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「なあ。どうしてお前の剣、二本もあるんだ?」
甲冑を身に纏う間の会話で、ふと気がついた同僚の一人が不思議そうに尋ねた。フレントールは自身の腰にある二振りの剣を一瞥する。
「これは預かりものなんだ。隊長に帯剣の許可も頂いている」
「預かりものって、一体誰の――」
「おい、集合かかったぞ」
会話の途中でそう声がかかり、フレントールは「ああ」と頷いて冑を被った。質問した同僚も会話を中断し、同じく準備を整え、それぞれの持ち場へ向かう。
若き騎士の腰に据えられた二本の剣。通常ならば彼が帯剣しているのは一本の剣であるが、本日に限って二本提げている。いつもと重さの違う腰元であったが、違和感はあれど、それを厭うことはない。
(出来ればこれを使う時が来ないことを祈る。大きな事故が起こらぬよう、気を引き締めなければ)
今日も若き騎士が胸に抱く使命感は堅い。甲冑の下の表情は見えないが、実に律とした雰囲気をその身に宿し、彼は己に任された持ち場へ歩を進めるのだった。
***
担当が当日になって一部変更になり、本来ならば開始一刻後であった会場内の警備を、フレントールは開始直前から当たることになった。間隔を空け壁に沿って並ぶ騎士たちの中に彼も居る。もっとも、甲冑を被っているから参加者には一介の騎士としか伝わらない。
視界まで塞がないように、甲冑の目元は少し開いた作りになっている。青い瞳をそこから覗かせて、フレントールは会場全体を見渡した。
専属の音楽隊が演奏を始めると、場内にある大階段から、一般参加の貴族が次々と入場してくる。次に、来賓扱いの貴族や商会の頭たる者たちが紹介アナウンスと共に入場を開始した。名を聞けばどれも有名どころの彼らが一組ずつ入場する度に拍手があがり、盛り上がりを見せる。
一つ間が開いて、次の入場者の登場を開場が待つ少しの時間。任務である警備として場内に視線を配りつつも、自然と階段の方が気になって視線をそこへ宛ててしまう。
(まさか、入場の姿を見れるとは思わなかったな)
直にあの階段を下りてくるであろう彼女を想うと、フレントールは期待に胸を膨らませた。
王族直属の部下の出番は来賓の後である。毎年の段取りを覚えていた優秀な彼は、彼女が大階段の上場へ現れるのを今か今かと待ち構えていた。どんなドレスを着て、どんな姿でやってくるのか。興味が無いわけなどない。
音楽隊の奏でる曲が華やかなものに変わる。王族の順番がきたのだ。
わっと会場から拍手と共に歓声が上がった。
顔を上げ階段へ視線をやると、若き夫婦が入場してきたところであった。確か男性の方は王子の側近であるオルトレン=バレンティノのはずた。小さな可愛らしい少女の様な女性は恐らく彼の奥方なのだろう。共に一礼した後奥方の方は少し恥じらいを見せたが、夫が何か声掛けしたのが見え、安堵の表情を見せる。彼のエスコートに安心したのか、階段を下る時には可愛らしい笑顔が見えた。周囲からは「微笑ましい」と和やかな声が聞こえた。他に聞こえてきた声によると、半年前に結婚したばかりらしい。
バレンティノ夫妻が入場を終えた頃、上場に新たな一組が現れる。瞬間、飛び込んできた光景にフレントールは思わず息を呑んだ。
胸元に、王家直属の部下の証である夕陽色の石を宿した正装姿の男性――確か彼は、王子付きの伝令役の男のはず――の腕に手を添え、共に一礼するその姿。動作に緩くまとめられた髪と、耳元に宿る星のピアスがしゃらりと揺れた。
銀混じりの深い青色のドレスは、照明の角度によって繊細に煌めきを放つ。少し堅い表情ではあるが笑みを携え、それでも背筋をしゃんと伸ばして前を見据えた。
遠目からでも分かる。
彼女だ。
「あれが噂の、姫様の側近殿か」
「なんとも凛々しく、美しい」
場内の誰かが感心そうに言った言葉に反応せずにはいられない。それを耳にしながら、階段を下りる彼女を目で追いかける。
ドレスの裾を片手で持ち上げ、片手を先を歩く伝令役の彼の手に添え、一歩ずつ階段を降りる。しゃらしゃらと揺れるドレスが放つ細やかな輝きは、まるで朝日に照らされた水面を連想させた。落ち着いた彼女を彩るそれらは、なんとも画になる光景であった。
(きれい、だ)
素直に感じたことだった。今までの彼女を見ていて、何度も美しいと思う場面には遭遇している。それは出会った当初から変わらない。
だが、今の彼女はまた別の、女性として洗練された美しさを兼ね備えていたように思えた。
まとめてある髪に一つだけ挿してある銀と白の花飾り。そこから辿って首元に垂らしてある髪が、女性らしさを際立たせる。首元にある銀のネックレスは小ぶりだが華やかさを加えていた。遠目からでも控えめだが輝きを放っている唇はしつこくなく紅が差され、奥ゆかしい魅力を宿している。彼女の凛々しさと聡明さを前面に出し、ただただ美しいと思わず誰もが見惚れてしまう容姿であった。
少なくともそれを感じ取ったのはフレントールだけではなかったようで、階段を降り切るまで皆目が離せないようでった。拍手に混じって、恍惚な溜息がいくつか聞こえたのを、彼は聞き逃すことはしなかった。
その時だった。
「あっ」
フレントールが声を上げたのは、彼女が階段を一段踏み外して身を傾けたのを見たからだ。会場が一瞬息を止め、令嬢たちから短い悲鳴も聞こえた。危険を察知した音楽隊の演奏も止まる。
(危ない――!)
誰もが転ぶと予想した、その時。
彼女を素早く受け止める男の腕があった。
先に階段を下りて彼女の手を引いていた伝令役の彼が、上から降って来た彼女の腰に手をまわし、ふわりと抱き留めたのだ。
そのまま転げ落ちることもなく、彼女は彼の腕の中でその場に留まった。どうやら負傷はなかったようで、駆け寄ろうとした近くの騎士に対して伝令役の彼が片手を上げてその動きを制した。
そして驚きのあまり呆然とする彼女をそっと抱き寄せ、耳元で彼が口を動かせば、我に返った彼女は少し頬を染めた後困ったように微笑んだのである。目を合わせて頷き合うと彼女をゆっくり降ろし、何事もなかったようにエスコートする。
階段を下り終えた頃には、失礼をしたとばかりに会場に向かって共に一礼をし、自分たちの席へ向かった。会場からは安堵の拍手が沸き起こる。
「いやいや、ひやっとしました」
「しかし伝令殿も上手い事やりましたな」
「伝令役のアーサー殿と組んでいるということは、何か意味がおありなのでしょうか」
まばらな拍手に混じった彼女に関する声を次々と耳に拾うが、賛辞もあれば彼女を探る様なものもある。
しかしそれよりも、目に焼き付いて離れない。
彼女を容易く受け止めた腕。耳元に寄せられていた唇。そこから零された言葉に頬を染めていた彼女。
「……」
思い出すと、フレントールは思わず甲冑の下で口を引き結んだ。怪我をしなくて安心したというのに、それ以外に胸の内に溜まった蟠りに戸惑う。どこか腹の底から沸々と湧きあがる何かを理性的に押し留めるが、それが一体何なのか明確にならない。
知らずのうちに腰元の二本目の剣に、縋る様に指先を添えていた。




