1組 VS 8組決着
宝珠のある広場。
拳ほどの球体が、午後の光を鈍く弾く。
その前に、リオスが立っていた。木剣を下段に提げたまま、シエラが駆けてくる方向を最初からまっすぐ見ている。
シエラは速度を落とさない。
宝珠まで20歩ほど距離で木剣を抜き、そのまま踏み込んでいくと、リオスが上段へ切り替えた。
刃がぶつかった瞬間、乾いた衝突音が岩肌に反響し、衝撃が手首から肘まで走り抜ける。
シエラは弾かれる前に剣を流して横へ抜け、足音を殺しながらリオスの背後へ回り込んで刃を差し込んだ。
リオスが剣の腹で受けると、甲高い音が短く鳴ってシエラの剣先が弾かれる。
返す刀が来たところへ後ろへ跳び、距離をった。
次もシエラが先に動いた。
斜め下から切り上げる軌道を取り、リオスが合わせに来た瞬間に剣を引くと、リオスの体勢が前に流れる。
そこを逃さず一歩踏み込み直して横薙ぎを入れると、リオスが半身を引いて刃が衣服の端を掠めた。
そのままリオスが手首を返し、シエラの伸びた剣をはじき上げる。
じんとした衝撃が腕を走った。
シエラはそれでも連続で踏み込む。
角度を変えながら足運びも変え、リオスの反応を揺さぶった。
リオスは来た力を手首でわずかに傾けて受け流す。
そのたびにシエラの剣先が逸れ、次の軌道が狂う。
5合、6合と打ち合ううちに、シエラの呼吸が少し深くなった。
リオスの呼吸は、変わらない。
シエラが踵で砂を蹴り上げた。
砂がリオスの顔へ飛び、少年がわずかに顔を背けて視線が切れた。
その瞬間、シエラが懐へ入り込み、剣がリオスの脇腹へ向かう。
だが、リオスが体をひねり、刃をかわした。
あと指一本分、内側であれば、有効打となっていただろう。。
しかし、その差がリオスの返しを生む。
体をひねった勢いのまま肘でシエラの剣を流し、鍔と鍔が噛み合う位置まで押し込んでくる。
2人の顔が近付き、押し合う。
リオスが先に体を引いて力を逃がすと、シエラの体重が前に泳ぐ。
足を止めてから振り返り払おうとしたが、リオスはすでに横へ回っていて、シエラの剣が空を切る。
攻撃が通らない。
シエラは距離を取る。
口から、荒い息がこぼれた。
リオスがそこから追ってくる。
シエラが右へ動けば右へ。左へ動けば左へ。
宝珠を背にしたまま、一歩も前を譲らない。
宝珠を護る必要上、そちらにも意識を割いているはずなのに、シエラの動きは完全に読まれている。
シエラは姿勢を落とした。
リオスの足首、重心をかけている側を狙った。
だが、リオスが跳んで両足が地面を離れ、シエラの剣が空を切る。
着地の瞬間に体重を前に乗せながら返す刃が来たところへ、シエラが木剣で受けた。
手首から肘まで衝撃が走り、じんとした痺れが指の付け根まで抜ける。
後退しながら足を踏み直し、木剣を握り直す。
(……剣だけでは、やはり届かないですわね)
シエラは目を凝らし、リオスの呼吸を読んだ。
胸の上下、足の重心の移り方、木剣を握る右手の指がわずかに緩む瞬間を待ち、受けに入ったその隙間を踏んで懐へ入り込んだ。
内側から斬り上げようとした瞬間に――
右足が来た。
腹の左側に当たって息が詰まり、体ごと横へ飛ばされる。
地面が来るより早く腕を前に出して転がり、衝撃を逃がしながら膝をついて止まった。
顔を上げたとき、リオスが走ってくる。
踏み込みのたびに地面を蹴り、木剣を腰の位置に構えたまま一直線に詰めてくる。
逆光の中で黒髪が揺れ、その走りの力強さに、シエラの視線が一瞬、吸い寄せられた。
(……っ)
シエラは立ち上がらず、膝をついたまま右手の人差し指を前へ突き出し、魔力を圧縮する。
指先から、光が走った。
青みがかった白い閃光がリオスへ向かって一直線に走った。
リオスの体が右へ傾いて光がその脇をすり抜け、後方の岩に当たって散った。
岩の表面に、黒い焦げ跡が残る。
リオスが足を止めた。
シエラは立ち上がりながら、木剣を握り直す。
「……すごいね」
驚きより先に、賞賛が出た声だった。
「最近、特訓してたのって、これだったんだね」
「今のを避けるあなたも、素敵でしてよ」
シエラは短く返して指を構え直した。
実のところ、治癒魔法をかければ済むことと、体の中心を狙って撃った。
それがかすりもしなかったのだ。
驚かせるつもりで放った魔法だが、逆にその対応能力に驚かされることになったことに、シエラはしてやられたような気分になった。
とはいえ、まだ対抗戦は続いている。
リオスが前へ出た瞬間にシエラが指を向けると、少年の体が右へ跳んで光が左の空を走り、後方の岩に当たって散った。
その隙に踏み込もうとしたリオスだが、シエラが指を向けると、左へ跳ぶ。
今度は光が散る前にリオスの着地を目で追った。右足から着地して、左重心から右への切り返しで距離を取る。
シエラは距離をとりながらも、その動きを見続けていた。
リオスが前へ出た。三度目は、右へ跳んだ。
(……踏み込みと、跳ぶ距離は、だいたい同じですわね)
リオスの動きを観察し、シエラは次の一手を決めた。
再び、リオスが前へ出た。
シエラが指を向けて光が走り、リオスが右へ跳んだ瞬間に指先の向きを変えると、2本目の光がリオスの着地点へ向かって走る。
リオスは、跳躍の途中で腕を前へ上げた。
(腕で受ける……?)
木剣では防げない。
だが、腕で受け止めても貫通する。
威力をリオスが見誤るはずがない。では何を考えているのか。
(……何を)
その思考で、次の一手が遅れた。
リオスの腕の表面に薄く白い膜が張り、光が膜に当たって弾け、左右に散って消えた。
リオスが着地してそのまま前に出てきて、木剣を振るい――シエラの首の前で、止まる。
『1組、シエラ、脱落』
アナウンスが、周囲に広がった。
シエラは木剣を下ろした。
ルール上、「死体」はしゃべってはいけない。
なので、リオスに視線で問いかけた。
リオスが剣を引きながら、照れくさそうに顎をかいた。
「今のの、たねあかしだよね」
少し間があった。
「僕も、攻撃魔法はずっと練習してたんだ。
でも、どうしても的に当たらなかったんだ。
恥ずかしいくらい、全然当たらなかった。
姉上にコツを聞いたけど、姉上も当たらないって言うし」
リオスが少し眉を下げる。
「で、飛ばさなければいいんじゃないかって考えたんだ。
剣とか盾みたいなのをイメージして、魔力を体から切り離さずに動かしてみたら……
こっちの方が、なんか向いてた。
――今のは、盾のイメージで使った、結界だよ」
なるほど、とシエラは腑に落ちた。
要は、リオスはシエラとは逆のアプローチをしたのだ。
シエラは、圧縮のひと手間をかけて魔法を使った。
リオスは、放出そのものを止めて魔法を使った。
おそらく、攻撃魔法の授業では単位はもらえないだろうが、それもまた、一つの答えなのだろうと、シエラは思った。
『1組、宝珠破壊。勝者、8組!』
遠くで、8組勝利のアナウンスが響き、1年の対抗戦は幕を閉じたのだった。




