9.自燃弘
農園でのお仕事初日は不慣れなせいもあって、主に歩き疲れて帰ってきてあっという間に寝てしまったが、何度か通っているうちにすっかりと慣れていた。こういう時は自分の若さが誇らしい。
その後、水上さんとなにかトラブルになることもなく、農園でたまにあって挨拶する程度の付き合いにとどまっている。また絵を見せてもらいたい気もあるんだけど、なんとなく気まずくて言いだせないでいた。
それにしてもほかの住人はどこで何をしているのか。もうここへきて二週間を過ぎたのに、いまだ出会っていない人が大半だ。
まあ私も一日おきにしか部屋を出ないので、同じペースで生活していたら永遠にすれ違い続けるなんてことがあるのかもしれない。
そんな半分引きこもり生活のさなか、珍しくトラちゃんさんからスマートロンへ着信が入った。常々個人の時間には干渉しないのがルールだと言っているのでこれはもしかしてなにか緊急事態なのか!?
『はーい、小櫻ちゃん、起きてた? もし暇してるなら玄関までいらっしゃいな。面白いものが見られるわよ?』
「面白いもの? いったいなんですか? でも確かに暇していたので今から行きますね。わざわざ声をかけてくれるんですから相当ですよね!」
『さあどうかしら。来てからのお楽しみね』
そんな風にもったいつけられたらイヤが応でも期待が高まる。急いでパジャマの上からガウンを羽織り、ペタペタと廊下を走って向かった。
階段を下りていくと玄関ホールは目の前だ。しかしそこには何もない。あるのはというか、いるのはトラちゃんさんと、泥にまみれた――――
「キャー! その人ってばこんなとこで何してるんですか!?」
「あらあら、来るのが早すぎたみたいね。うふふふ、ほら、女の子に見られちゃってるからタオルくらい巻きなさい」
「はーい、オイラは別に平気だけどさ。だいたいなんで見たほうが騒ぐのかわかんねえよ。恥ずかしいのはこっちのはずだろ?」
そこには頭の先から泥水でも被ったんじゃないかと言うほど土まみれの男の子が立っていた。その姿には土のついていない部分が苦っきり白く浮き上がっている。
何をどうしたらそんなに汚れるのか。それよりもなんでこんな場所で素っ裸になっているのか、人を呼ぶ前にどうにかすべきだったんじゃないんだろうか。
いまさらそんなことを言っても”見てしまった”モノは仕方ない。まあ別に私だって小さいころはお父さんと一緒にお風呂入ったこともあるから、男性には女にないものがついてることくらい知っている。
でもさすがにこの歳になって見てしまうと、平常心ではいられないのだ。そこは一応真面目に育ってきた乙女なのだから当然のことだ。
「一体なんなんです? それとその子はなんでそんな泥だらけに…… ていうか誰ですか?」
「誰とか失礼な女だな。お前こそ誰なんだよ。知らないうちに子供が増えたのか?」
「まったくアンタは口が悪いんだから。小櫻ちゃんごめんね。この子は自燃弘って言ってここの住人の一人よ。以前ちょっとだけ話したけど覚えてるわよね?」
「ああ、子供なのに佐倉荘で一人暮らししてるって言ってた子ですね。自燃君って言うんだね。私は佐倉小櫻って言うの。よろしくね」
「なんだあ? 後輩のくせに生意気だな。オイラのが先輩なんだから敬語使えよ」
『パチコーン!』
「生意気言ってんじゃないの! 小櫻ちゃんはアンタより五歳もお姉さんなんだからね? ほら、ちゃんと自己紹介なさいな」
「痛ってえ…… 背中にデッカイ手の後がついてんじゃないの? デッカイのが!」
トラちゃんさんが再び手を振り上げると、自燃君はさっと距離を取ってアカンベーをした。それから偉そうにふんぞり返ってこちらを向く。
「オイラは自燃弘ってんだ。年上なら仕方ねえからヒロムでもいいよ。もし手作りの食器が欲しかったら安くしとくぜ? なんてったってオイラは天才陶芸家だからな」
「何言っちゃってんのよ。土をこねてるだけの見習いのくせに」
「違うもん! 今度から焼きに入れてもらえることになったんだからな! 師匠みたいなきれいな皿を持ってきて驚かせてやる! そしたらちゃんとほめてくれよ?」
どうやら動揺すると巣が出るみたいでちょっとかわいいかも。それにしても陶芸とは食器とか作るアレ? 知らなかったけどこんな場所で人間の手でできるほど簡単なものなのかな?
「自燃君は自分の手で食器を作れるの? いや作ろうとしてるのかな。とにかく工場じゃなくて自分で? ホントにそんなこと出来るの?」
「ヒロム、な。焼き物が自分で作れるのかって? そんなの当たり前じゃないか。材料は土なんだから手でこねるに決まってる。なに当たり前のこと言ってんだよ」
「でも食器なんて工場で作ってるものなんじゃないの? 友達の親に食器工場勤務の人いたから私ちゃんと知ってるよ。」
「工場なんてここにはねえじゃん。それがどういうとこだかオイラは知らないけど、ここでは食器は師匠たちが作ってんだぜ? お前が普段使ってるのもそうだぞ」
「ええっ!? あのトレイも人間が作ったモノなの!? まさかそんなことある?」
「嘘だと思うなら見に来いよ。特別に案内してやるから。でもそんな世間知らずは怖くて見られないかもしれないな」
「そんな怖いとこなの? だったら無理に見なくてもいいかなあ。ヒロムちゃんが見てほしいって言うなら”特別に”見に行ってあげてもいいけど?」
「ちゃんって言うな! 呼び捨てでいいんだよ! それに別にみてくれなくたっていいさ…… 次作った皿は焼きに入れるからちゃんとした完成品になるんだ。だから特別の特別に見せてやろうと思っただけだもん」
やっぱりそうだ。ヒロムちゃんはようやく許可された工程? のことを誰かに自慢したくて仕方ないと言った様子がうかがえる。正直言ってなにを焼くのかはわかってないけど、食器が人間の手で作り出されるところは見てみたい。
と言うことは博物館に所蔵されていると言う大昔の食器類も人間が作ったと言うことなのか? 失われた技術と言うのは相当あるらしいから、食器作りもその一つなのかもしれない。
こうして私は、特別の特別の特別の特別の―――― と、トラちゃんさんにうるさいと止められるまで応酬を繰り返した末、明日の農作業を休んで食器作りの見学へ行く約束をした。




