7.農園のお仕事
農園についてから施設の説明を受けて長靴と手袋を装備した私は、とりあえず水撒きの担当になった。とは言っても作業量自体は居住区からやってくるCランク市民だけで十分まかなえるため、私の存在なんてただのオマケである。
それでも一番端のひと区画にある、なんか緑の細長いものがまっすぐ伸びている畑を任せてもらった。
「それ全部植物なんですよね? 学校にあったのと違って緑でも一色じゃないんですね。花も咲いてないし、本当にこれが食べられるんですか?」
「もちろんよ。ちなみに小櫻ちゃんに面倒見てもらうこの長細いのがネギね。居住区だと真っ白で切ってあるのしか出回っていないでしょ?」
「ええっ!? これがネギ、ですか? ネギってもっとこう短くて円筒状のやつですよね? 別の種類なのかな」
「あれも同じネギだわね。工場で育てた後は全部均等に切ってからマーケットへ出荷されるの。一般住宅だと野菜は全部カートリッジ式かしら?」
「そうですね。スマートロンに食べたい料理の材料を聞いて、それを買ってきてキッチンへポンするやつです。部屋のも同じじゃないんですか? それが普通だと思いますけど」
「いいえ、たいていは同じだし、佐倉荘ももちろん。でもカートリッジじゃなくて野菜をそのまま貯蔵庫へセットしてるのよ? だからメニューには限りがあったでしょ? 季節によっても穫れる野菜が違うんだから」
「そうなんですか!? マーケットだといつでも同じものが売ってるじゃないですか。じゃああれはどういう仕組みなんですかねえ」
「そりゃ工場で作っているんだもの。季節なんて自由自在でしょうに。きっと小櫻ちゃんって、賢い割には得意不得意がはっきりしてるタイプね。食べることなんてあまり興味ないんでしょ」
「うーん、興味なくはないですけど、結構同じものばかり食べてたかも…… ハンバーグ、パスタ、オムライス、サンドウィッチの繰り返しとか。あとはお菓子!」
「うちのキッチンだと甘いお菓子は無いからガマンね。だからと言ってポテトフライばかり食べていたら太るわよ?」
「なっ、なんで知ってるんですか!? まさか監視してるとかっ!?」
「何言ってんの。あーたが来てからおイモの消費量が急に増えたのよ! 補充も人力だからすぐわかるんだから。食べちゃダメってことはないけど、その分動いたほうがいいわね」
トラちゃんさんが私のおなかのあたりをチラ見した。私は思わずお腹に力をこめて引っ込め両手を前に置く。
「―― えっと、農作業がんばります! といっても十歩歩いたら終わっちゃいますけど。このネギ? がえっといち、に、さん―― 十二かける四列だけですから」
「最初はこんなものよ。居住区から来てる人にちょくちょく欠勤が出るから、そういうときは代わりに回ってもらってるの。全員がマジメに毎日来るわけじゃないし、そもそも彼らは三勤三休の交代制だしね」
「結構働いてるんですね。うちのお父さんなんて二勤五休ですよ。お母さんは四日働いて四日休みだったかなあ。とにかくそのくらいです」
「四日は多いほうね。お母さんは何してる方だったかしら?」
「学校職員です。低学年が相手なんですけど結構大変らしいですね。お父さんはバス工場の監視員。まあどちらも補助職ですから大したことないんですけど。Bランクだし」
「ランクで人間の価値なんて決まらないわよ。現にSランクの小櫻ちゃんはF地域に来ちゃってるし? アタシもAランク判定だったけど今は立派な棄民だもの」
「トラちゃんさんっていつも棄民って言いますけど、捨てられたんじゃなくて捨ててきたって意味の棄民ですか? 本来の意味とは違うような気が……」
「そうね、わざわざ自虐的に言ってるだけでそんな深い意味や思想をこめてるわけじゃないから気にしないで。もし自分が棄民呼ばわりだなんてイヤだなと感じてたならゴメンね。できるだけ使わないようにするわ」
「いえ、違うんです。面白いなあって思って。水上さんもですけど、やっぱり考え方が居住区の人たちとは違いますよね。私もどちらかと言えばこっちよりな気がします。家でも学校でもなんとなく考えが合わなくて悩むこともありましたから」
「なるほどなるほど。まあ本来人間って言うのは自分で考えて行動して、失敗して学んで成功して学んでを繰り返す生き物だと思うのよね。それなのに失敗は罪だと考えてる政府方針によって、失敗のない人生になるよう勝手に他人の人生を決めてしまうじゃない?」
トラちゃんさんが言ったことは私も考えたことがある。だから小難しいとか反体制だとかは感じず一発で共感できた。
でも同時に少し心配になって周囲を見渡す。もちろんここにも監視ボットは飛んでいるからだ。
「これくらい心配いらないわ。だから結集決起して政府を倒すぞ、なんて行動起こさない限りは発言の自由はあるのよ? そうじゃなかったら息がつまってしまうじゃないの」
「確かに! でも作業中におしゃべりしてる人ってほぼいないですね」
「そりゃ働きに来てる人たちは少しでもいいとこ見せてランクアップしたいと考えているからでしょ? サボっていたらダウンも考えられるし、そうなったらもう一生農作業すらさせてもらえなくなるわ」
「Cランクからのダウンって…… Fランクじゃないですか。そんなことあるんですか? 噂ではFランクになるとずっと閉じ込められてるって聞きました」
「アタシも見たことは無いけどそうらしいわ。待遇は収容されている犯罪者とあまり変わらなくて、施設内にいる限りは寝てても食べてても動いてても構わないくらいの違いらしいわね。囚人だと何をするにもスケジュールが決められてるんですって」
「そんなのひどい、ひどすぎる! でも罪を犯したんだから仕方ないのかな。程度にもよりますけど。もし暴力犯罪で逮捕されたら収容所送りですかね?」
「どうかしら。それは経験者に聞いてみないとわからないけど、少なくとも収容所内のことくらいは知ってる人がいるわよ?」
「えっ!? それってここに犯罪者がいるってことですか!?」
「正確には『元』ね。傷害事件で逮捕されて収容所に入れられてたんだけど、罪を償った後F施設から逃げてきた人がいるのよ」
「傷害ですか…… ちょっと怖いです。まさかその方も――」
「お察しの通り、佐倉荘に住んでるわ。お部屋は『土曜』だから小櫻ちゃんの部屋の真反対で一番遠いトコ。でも別に怖い子じゃないからあんまり構えないであげてね」
そう言われても、こちらはただでさえ人より小柄でしかも女だ。そしてトラちゃんさんははるか上空に頭があると感じるくらい背が高いし、体格もガッチリしていて筋骨隆々である。
『でも中身は女性なんだよねえ……』
「ん? なにか言った?」
「いえいえ、なんにも言ってません! うがった目で見ないようにしますね」
「そう言ってもらえるとホッとするわ。アタシにとって佐倉荘のみんなは家族みたいなものだと思っているんだから。もちろん小櫻ちゃんもよ? 妹では一番下ね」
「妹では? ってことは私よりも年下の男の子がいるんですか? そんなの完全な子供じゃないですか―― ああ、親も一緒に住んでるってことですよね?」
「いいえ、たった一人で住んでるわ。いろいろ事情があるのよねえ。まあそのうち説明するわね。最初からたくさん詰め込んでも混乱の元だし、ね?」
そう言葉をにごしたトラちゃんさんに、私はなにか影のようなものを感じた。




