27.一対一の密談
加奈さんが来てしまったこともあって絵を描く練習はせずに早めに帰ることにした私たちは、まだ陽の明るいうちに佐倉荘へ戻ってきていた。
「やっぱり昨日のお披露目はまずかったんですかね。でも逮捕はしないって言ってたから注意くらいで済むといいなあ」
「だってアタシたちはリュウちゃんが残して行ったものを見ただけですもの。咎められる筋合いはないわよ。アレを描いたのはリュウちゃんだけだしね」
「なるほど、確かにそうですね! なんか安心できました。さすがトラちゃんさん、屁理屈がうまいです」
「それ褒め言葉になってないわねえ…… あらそうこう言っている間にお出ましよ? いいこと? 下手に言い訳しないで認めたほうがいいんだからね。よほどのことが無い限り処罰なんてされないんだから」
トラちゃんさんは念押ししてくるけど私は完全に安心しきっていた。なぜならばアニメを見ただけで逮捕されてしまうような法律は無いとわかっているからだ。
そこはマトロンに感謝である。なんだかんだ言ってもマトロンは私の味方らしく不利益になるようなことへの誘導は今までしていない。
それでもなぜか昨日は頭に血が上ってひどいことを言ってしまった。まあでも完全に間違ったことを言ったわけでもない。とにかくマトロンには悪意はないけど善意もないのだから。
「やあお二人さん、さっきぶり。できれば個室をお借りしておひとりずつ話を聞きたいのだけど構わないかな?」
「それはいいけど絶対に小櫻ちゃんをさらっていかないでちょうだいよ? もしそんなことしたら許さないんだから」
「おー怖い、もちろん何もしないさ。さわりだけ伝えておくと、昨日皆で楽しんでいたアニメーションのことについて少々意見を求めたいだけなんだ。二人の意見を聞いたうえで最期に一緒に話ができればいいかな」
「それなら初めから一緒に話をしたらいいんじゃないですか? なんで始めは一人ずつにするんです?」
「それは相手に遠慮して本心が聞けないと困るからさ。丹羽さんはそうでもないかもしれないけど、小櫻君は、丹羽さんが一緒だと言いたくても言えないことが出てくるかもしれないだろう?」
「うーん、別になさそうな気もするんですけど…… まあでも加奈さんの言うとおりで私は構いません」
多分これはマトロンのことがあるからだと察した私は、不自然にならないように申し出を承知した。
「ではまず丹羽さんから聞こうかな。自室でも会議室でもどこでもいいのでお願いできるかな?」
「アタシの部屋は…… 乙女の城だから応接室でいいかしら? ちゃんと薄いお茶は出せるからいいわよね?」
「そここだわるんだね。ここの人たちはみんな面白いなあ。さっき土井さんと言う方とも話をしてきたよ」
「たっちゃんにも目をつけてるわけ? もしかして佐倉荘自体をどうにかしようと思ってるんじゃないの? それならそれで徹底抗戦だわ!」
「いやいや、けが人の面倒を最初に見たのが土井さんだったらしい。酷いけがをしたのは試合中で、土井さんが審判をしていたそうだよ。私が指名したのではなく支配人が連れて来ただけだから早とちりは勘弁願いたいなあ」
「だってアータみたいな人がホントのこと言うとは思えないし、嘘つかれててもアタシにはわからないんだもの。ならとりあえず疑ってかかるべきでしょ?」
「なるほど、やはり自分自身で確固たる考えを持っている人は違うなあ。これなら確かに面白いことになるかもしれない。それじゃお話に付き合ってもらいましょう」
こうしてトラちゃんさんと加奈さんが休憩室へと入って行き、中からは鍵がかけられた。一体どんな話をするのか気になって仕方ないが、防音がしっかりしているんで話の内容までは漏れてこなかった。
一時間ほど経っただろうか。少々おなかがすいてきたころになり二人はようやく出てきた。先に出てきたのはにこやかな笑顔を見せている加奈さん、そしてその後ろからとぼとぼとトラちゃんさんが出てきた。
「ちょっと加奈さん!? なにしたんですか? とらちゃんさん! 何があったんです!? しおれたネギみたいになっちゃって!」
「あ、ああ、大丈夫、ちょっと話の刺激が強すぎたのかしら…… 小櫻ちゃんも心して聞くのよ。この女はちょっと美形だからって油断したらひどい目にあったわ……」
「そんなに褒められると照れちゃうなあ」
「褒めてないわよ! キー!」
いったいどんな話だったのかは分からないが、まともでないことは間違いなさそうだ。あの何ごとにも動じない強靭なトラちゃんさんがあんな風に落ち込むなんてびっくりである。
私は背筋が凍る思いで自分の部屋へと向かっていった。




