時間だが、その場に居た誰一人、不思議と涙を流さなかった…
弱い心と、決別するって誓ったのだから、当然と言えば当然の三人。
だが、レナンは?
村の長であり、兄と同等か、それ以上の存在であるはずのシドの死を受け入れていた。
まるで、知っているとでも言いたげな顔で、表情の変わらない少女に、違和感しかわかないハージン。
「シドは、私たちが生きる方を選んでくれました」
「そっか…」
「シドの剣さばき、見せたかった…やっぱ師匠は凄かった」
「どんなに凄くても、油断して負けちゃったら、自慢にならない…」
「レナン…」
「悲しくないのかよ…てっきり泣くもんだと…」
「ディエマと違って、私は大人ですから~」
無理してる?
いや、違う…
何故、こんなに違和感が…
「自分より十以上も歳離れたおっさん捕まえて何言ってんだか…」
「見た目だけっしょ?中身コドモォー」
んだと!!
言いかけたディエマの動きが止まる。
「何か焦げ臭くね?」
「あ!いっけない!!!」
急いで小屋に駆け込むレナン。
匂いの正体は、燃える勢いの増したかまどから、噴き出た炎が、外したと思ったフライパンの淵を温め続けていたため、中の野菜が焦げたことによるものだった。
「あぁ~あ。せっかく美味しいのが出来かけてたのに…」
焦げてしまった野菜とパスタが見える。
あえれば完成と言ったところ…
「お、どれどれ…」
ディエマがつまみ食いする。
「うめぇ…」
絶妙な塩加減。
野菜の甘味のあるスープとあいまって、いいアクセントになっている。
お焦げもいい感じ…?
「くれっ!!!」
ガッつく、ディエマ。
いつもの慣れた会話らしい。
ハイハイという感じで応じるレナン。
クスりと笑うシレイス。
「まだ材料はあるんですか?」
「うん。みんなが来ると思ってたくさん茹でてるから…」
「それはそれは…」
「ディエマはコレで十分でしょ!!」
「おいおい、残飯係かよ!!」
食欲を満たせるとあって、意気込むディエマとシレイスだが、
(みんなが来る?)
どういう事だ?
村のみんな?それとも…
そう言えば、まだ村が消えたことを話してなかったが、村の者たちだとすれば、なぜここまで来る必要がある?
村から離れて、ここで集まる必要があった?
そういえば、兄はどこへ?
先ほどから増幅し続ける疑惑が益々大きくなるハージン。
「なあ、みんなって?村には誰も…」
言いかけるハージンだったが、
「み、みんなまだ来ないんだな?」
急いで遮る声を重ねるのはディエマ。
「な、さっきアゼ…」
「遅くなりそうですね。私も先に頂いていいですか?」
シレイスまでハージンを遮った。
????
キョトンとするハージンに、小声でディエマが忠告する。
(これ以上、追い詰めてどうする?平静にみえるけどよ?シドのことだって相当堪えてるはずだ)
言われてみればその可能性はある。
しかし…
直感とでもいうべきものが、疑えと言っているのだ。
しかし、まだ会って数時間のレナンのことを理解しているとは言えないハージン。
長年の付き合いがあるディエマたちとは違う。
軽率に、下手な事は言えない…
飯より先にシドの埋葬だというので、作業している間も、その疑惑は消えず、口にするべきか迷った。
だが、結局迷うだけ迷っただけに終わる…
「よし、シドの弔いも済んだし、飯メシ!!!」
「ちょっとぉ、あっさりしてるわね!!もう少し、悲しんでも…」
「弔いなら済ませてる…」
咎める様なレナンに向き直るディエマ。
不満そうなレナンに更に続ける。
「ここに来るまで、泣きに泣いた…」
目を見開くレナン。
それほどまで、彼女にとって、ディエマが泣くというのはあり得ない事なのだろう。
「そして気づいた。メソメソしてたって、何も始まらないってな」
神妙な面持ちで話してるつもりのディエマだったが、
ぷっ…
またしても吹き出されてしまった。
「その顔どうにかならない?血の付いた顔で言われても…ねぇ」
ボッコボッコの顔に、生傷があって、乾きかけの血のりが付いていた。
そんな顔でいくら良い事を言っても様にならないという訳だ。
ハージンに拝むような顔で向き直るディエマ。
「お~い、ハージン頼む」
「知らんと言ったはずだが…」
思い出したように、悩み多き顔からブスッとした顔になるハージン。
すがるような声が飛ぶ。
「そんなぁ、頼むよ」
「無駄な暴力、はんた~い。だいたい、俺の事なんだと思ってるんだ?」
どうやら、治癒の能力を当てにして、派手にやらかした二人への戒めで、今まで治してなかったらしい。
「すみません。(ディエマを指し)こいつには、よぉおおおく言って聞かせますので、お願いできませんか?」
シレイスの頼みに、だんまりを決め込む事数十秒…
チラッと開けた目線の先に、眉太オバケゾンビよろしく、かしこまるディエマに吹き出すハージン。
「このやろ!!人がこんなに頼んでるのに!笑うとは何事か!!」
「わりぃわりい…でも、人間の顔って、こんなに膨らむもんなんだなって思ってさ」
笑いの止まらないハージンに、憮然とするディエマ。
「まあ、まあ、もとはと言えば、私たちが悪ノリしたのがいけなかったんです。そうですねディエマ?」
シレイスの言葉に口を尖らすくらい険しさを増す表情。
「あ?悪ノリだ?悪ノリであんな大技出すか!!?てめぇの方こそ悪ノリしてたんじゃないのか?」
「元はと言えば、あなたが本気でなぐりかかってきたからでしょう?」
「なんだ!俺が悪いってか?」
「そうです!!あなたにはもっと場の空気ってものをですねぇ…」
なんだか、また不穏な空気が…
「あぁ、もう、いいって!!!」
再び勃発しそうな喧嘩を止めるべく、一喝するハージン。
「治すから、そこに並べ!!」
あっという間に腫れが引き、元の顔に戻るのを目の当たりにして、目を輝かすレナン。
「すごい…やっぱり神殺しってすごいんだね…」
「その神殺しってのやめてくれないか…」
「え?でも、神を超える能力を持ってるって感じですごくない?」
「ばーか。ハージンが言ってるのは、そんなんじゃねぇ」
ディエマの声にブゥっという顔を向けるレナン。
落ち着いた様子だが、幼い感じは否めない。
「そうですね…あまり良い呼び名とは言えません…」
「そう、たとえ、神であろうと、化け物であろうと、そのものの命を奪った…そんな事を褒めたたえるかのような呼び名だからな…命への冒涜に聞こえる」
かみしめるように言うハージン。
「そっか、確かにそうだね…」
「そんなのいいから、いいから!!さあて、食うぞぉお!!」
もみ手するディエマにシレイスの待ったが入る。
「待ってください!!私の顔も戻してからにしてくれませんか?」
そういえば、まだディエマしか治って無い…
「フゴフゴ、そうだった。そうだった…」
「ちょっと、もう、食べてる~」
「いいだろ、俺の…んぐ、なんだから」
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シレイスの治癒が完了し、順次運ばれるパスタ。
その間も、微妙にレナンの様子がおかしいと感じる。
ハージンの中の疑惑が消えることは無かった。
~第三十話に続く~
この小説、はじまりは中学生の時に中途半端な気持ちで描き、数ページで描くのをやめてしまった漫画でした。
でも、いつか完成したいという気持ちだけは本物でした。
そこから数十年かけて、ようやくハージンというキャラクターと向き合うことができました。
僕にとって、ハージンは同志であり、戦友です。
僕の中にあるヒーローそのものです。
絶対に後悔しない物語にしたいので、自己満足に陥らないよう、最後まで読んでてよかったと言っていただける作品を目指してまいります
すこしでも気になったら、ご一読いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。




