29.生活の変化
管理人に任命されてから二週間ほどが過ぎた。そうは言っても毎日忙しいほどやることはない。全くないわけじゃないから暇すぎるということもない絶妙な仕事量と言える。
一番多いのは、今までと少し変わった生活になじめない人や戸惑っている人の相談を受けることだろうか。
「なあホントに大丈夫なのか? 後から全部ウソだなんて言われて逮捕されるんじゃないだろうな? おいらはいいけど師匠たちに何かあったら困る」
「その時はみんな一緒に連れて行かれるんだろうね。だったら不安になることもないでしょ。あっちがその気になれば今までだって片っ端から処罰できてたんだしさ」
「でもよお…… すぐそばに警察がいるなんて落ち着かねえじゃん。おいらこんなの初めてだから毎日ヒヤヒヤもんなんだぞ?」
「でも今まで特に変わったことないでしょ? 一番戸惑ってるのは辰さんたちだと思うけどな。弘ちゃんは陶芸がんばればいいんだって」
「辰ニイは商売あがったりだって言ってるもんなー」
「でも門紗さんはホッとしてるって言ってたよ? 最近は怪我ってほどのことは無いみたい。おっきな手袋してまで殴りあいたいのもどうかしてると思うけどねえ」
今日の相談相手はちびっ子陶芸家の自燃弘ちゃんだった。陶芸に関しては、政府介入後になにか変えられることもなく今まで通り黙々と食器などを作り続けている。
視察と言って加奈さんと一緒に出向いたときにはさすがの師匠も緊張していたけれど、特に何があるというわけではなく陶芸が普通に行われていることを目の当たりにして加奈さんが驚いていたくらいだ。
そして最後には加奈さんも勧められて自分の分を焼かせてもらった。もちろん師匠に用意してもらった土だからキレイに焼きあがったのは言うまでもない。
そしてそのカップを目の当たりにして、弘ちゃんはまたもや悔しがりヤキモチを焼いていた。
そんな弘ちゃんは生活がそこそこ大きく変わった一人だ。なんといっても学校のないこの地域には読み書きができない子供が少なくない。
その子たちを集めて週に三度は学校の真似事をしているのだ。とはいっても教師がいるわけではないので教えるのは加奈さんの役目だ。
そして私はその補助と言うことで一緒に学校までやってきていた。学校になったのはそこらじゅうにいくらでもある廃墟の一つで、もともとは学校だったらしい。
今日も授業が終わって解散となったのだが、佐倉荘へ帰り着くなり弘ちゃんのお悩み相談が始まったわけだ。
「それでどう? 読み書きの勉強が楽しいかどうかは聞くまでもないんだけど、生活が変わったことで嫌なこととか困ってることとかある?」
「そりゃあるさ。土には毎日触れてないと感覚が鈍るからな。今までみたいにずっと泊まり込んでたらいくらでもできたのにさあ。今は毎日帰らないとダメって言われちゃうじゃないか。なんなんだよあの女は……」
「こら、そんな口のきき方したらダメ! 弘ちゃんは口が悪すぎるんだよ。そのあたりも治して行かないとねえ」
「そんなのどうでもいいんだよ。別にここから出るわけじゃないんだし。小櫻こそ平気なのか? あんな警察の手先みたいな真似してみんなに嫌われちゃうぞ?」
「みんなって誰? 特に嫌な顔されたりとかないけどなあ。加奈さんいい人だし。その心配ならトラちゃんさんにしたほうがいいかもしれないね」
「トラニイは平気だろ。今までの信頼があるからな。それでもちょっと警戒してるやつはいるんだぜ? おまえは鈍いから気が付かないだけかもしれねえぞ」
「だーかーらー、おまえって言わないのっ! こらこらー」
「ひゃえろおよおー」
私が弘ちゃんのほっぺたを引っ張ってふにふにしていたらぐったりとうなだれながらトラちゃんさんが帰ってきた。
「あっ、お帰りなさい。今日はどうでした? 興味持った人いたらいいんだけど」
「いないことは無くてどっちかと言うとウケは良かったわよ? でもそのおかげで三回も上映したんだからね? もう腕がパンパンでムキムキだわ」
「力仕事ですもんね…… 早く新作を作らないとトラちゃんさんがもっとムキムキになっちゃう」
「そうよ、か弱き乙女なんだからこんなに力仕事ばかりやっていられないわ。もちろん『ニイ』でもないんだから。弘ちゃん? それくらいわかってるわよね?」
「わかってるわかってる! トラ『ネエ』だよな。もちろんわかってるさ」
どうやらちゃんと聞こえていたらしい。こういうことがあるから滅多なことを口にするものじゃない。
「そのおネエさんからのお願い。弘ちゃんのとこの工房の人にも協力してもらいたいのよねえ。土で形作れるんだから絵も描けそうじゃないかしら?」
「ダメダメ、そんなことで連れて行かれたら雑用が全部おいらに回ってきちゃうじゃんか。そしたら作る時間がもっと減っちゃうだろ。学校がなければなー」
そう言いながら私をチラチラ見てくるが、こればかりは私の一存でどうにかなるものではない。
だいたい自分たちでアニメーションを作るなんてことが壮大過ぎたのだ。誰一人絵が描けないどころかまともに見たこともない。
一番マシなのが最近まで学校へ行ってた私くらいで、あとはほとんどがF地域ベテランばかり。
同年代から下の子供もいるにはいるのだが、全員が弘ちゃんのような無戸籍でこの地域から出たことのない子しかいない。
人間居住区への出入りだってしたことないのに、その中にある美術館へ行くなんてありえない話だった。
そして、この地域で例の海のアニメーションを披露して回り、絵が描けそうな人材を発掘するために日々奔走しているトラちゃんさんが少し気の毒に感じた。




