1組 VS 8組③
シエラは最短距離を走り続けていた。
息一つ乱れさせずに駆けている様子は、流石といったところだ。
木々の間から差す光は細く、地面に乱れた縞を作っている。どこかで水が染み出しているのか、草の根元が黒ずんでいた。
宝珠の置かれた8組の陣地まではまだ距離がある。
そこに、声が響いた。
『1組、カエリウス、脱落。火は消すぞ』
職員のアナウンスだ。遠いが、演習場の端まで届く。
既にジンリンをはじめとしたサブ攻撃班の7人の脱落が告げられている。
これで脱落者は8人。
過半数がやられてしまったということだ。
(……ならば、残り時間に余裕はありませんわ)
防御班は宝珠を守り切れないだろう。
1組の勝ち筋は、シエラの動向にゆだねられた。
――しかし、「火は消す」という一言が引っかかった。
1組の誰かが先に火をつけた? それとも――
頭を振る。
(……今は関係ありませんわね)
足を速めた。
◇
視界が開けた場所に出たとき、前方に人影が固まっているのが見えた。
黒髪。白い肌。凛とした立ち姿。
4人、似たような顔をしていた。
(……)
シエラは速度を落とさなかった。
走りながら、正面の人影をひとりずつ確かめる。
目元が垂れている。
髪の色が薄い。
耳の形が違う。
唇の厚さが違う。
何より――リオスはこんな立ち方をしない。
両脚に均等に重心を乗せているだけだ。
彼はいつも重心を少し前に置いている。
(出来が悪いですわ……)
それでも、リオスを知らなければ騙されるかもしれない。
シエラは木剣を握り直し、軸を変えずに走り込んだ。
すれ違いざまに、腕を振るう。
最初の一体は触れた瞬間に消えた。
続く一体も同じ。
振り抜いた剣が三体目を捉えた時、手に重みがあった。
(実体ですわね)
剣ごと押し流したが、相手は地面に倒れた。
「リオス」の顔が一瞬遅れて崩れた。艶やかな黒髪のサキュバス。サララだ。
『8組、サララ、脱落』
シエラはそのまま足を止めなかった。
返す刃で木剣を横に薙いだが、空を切った。
(……避けた?)
最後の「リオス」が、軌道のわずか外に出ていた。
そのまま、木剣を振り込んでくる。
バランスを崩した、苦し紛れの一撃だ。それでも速い。
シエラは木剣で受け流した。
相手の剣先が逸れ、体が前に引き出される。
踏み込みながら、左足を相手の足首の後ろに引っかけて払う。
体重が前に乗り切ったところで、相手は地面に落ちた。
シエラは上からかぶさるように木剣の先を差し向けた。
「リオス」が下から見上げていた。喉の前で、剣先が止まっている。
『8組、ネリア、脱落』
アナウンスが重なった。
「リオス」の顔が、すっと消えた。
煤けたピンクの髪。くすんだ肌。あどけない顔。
サキュバスの少女が地面に横たわっていた。
シエラが剣を引く。
「もっとリオス様の顔や所作をよく見なさいな」
言い残して、足を踏み出した。
後に残ったのは、倒れたネリアとサララ。
「……完全にバレてたわね」
サララがネリアに語り掛けた。
「8組の皆は誰も見分けがつかなかったのに」
がっかりした声だった。
「……シエラ様って、リオスの顔、よく見てるんだね」
サララは苦笑した。
「婚約者だものねぇ」
「ルゥナなら、騙せたかな?」
「どうかかしら? 所作とか言ってたけど」
「だよねぇ……」
◇
「なかなかやるではないか。幻惑を見破っていたようだな」
映像越しにバルトロメイが感嘆の声を上げる。
「あの子たちの幻惑も、なかなかのモノだけどね。
我が軍に欲しいくらいだよ」
ゼヴァドの言葉に、何人かの教員が怪訝な目を向けた。
幼年学校の1年生に対して勧誘を匂わせるなど、1組ならまだしも、8組の平民に向ける期待ではない。
「どうだろうな? サキュバスなら、ヴェルファーンが離さないだろう」
それに応えるバルトロメイも評価している様子に、その教員たちはますます困惑を深める。
大半の教員にとって、8組の活躍はあくまで対抗戦という限定状況で勝利をかすめ取るやり方だ。
実戦で使い物になるとは思っていない。
「くくっ、リオスの活躍が観られれば良いと思っていたが、なかなか面白い収穫だな」
「ほう、ああいうのは、むしろキミがやりそうだと思ったのだが?」
バルトロメイの言葉に、ゼヴァドが反応した。
「流石に、作戦として組み込むには、数が足りんよ」
バルトロメイの言に、教員はさもありなんといった顔をする。
「とはいえ、こういった少人数の局地戦では、有効だな」
その言葉に、再びぎょっとする教員たち。
セリアは、そんな教員たちを冷ややかな目で見つつも、何人かの平静を保っている教員を確認してゆく。
残り少ない幼年学校生活でも、そういった教員の話を聞くことは有用だろう。
特に、父ゼヴァドの友人でもあるらしい、8組の担任からは何か得られるのではないかと思案する。
「い、1組も優秀ではありませんか。1年で炎の攻撃魔法を使ったデーモン族の少年など、なかなかだ」
「おお、そうだな、名は何と言ったか?」
「カエリウス=デクラディウスだな」
大魔将に直接言葉をかけるほど厚顔無恥ではないが、それでも聞こえるように会話をする教師たち。
どうせ、平民劣等種クラスばかりが評価されている流れを変えたいのだろうと、セリアは考察する。
とはいえ、彼を持ち上げるのは悪手だ。
1年の終わりともなれば、攻撃魔法を使える者も、それなりにいる。
セリアも1年の終わりには使えたし、シエラもそうだ。
優秀な部類ではあるのだろう。
対抗戦という、実戦の場で使う度胸も認められてしかるべきだ。
だが、結果は自爆に近い。
むしろ、本当に暴発していたほうがましだったとすら、セリアには思える。
「ふむ、先ほどの戦いか」
ゼヴァドが親切にもその会話を拾った。
「炎を逆に利用された形になったのは、いただけないが――まぁ、その辺りは制御を磨けば、解決か。
その後、炎の蔓を切り払い続けたのも、相当な胆力がある」
ゼヴァドの言葉に、話題を出した教師陣が色めきたった。
「だが、アルラウネの少女を倒した後の油断はいただけないな。
存在を忘れるには、危険な相手だ。――いや、上手く気配を消していた、ハーピーの子を褒めるべきかな?」
「作戦に組み込んでいたのだろうな。火をつけられた後の対処に迷いが無かった」
ゼヴァドとバルトロメイの会話に、教師陣はばつの悪そうな表情になる。
セリアは、そんな教師たちからは目を離し、映像のシエラへと目を向ける。
ちょうど、シエラが宝珠の前、リオスの元へとたどり着いた場面だった。




