12.アトリエ
多分一週間ぶりの晴れだと思う。それくらい久しぶりに今日はピーカンである。私はすっかりなまってしまった体に鞭打って起き上がり、自分でもわかるくらいけだるそうに佐倉荘を出て農園へ向かった。
しかし道中なんだか人が多いしみんな急いでいるというか慌てているように見える。なにか事件でもあったんだろうか。
「あ、小櫻ちゃん、ちょっとアータ大変なのよ!」
「トラちゃんさん、おはようございます。なにが大変なんですか?」
「手入れよ、ガサよ、摘発が来たのよ! こんなの久しぶりだから興奮するわね!」
「興奮してる場合ですか!? いったい何があったんです?」
「それがわからないから向かおうとしてるんじゃないの。アンタも行くわよ!」
そう言って走り出したトラちゃんさんの後ろを、言われるがままに追いかけていく。
しばらく走っていくと、水上さんのアトリエの辺りで人が立ち止まって固まっているのが見えた。この辺りにはほかに特別なものはないはず。
と言うことは摘発と言うのは水上さん!? 私はトラちゃんさんと顔を見合わせて人ごみをかき分けて前に出た。
するとそこには確かに警察がいっぱい来ていて、アトリエを取り囲んでいる。中には水上さんがいるのだろうが抵抗して出てこないのか?
紙やペンですら禁制品なんだから絵を描くなんてもってのほか、というか私はほかに絵を描く人を知らないが、とにかく摘発の対象だと言われても不思議ではない。
どうやら中にも警察は入ってるらしく、よく聞こえないが声が聞こえ漏れてきた。片方は水上さんだろうが、もう片方は警察なんだろうか。
警察がしゃべるなんて見たことも聞いたこともないけど、それくらい特別な事件ってことかもしれない。
どれくらいたっただろうか。おそらくそんな長い時間じゃなかったけど十分くらいはこうして見守っていたように思う。するとようやく中から水上さんが出てきた。
「リュウちゃん! アンタちょっと大丈夫なの?」
「ああトラさん、これ見て平気だと思うほうがどうかしてる。実はこれでおさらばになるんだ、今まで世話になったね」
そりゃたしかにダイジョブに見えるはずがない。腰に巻かれた拘束具で両腕の自由も奪われている姿は痛々しい。当人が笑っているのがまだ救いか?
なんでこんなひどいことを、と言ってもまあそりゃそうなんだけど、こんなF地域まで来てわざわざ摘発するなんて異例なはず。さらに異例なことに――
「こらっ、やじ馬するんじゃない。全員ここから去りなさい! 残念ながらキミたちを連行するわけにはいかないが、危ない目にあいたくなかったら少なくとも十メーター以上は離れるんだ」
『えっ、あれって警察、の? 人? ですかね?』
『どうやらそうみたいね。アタシ初めて見たわよ。まさかあちら側の人間が来ているなんて驚きね』
通常の警察は監視ボットよりも大分大きな三角錐で、犯罪と判定したら地の底まで追いかけて犯人を拘束するシロモノだ。追いかけている間も声を発することはなく音もなく追いつめていくだけと聞いている。
なので普通はなにかに違反してしまっても大人しく従い、画面に表示されている指示通りに身分を提示したり違反金を支払ったりして解放されるものだ。
幸い私は経験がないけど、目の前でゴミをポイ捨てした人が捕まってるとこはみたことがある。
「警告はしたからな。あとはどうなっても知らないぞ!」
その警察の? 人? が再び警告するすると、遠巻きに見ている人たちがじりじりと後ずさりを始めた。もちろん私たちもなにがどうなるのかわからないままに下がっていく。
やじ馬があらかた距離を取ったことを確認すると、警察と同じ色の服を着たその偉そうな人はスマートロンよりも大きな端末を取り出し何か操作している様子だ。
ほどなくして周囲の警察が移動し、アトリエを取り囲むように輪になった。その様子を見て、いつの間にか口までふさがれている水上さんがガチャガチャともがいているがどう見ても脱出できそうにない。
再びなにかの操作をする様子が見えたその直後――
『ブオオブォオォー ゴオォウオオウゴー』
アトリエを取り囲んでいた警察から火柱が飛び出し、ものすごい音と熱が周囲広がっていく。当然、瞬く間にアトリエは炎に包まれてしまった。
誰もが声をたてることすらできない状況で、水上さんが暴れるガチャンガチャンと言う音が悲しく響き渡る。
しばらくすると炎の発射は止まり、こんどはまっ白い泡が噴射された。すると燃え盛っていた炎があっという間に消えたのだが、その直後にアトリエだった小さな建物はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
まるで夢でも見ているように現実感のないまま、一人の男性が逮捕拘束され、コンクリート製の建物があっという間に瓦礫と化している。本当にこれは現実の出来事なんだろうか。
目の前で起こった出来事を自分の中で消化できず、宙を見るようにボーっとしているとなんだかめまいで倒れそうな気分である。
横から肩をたたかれても足が動かない。こんなショックを受けたのは初めてだからか自分の身体をどう動かせばいいのかすらわからなくなっているのかもしれない。
それでも肩をたたかれ続けているとようやく耳が正常に働き始めたようで、トラちゃんさんの声が聞こえてきた。きっともう帰ろうと言ってくれているのだろう。
私は焦点の合わないままトラちゃんさんのほうを向こうと首を回したのだが、その時周囲に誰もいないことに気が付いた。正確にはトラちゃんさんが少し離れたところにいるのは見えたのだが、そのすぐわきには警察がいる。
まさかトラちゃんさんまで捕まってしまったの!? そんなのいやだ、おかしい、何もしてないのに!
そう思って駆け寄ろうとしたときに私は気が付いた。
私のすぐ横にも警察がいること、そしてすでに私の腰には拘束具が巻かれていたことに……




