10.窯元
普段と違う日常が待っていると思うとそれが待ち遠しく楽しくて仕方ない。これは学校で社会見学へ行く前に似ている。まあでも学校行事だと行った先でがっかりすることが多かったけど。
見学と言えば昔の戦争のことを学ぶための歴史館や、人間がまだ世界政府に管理されず好き勝手やっていた時の犯罪多発社会のこととかそんな負の歴史ばかりだった。
それに引き替え今日の見学は趣旨が違う。知らないことを知ることは同じだとしても破壊の歴史じゃなく生み出すことを学ぶんだから。
「ヒロムちゃん、おはよ、今日はよろしくね」
「ちゃんじゃねえって言ってんだよ! ヒ・ロ・ム・だ! なんだか乗り気じゃなさそうだな? 無理しなくてもいいんだぞ?」
「ううん、楽しみ過ぎてなかなか眠れなかったの。だからちょっと寝不足かな」
「おいおい、師匠たちに迷惑だけはかけないように頼むぞ。お前がなにかやらかしたらオイラが恥かくんだからさ」
「お前じゃなくて小櫻さん、でしょ? 迷惑になりそうなことがあるなら事前に教えておいてよ。こっちはなんにも知らないで知らないとこへ行くんだからね?」
「そうだなあ。まずは師匠たちが作品作りしてる時には話しかけない。勝手に何かに触らない。窯には黙って近寄らない、オイラの言うことは絶対に聞くくらいだな」
「ねえ、最後のはどさくさで言ったでしょ」
ヒロムちゃんは聞こえないふりして玄関を出る。私はしつこく繰り返しながら後を追った。
道すがら食器を作るのは陶芸と言って、土で形作ったものを窯と言う場所で火にくべるのだと聞かされた。それが大昔から続けられてきた、陶器と呼ばれる器を作る技法とのことらしい。
「土から食器ができるの? それなら材料費はかからないんだね。でも地面がでこぼこになりそう、あはは」
「あはは、じゃねえよ。土と言ったってこんな地面の土とはわけが違うんだ。粘土って言う特別な土を使うんだけど、そんな簡単な話じゃねんだ。掘ってきた粘土を運ぶのがまず重くて大変だし、それを焼き物に使うために精製って作業が必要なんだ」
「へー、土をすくって終わりじゃないんだね。だからすぐには自分の器が作れないってこと?」
「おっ、お前物わかりがいいな。なんでわかったんだ? まずは粘土が自分で作れないと話にならないからな。それだけでもう一年ちょっとはやってるんだぜ?」
「そんなに大変なの!? 一年ちょっとって凄い頑張ってるんだね―― ってさ、今十二歳って言ってたから十歳からやってるわけ? そっちのが凄すぎない?」
「最初は見に行ってただけなんだけどさ。ただの土がキレイな皿とか丼に変わっていくの見てたら興味が出たんだ。そんで遊びがてら土いじりからやらせてもらってたわけだ。それが焼きまでさせてもらえるようになるんだからきっと素質があるんだぜ?」
「そうかもしれないね。どんなの作るのか期待して見せてもらうね」
「オイラのスバラシイ作品見たら腰抜かすぞ。なんてったって力作だからな! もう形はできててあとは焼くだけなんだけど、昨日窯へ入れてもらったから今日には焼きあがるんだぜ」
「おおー、楽しみだね。早く見たい!」
二人でそんな会話をしながら飛び跳ねるように現地へと向かった。
「まあほら、師匠? も言ってたけど最初からうまくいくことは少ないって言ってたじゃない? そんな落ち込まないで次また作ればいいって。ね? がんばろ?」
「うぅうう、オイラの力作が…… ちくしょう…… うっ、ぐすっ」
ようやく泣き止んだヒロムちゃんの姿を見ているとこっちまで泣きそうになってしまう。なんでこうなったのかはよくわからないが、土で作ったものを焼けば出来上がるなんて簡単な話じゃないのは間違いない。
それでも師匠と呼ばれている人は慰めるでもなく笑い飛ばすわけでもなく、淡々と自分の仕事を続けている。他にもいるお弟子さんだか従業員だかの人たちもヒロムちゃんのそばにやってくることなく黙々と土をこねているだけだ。
「ちょっとみなさん? ひどくないですか? ヒロムちゃんがこんなに泣いてるのにさあ。少しくらい慰めてあげてもいいんじゃないかなって思うんですけど?」
「おい…… ぐずっ、ずずっ、余計なこと言うな。余計にみじめで恥ずかしくなるだろ。これは焼き物やってれば誰もが通る道なんだよ。別に珍しいことじゃない」
「だったらなんでそんなに落ち込んでるのよ。想定してたなら次がんばろうって気持ちを切り替えなさい?」
「そんなのわかってるよ! でもやっぱショックなんだもん…… 初めての作品なのにこんな粉々になっちゃってさ……」
「まあ確かに粉々なのはショックかもしれないけどさ。そうなってからはくっつけられないんでしょ? だったら次作るしかないじゃないの」
「うるさいうるさいうるさい! そんなのわかってるよ! やってやるさ!」
どうやら私の厳しい励ましがヒロムちゃんを奮い立たせたようだ。私もなかなかやるもんだ。
ここでようやく師匠が口を開いた。
「ようやく泣き止んだか? 自分でもわかってるように未熟だから起きたことだ。そうやって失敗を繰り返して数えきれないほどの失敗の先にようやく駄作が出来上がるのだから落ち込んでいる暇はないぞ」
「はい、次はもっとうまくできるようがんばる!」
なんだヒロムちゃんだって丁寧な言葉遣いもできるんじゃないか。
しかし師匠が次にかけた言葉に私は耳を疑ってしまった。
「わかったら早くそのゴミを片付けて窯の周りも掃除しておくように。それと精製が進んでいるはずだから水桶の様子も確認するんだぞ。それが終わったら棚板の掃除と窯の炭出し、その次は水汲みもあるからな」
「ちょっといくらなんでも――」
「やめろって言ってるだろ! いつものオイラの仕事だから口出すなよ。せっかく連れてきてやったのにこれだから素人は参っちゃうよ」
「自分が今の今まで泣いてたからかばってあげたのにその言いぐさ? 全くこれだから子供はさあ、参っちゃうわね」
「真似するな! この……―― ち、ちび女!」
「アンタのほうがずっと小さいじゃないの! チビすけ!」
「こらっ! 二人ともうるさい! ヒロムはさっさと取り掛からないとまた泊りになってしまうぞ? お嬢ちゃんを送っていかないとならないだろうから、今日はできるところまでやって四時になったら引き揚げなさい」
「あっ、はい…… ごめんなさい…… ちぇっお前のせいで怒られたぞ」
「何言ってんのよ、私まで怒られたじゃないの。でも一人で帰れるから大丈夫だよ。気にしないでちゃんと仕事してっていいからね」
私のせいでヒロムちゃんの仕事に支障が出て、気まずくなったらヤダなと気を聞かせてあげた。それなのに気を使われた当人はどこか不満そうである。
「なによ、子ども扱いしたからってむくれてるの? アンタの立場を悪くしないよう気を利かせたんじゃないの。それともホントに一人で帰れるのか疑ってんの?」
「そ、そんなんじゃないよ。まったく…… じゃあまっすぐ帰れよ? 寄り道して遊び歩くんじゃないぞ」
「何言ってんのよ、小さな子じゃあるまいし。それではみなさん、お邪魔しました。とても興味深かったです」
「そうかね? 退屈でなかったなら幸いだ。まあ気が向いたらまた来なさい。次に来たときは何か作ってみるといい。簡単な形ならすぐできるからわしが教えてやろう」
「えー! いいんですか!? 農作業のお休みを相談してから絶対また来ます!」
この意外な申し出に私は即答でのってしまったのだが、今まで散々下働きばかりさせられてきていたヒロムちゃんは相当不満らしく、私のお尻をひっぱたいてきた。
「ちょっとアンタなにしてくれてるわけ? このー、こうしてやる!」
「ふはっ、ひゃめろお、ひゃめおよお――」
「う・る・さ・いっ! ヒロムはさっさと仕事に取り掛かる。お嬢ちゃんは暗くならないうちに帰りなさい」
「はい、すいません」
「ふぁい、ふいまふぇん」
そんなこんなで、今日のところは私のお尻にできた泥の手形とヒロムちゃんの赤くなったほっぺで痛み分けとなった。




