3.丹羽寅治郎
現代では戦前に主流だったコンクリ製の建物は少なく、ほとんどが植物由来のプラスチックで作られることがほとんどだ。さらに言えば木造なんて歴史的建築物でしか見ることは無い。
それなのにこの佐倉荘は歩くとギシギシ音がするくらい典型的な木造建築だ。まさか歴史的な建物なのかと言えばそんなことは無いらしい。
「まあこれは父の趣味みたいなもんね。実際には元々あった鉄筋住宅を木材で補強しているから純粋な木造住宅ではないそうよ。アタシにはどうでもいいけど」
「でもステキじゃないですか。木の柱なんて遠足で鎌倉へ行って以来です」
そう言いながら壁に設置されているオートメイトシステムを操作してお茶の用意をする。外は古風でも中は近代設備が整っているのがまたすごい。設備が整っているのか疑問を感じたのは早計だったと反省しなければ。
「これってもしかして全部屋についてるんですか? てっきり共同生活だし共同キッチンとかかなって想像していたので驚きました。アパートメントでも各戸独立なんですね」
「そりゃ人間居住区のF施設とは違うわよ。ここでは自由が守られるんだもの。多少の不便や治安の問題はあるかもしれないけどね」
「治安の…… 問題…… ですか? まさかここに変な人が入ってきたりしないですよね!?」
「さすがにそれはないけど敷地内から出たら十分注意しないとダメよ? 特に夜は出歩いちゃダメ、絶対にね。犯罪をして逃げてきているようなヤツはさすがに捕まっていなくなるけど、ここへ来てから悪くなったやつらもいるのよねえ」
「それもまた一つの自由ってことなんでしょうか。警察は来ないんですか? いくらF地域だからって犯罪は犯罪ですよね?」
「来てはくれるけど後回しだわね。ただ夜に出歩いてなにかするような場所も娯楽もないけど。仕事に行くとしても昼間でしょ?」
「仕事!? 全然考えていませんでした…… そういえばF地域って食料の配給が最低限あるだけなんですよね? どうしよう……」
「食べることの心配はしなくていいわよ? お父様から生活費はいただいているから当面はね。いつまで仕送りしてくれるとか言っていなかったの?」
「うーん、とりあえず少し一人で暮らしてみたらいいってくらいでしたね。他の方たちはどうしてるんですか?」
「そりゃ仕事しているに決まってるじゃないの。仕事したかったら父の畑で雇ってくれるわよ? 体力ないと無理だけど、とりあえず小銭稼ぐくらいはできるかも?」
「体力には自信がないけどやるしかないですね。がんばります!」
「まああんまり気負わないでおいおい、ね。それで? アタシのことが聞きたいのよね? うすうすは感じてるかもしれないけど、実はアタシって男なのよ?」
それはうすうすどころか初めて見たときから明らかだ。ただし普通の男性でないこともハッキリしている。話し方もそうだが、しぐさが微妙にしなやかなのだ。
「それはつまり――」
「アタシって子供のころからちょっと変わってたらしくてね。だから十六歳での能力判定を待たずに精神鑑定にかけられたのよ。それでAIが出した結果が『性別不合』ってわけ」
「なるほど、でもそれだけでF判定になんてなりませんよね?」
「そりゃならないけど治療の必要ありとはされるのよ? その治療ってどんなことするか知ってる?」
「いいえ、知りません。周囲にもいなかったので授業で習ったくらいの知識しかないです。治療だから薬飲むとかそういうのですか?」
「ノンノンノン、オペよ、手術を受けるの―― つまりちょん切るのよ!」
私は思わず顔が赤くなっていくのを感じた。そんなストレートな表現――
「あらごめんなさい、表現が下品だったわね。ようは適合手術で身も心も女になって生きていくことを強制されるってことね。そのあとは誰かあてがわれて結婚して養子を迎えることになるって流れよ?」
「それってもう済んでるんですか? あっ、その―― えっと、手術……」
「ううん、バッチリ残ってるわ! あ、また下品な―― コホン、それが嫌で逃げたってわけなのよ。体が男で心が女、それこそがアタシだって考えてる。だってそうでしょう? 生まれたときからすでにこうなんだもの」
「なるほど、確かにそれは正論ですね! 私も賛成です、トラちゃんさんの考えを支持します!」
「ありがと、まあそれをいいことにこの佐倉荘を押し付けられて、農場の管理もやらされてるハメになったんだけどね。まったくハメ違いだわ」
「ハメ違い?」
「ううん、こっちの話。両親は今も東京自治区内に住んでるんだけど、アタシにこっちを任せきりで遊んで暮らしてるのよ? ひどくない?」
「親孝行だとでも思うしか…… それとも戻りたいです?」
「どちらもノー、ね。母はアタシが飛び出したことで世間に顔向けできないとか言って口も利いてくれないし、父は収穫が少なくてもきっちり取り立てていく強欲だもの。その代り自由があるからガマンしてるのよ」
「管理人って大変なんですね。それに比べたら私は恵まれてるんだなあ。両親はやさしいし、仕送りもしてくれてるみたいだし? こうして別の生き方を教えてくれましたから」
「そうやってまっすぐ素直に受け入れるいい子だからじゃないかしら? アタシなんて家を飛び出すときに父を殴って家を出たんだもの」
「殴って!? 今どき人を殴る人がいるなんて…… よく捕まりませんでしたね。ホームAIからも逃げたんですか? オートメイトにも記録されただろうし、ある意味凄いですね」
「そこは世間体を気にする母がうまくやったんじゃないかしら。まあそれももう大分昔の話だわね」
こういう話をした後ってなんとなくその時を思い出して感傷的になったりするのかと思い込んでいたが、目の前のトラちゃんさんはなぜかにこやかでうれしそうだった。
さっき言っていたように、誰かに聞いてほしいと言うのは自分のことだったのかもしれない。そしてその笑顔はいつの間にかニヤニヤとちょっと含みを感じるものに変わっていった。
「さ、アタシの話はこれくらいね。次はもちろん、ね?」
ああそっか、つまり次は私がどうしてここに来ることになったのかを語る番ってことのようだ。
「そんな面白い話でもないと思いますけどね。単純でわがままなだけですけど聞きたいですか?」
私がそう言うと、目の前の屈強な長身男性はにこやかに笑みを蓄えながら大きくうなずき、お茶のお代わりを求めてくるのだった。




