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サクラバ・ファミリア  作者: 釈 余白
第一章:桜舞う季節に
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4.佐倉小櫻

 お客様へお茶を出すなんて今までしたことなかったが、こうしてやってみるとなかなかいいものだ。自宅でも友達の家でもたいていは母親がやってくれるのを眺めているだけだった。


 しかし今は、自分一人となるこの部屋で管理人相手とはいえお茶を振る舞っているのだ。それだけで心細さが和らいでくる気がする。


「それで? 小櫻ちゃんはなぜ留学を蹴ってまでこんなところへ来ちゃったの? 将来安泰はほとんどの人が望むことだと思うけどね。自分の希望とは違う内容だったのかしら?」


「なんででしょうね。冷静に考えると明確な理由はないんですけど、留学とか考えてないこと言われれて戸惑ったってのはありますね。まあ結局こうして一人で暮らすことになってしまったので、留学と大差ないと言えばそうなんですけど、あはは……」


「ちなみに留学するほど優秀な分野ってなにかしら。話しているだけで賢い子だってのはわかるけど」


「そんな賢いだなんてお世辞ですよね? 一応語学習得能力でS判定でした。特にヒアリングはSSだって言われました。でもそれって将来まで順調に伸びていった場合ってことらしいですから将来どうなるかはわかりませんけどね」


「なるほど、単純に耳がいいってわけじゃないだろうけど、日本語以外をきちんと聞いて理解できる力に優れているってことなのね。すごいじゃないの」


「でも将来は外交通訳で三十歳で結婚すぐに出産、二人目を産んでから三十五歳で職場復帰して五十歳で退職なんて遠い将来まで決められても困りますよ」


「そうねえ、行政のヌケサクどもは完全にルートを決めたがるから。その通り行くはずなんてないのに未だわからないんだもの。賢いだけじゃダメってことね」


「まあでもその管理のおかげで戦争は無くなったらしいし、兵器や武器ももうないんですよね? 犯罪発生率もめっちゃめちゃ低くて人類史で最高の数値を更新し続けてるって習いました」


「まあC判定を下回らない限り不自由ない生活ができるんだもの。それで満足する人たちにとっては快適でしょうね。その代り落伍した人たちはいないことにされてしまうのよ? 犯罪者も同様で社会から隔離されてF施設送りよ?」


「それは他人の生活を脅かすから仕方ないんでしょうかね。まあすでに私も”こちら側”なんですけど」


「確かにこちら側ではあるけどね? 別に人間としてF判定(落第)されたわけじゃないわ。あくまで現代社会において政府システム内に収まらない人間だってだけなんだから悲観はダメよ?」


「そっか、そういう考え方もアリですね! トラちゃんさんって賢い! 哲学者って感じがします」


「ちょっとほめ過ぎじゃないの? あんまり素直すぎると誰かに騙されやしないか心配になるわ。特にここに限らずF地域では反体制運動が盛んだから、口車に乗って連れて行かれないようにしないとね」


「確かに! 気を付けるようにしますね。箱根自治区にいたときも反体制デモはあって、たまにニュースで見ました。そんなことしても変えられないと思うんですけど、黙ってはいられないんでしょうね」


 近所に住んでいた夫婦が参加したデモが暴動騒ぎになってしまい、逮捕されてから結局戻ってくることが無かったことを思い出す。きっとF施設へ入れられてしまったのだろう。


 そう考えたら不満があっても下手に逆らわず過ごすか、むしろこうして脱出してしまったほうがマシな気がする。


 世界政府と言ったって全世界の隅々まで管理できているわけではなく、いたるところにこうした自由地区の存在が許されている。もちろん反体制運動など過激なことをしない限りではあるが。


 まだ戦後の混乱があったころには、どこかの山奥で武装を固めていた集団がいたこともあったらしい。だがその武力を行使することなく世界政府によって消滅させられたことは小学校の授業でこれでもかと言うほどしつこく叩き込まれる。


 おかげでとても真似しようなどと考える子はいない。恐怖政治と言えるかもしれないが、まっとうに生きていればお世話になることもないわけで、過度に怖がる必要はないと聞かされて誰もが育つものだ。


 それが人間らしくないと言う人たちもいるので反体制運動なんてものがおきるんだろうけど、私にはどちらが正しいのか決められるほどの社会経験はまだない。


 トラちゃんさんは私が賢いとか素直だなんて言ってくれたけど、結局はまだなにもしらない子供なだけ。でも今日からはなるべくなんでも一人でできるようになっていかなければ。


 それからしばらくトラちゃんさんとたわいもない話をしながらお茶の時間を楽しんだ。佐倉荘内の施設や注意点もちゃんと聞いたし、農園の場所も聞いてスマートロン(個人端末)にインプットしておいたので迷子になることもないだろう。


 当面は農園でできることを探して働かせてもらい、少しでも生活の足しにしよう。合間を見て勉強も続けていきたいし、今後のことも自分なりに考えて答えを出すべきだ。



 そのあとはスーツケースから荷物を出して、がらんどうのクローゼットにちんまりと洋服を掛けたり、ベッドの配置や壁紙の色を選んだりしながら時間をつぶす。


 学校がないと案外時間を持て余してしまうものね、なんてぶつぶつ言っているとお父さんから連絡があった。


『そっちはどうだい? やって行けそうならいいんだが、さみしくなったらいつでも帰っておいで。まあ教育庁の担当者が喜ぶだけかもしれないがね』


「今のところ、っていうかまだ初日だから右も左もわかんないけど。でも管理人さんもいい人だし設備は家とそんなに変わりないし、まあうまくやっていけそうかな」


『それならいいが、くれぐれも不摂生はするんじゃないぞ? ほとぼりが冷めて行政があきらめてくれれば教職として戻ればいいんだからな』


「でもそれって最低でも三年後じゃないの? そんな先のこと、今はまだ考えられないよ。でも決して遊び気分で決めたわけじゃないもん。私なりに考えてみるから安心してよね」


『うんうん、お母さんも心配はしてるけど信じてるって言ってる。毎日とは言わないがなるべくこまめに連絡するようにな』


「そうだね、せっかくこうして協力してくれてるんだもん。自分の糧になるよう頑張るね。ここへの支払いだって安くないんだろうし……」


『そんなことは気にしなくていい。丹羽家と佐倉家は遠縁でもともと佐倉荘は佐倉家が所有してたんだよ? そんなこともあって便宜を図ってくれているからね。そうそう、裏に桜並木があっただろう? あれはご先祖が植樹したものらしい』


「ええっ!? ってことはトラちゃんさん、あっと、管理人さんと私って親戚ってことなの!? ちょっとビックリだなあ。それにしても立派な桜だよね。しかも私の部屋ってその桜並木に一番近いんだよ?」


『そりゃ良かったなあ。きっと縁があったんじゃないか? きっとこれから満開になる季節だし、少しの間は楽しめるだろう』


「うん! 楽しみながら苦労もして、私なりに学んでみるね。ありがとう」


 こうして私が佐倉荘へやってきた初日は、平穏無事に終わりを告げた。


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