11.土井辰正
私が佐倉荘に来てから早いものでもう二か月になる。生活は心配していたよりもずっと快適で楽ちん。ただ勉強量は減ってしまったので学力は低下してそうだ。
とはいってもテストや能力測定もないので発揮する場所もない。それはそれで残念な気持ちもあるからたまにスマートロンで模試を取り寄せて自己採点していた。
「ふぅ、やってみると意外にできてるなあ。自己採点だから本当に学力落ちてないのか信じきれないけど、これならいつ戻っても上の学校へは行けそうね」
そんな風に独り言を言いながらカップに入ったお茶を一口飲む。うーん、ただのお茶ではあるけど、自分で焼いたカップで飲むお茶は格別だ。
『最初からうまくいくなんてもしかして私って天才!?』
『そんなわけねえだろ! 土をこねるのが難しいんだからな? 師匠に用意してもらったんだからできて当然なんだよーだ!』
あの時のヒロムちゃんったらよほど悔しかったんだろう。それなのに師匠は本物の陶芸家になるのをあきらめるならヒロムちゃんにも土を用意してやる、だなんて厳しいこと言ってたっけ。
もちろん私だって自分が天才だなんて本当は思ってなかった。ちょっとからかっただけなのにあんなにムキになるなんて、ヒロムちゃんが陶芸にかける思いは相当なものなんだろう。
それにほかのお弟子さんが焼いたものもいくつか割れたりひびが入っていたりしていた。やっぱり簡単なものじゃないようだ。私はあくまでお客さんだから、こうしていい思いをさせてもらえただけと言うのがはっきりと分かる。
こうして部屋でのんびりしているとまた眠気が襲ってくる。なんと言っても梅雨時期なので雨続き、すなわち農作業はお休みなのだ。こちらもお客さん扱いが続いているのは何とも言えない気持ちだけど、農業のエキスパートになるつもりもないから現状に甘んじていた。
「ダメだダメだ! このまま怠け癖がついちゃったらダメ人間まっしぐらだし、なにより太っちゃうよ! 小櫻! なんかやることを見つけないとね!」
自分を奮い立たせるためスクッと立ち上がり、しっかりと声を上げてみるが何も思い浮かばない。とりあえず表を見てみるが、視界に入るのは雨に打たれている青々とした桜並木に大イチョウの木、あとは廃墟が続くいつもの風景だけだ。
ヒロムちゃんと遊ぼうにも窯元へ行ったまま何日も帰ってきてないし、水上さんのアトリエにはなんとなく行きづらい。
珠代さんは今日休みじゃなかったっけ? そう思い出した私はダメもとで『金曜』に住む小金井珠代さんの部屋へと向かった。
しかし――
「ど、どうも、こんにちは…… えっと、今日はお休みなんですか?」
「あ、ああ、どうも、今日は夕方からなのでね…… えっと佐倉さんはこんなところでなにを?」
「あの、珠代さんいるかなって思って来てみたんですけど」
「残っていたのがオレですまなかったね。小金井さんは仕事行ったと思うよ。朝から出かけて行ったからね。月島さんはいなかった?」
「ああ、門紗さんは多分帰ってきてないかと……」
「また、えっと、夜遊び、か…… 被害者が増えないといいけどねえ、ってごめん。あんまりいい話じゃなかったな」
「いいえ、門紗さんから直接聞かされる話よりもずうううっとマイルドですからダイジョブです。でもお手柔らかに……」
月島門紗さんは恋多き女性なので、こうしてしばしば帰ってこない。たまに農園に来ているCランク一般人をどこかへ連れて行ってしまい、トラちゃんさんに叱られてることもあるくらいだ。
「それにしてもようやく腫れが引いたと思ってたのにまた増えてませんか? 数日前に会ったときには随分すっきりしてきてたのにまたやられたんですか?」
「おとといの試合でしこたま打たれちゃってね。ファイトマネーは高かったけど勝ち目無い試合は受けるもんじゃないなあ」
「なんでわざわざなぐり合うのかホント理解できないですよ。痛いだろうしこうして傷あとも残るじゃないですか。稼いでも使い道なんてあんまりないし」
「そうかもしれないけどほかにできることもないからさ。単純に強くなることが楽しいってのもある。なんだろうね、こういうのは人間の本能じゃないかと思うんだけど佐倉さんには理解しがたい?」
「まったく。話聞くだけで怖いし、こうやって傷あとを見ているだけで痛くなってきますよ。ちゃんと治療はしてるんですか?」
「まあできるのは冷やすだけだから。医者にかかるような大ケガしてしまったら収容所にでも行くさ」
「そんなあ、悪いことしたわけでもないのに? あ、でも脱走してきた人は戻ったら収容されちゃうんでしたっけ?」
「そんなことないだろうけど、オレは前科あるから良くてF施設行き、悪くて収容所だと思うよ? 佐倉さんはSランクだったんだろう? なら罪に問われることは無いんじゃないかな。貴重な優秀人間だもの」
「そんなもんですかねえ。なんかランク分けっておかしな仕組みだなって。政府にそんなこと決めるだけの能力や権利があるんですかね」
「そうは言ってもあいつらは人じゃないからなあ。人間の気持ちはわからないんじゃない? 考えてくれないと言ったほうがいいかもしれないね」
こんな風に廊下で立ち話するのは久しぶりかもしれない。他の住民とおしゃべりするときはもっぱら一階の応接室を使っているからだ。
でも今は『金曜』の扉の前で『土曜』の住人である土井辰正さんにばったり遭遇してしまった。別に立ち話が嫌なわけじゃないけど、辰さんはいつもどこかしら怪我していて顔が腫れてるから直視しづらいのだ。
「おとといしこたま? やられたのに今日も試合に行くなんて体持ちませんよ? ホント、気を付けてくださいね」
そう言いながら私は両の拳を交互に突き出して見せた。一応真似してみたつもりではあるがその動きは相当にのろい。
その様子を笑いながら見ていた辰さんは、横を向いてから同じように拳を交互に突き出す。するとシュシュッっと空を切る音が鳴るし拳もまるで見えないほどに早い。
「今日は試合じゃなくてレフリーをすることになってるんだ。これも仕事のうちさ」
「へえ、殴りあうばっかじゃないんですね。いっそのことそれだけやれば痛い思いしなくて済むのに……」
「でも稼ぎが雲泥の差だからなあ。やっぱり体張る分だけ割りはいいんだよ。なんと言っても贅沢したければ稼がないとね」
そう言いながら手を口元へ持って行きながらクイッと首を傾ける。まったく、お酒なんていったい何が良くて飲むのかわからない。お酒はもちろん禁制品で非合法もいいとこだ。
結局長々と立ち話をしてしまった。それでもほかに誰も在宅していないことが知れたのは収穫、なのか?
しばらくして辰さんとの話を切り上げた私は、仕方なくすごすごと部屋へと戻って昼寝にいそしむのだった。




