26.問題と改善と妙案と妙な案
「アータちょっとひっどい顔してるじゃないの。どうしちゃったわけ? まさか小さな子供じゃあるまいし、興奮して眠れなかったなんてことないでしょうね?」
「えっと…… あたらずとも遠からず……」
「まあアタシも? ちょっとだけ考えることがあって寝不足気味なんだけどね。でもお肌に悪いから睡眠と水分はしっかりとらないとダメよ?」
「考え事!? それってもしかしてあに―― 動く絵のことについてですか!?」
「ちょっとその言い方からすると小櫻ちゃんもなにか考えてたわけ? もしかして同じことだったりして? じゃあせーので言ってみるってのはどうかしら」
「い、いいですよ? それじゃせーの―― 自分たちで作れないかなって――」
「もっと簡単な仕組みにできないものかなと―― ちょっと? こういうのは意見が合うものだって思ってたのに全然そんなことないじゃない。自分で作るってアータ、あの絵を六十六枚だって五秒かそこらだったのに? ムリムリムリムリ、アタシ絵なんて描いたことないし」
「私もないんですよね。でもたまに地面に柵の修理で図を描いたりするじゃないですか。他にも苗植えるときの順番とか。だから頑張ればできるんじゃないかなって思ったら眠れなくて……」
「アタシはねえ、さすがに木の板を毎回あの装置へ入れて片づけてなんて五秒のためにはやってられないでしょうねって思ったのよ。大変なのはようちゃんだけど、見たいからやってと気軽に言えないでしょう?」
「そりゃそうですねえ。結構重労働に見えました。それでなにかいい考えは出たんですか?」
「木の板だから重くて大変なのよ。だから肥料を運んでくるときに入ってる袋に描いたらどうかしらって。いい案だと思わない?」
「確かに軽くて繋ぎやすいからいいと思います。今だと衣類や寝具にするくらいですもんね。そこでひとつ聞きたいんですけど?」
「なあに? このアタシの完璧な案になにかケチつけたいところでもあるわけ?」
「ケチつけたいわけじゃないんですけど、袋を布地にして使うのはとってもいいと思います。それでそこへ誰が何を描くんですか?」
「あっ……」
ここまで話していたところで二人とも押し黙ってしまった。結局は私の考えとトラちゃんさんの考えは繋がっていたのだ。
黙ったままの二人はそのまま静かに佐倉荘を出て農場へと向かった。その道すがらトラちゃんさんが誰かに連絡を始める。
「あっらーお久しぶり、寅治郎です。大変申し訳ないんだけど、今日はお休みさせてくださいな。どうも知恵熱みたいで朝からうなってたのよね。面倒はうちの子たちが見てくれるから大丈夫。それで見込みはどうなんです? ――――ふむふむ、悪くはないんですね。それなら良かった。全くダメだったらかわいそうだしね。――ええ、明日は大丈夫だと思うので朝連絡しますね。――ええ、はーい、ごきげんよう」
通話が終わってすぐに私は話しかけた。体調不良の誰かを掘っておいて出てきてしまってよかったのだろうか。
「誰か寝込んでいるんですか? 私は一人でもちゃんと農場行ってお仕事しますからトラちゃんさんは戻ってもいいですよ?」
「ああ、大丈夫よ。あの子興奮して眠れなかったみたいで寝不足なの。かどちゃんが面倒見てくれるって言ってたし、たっちゃんも昼間はいるみたいだからダイジョブよ」
「あの子って弘ちゃんかあ。子供には刺激が強すぎましたかねー」
「アータも十分子供だから寝不足なんでしょうに。とりあえず作業終わったら地面に絵でも描いてみなさいよ。うまくできそうなら袋に描いてみるってことで」
「そうですね、なにごともやってやれ、ですから!」
「良くわからないけどやる気があるのは何事もいいことね。でもやる気を出してほしくない人たちもまあいるわけだけど……」
突然立ち止まったトラちゃんさんの背中にぶつかった私は、その広い背中の陰から視線の先を見てがっくりとうなだれた。
なんと、道行く先には黒と白の縞々に彩られた車が止まっているではないか。また誰かが何かしでかしたのかと考えたいところだが、その側に立っている女性を見れば誰に用があるのかは一目瞭然だ……
「やあ! 小櫻君、それに丹羽さんもおそろいで。これから仕事かな?」
「おはようございます。加奈さんこそなんでこんなところにいるんですか? まさかとは思いますけど私に用があるなんて言わないですよね?」
「うふふ、君もなかなか言うようになったね。たくましくなったように思えてお姉さんはうれしいよ。でもその将かだったりするんだよね。もちろん丹羽さんにも話がある」
「ダメよ! 小櫻ちゃんは絶対に渡さない。連れて行かせないんだからね!」
「まだなにも言ってないのにひどいねえ。別にさらっていこうなんて思っていないよ。昨日のことで少し聞きたいなと思っていてね。もちろん検挙しようとも思っていないから警戒しないでくれたまえ」
「やっぱりこうなっちゃいましたか。無監視じゃないってわかってたんですけどこれくらい平気だとも思ってました。でももし誰かを捕まえるなら水上さんと小沼さんだけにしてください!」
「あははは、こりゃ面白い。こういう時は自分が犠牲になるからって言うもんじゃないの?」
「だって首謀者はあの二人なんですから当然ですよ。でも捕まえに来たわけじゃないって言ったし、加奈さんは嘘つかないですよね?」
「もちろんさ、まあひとまずは仕事を済ませてくるからまた夕方にでも。丹羽さん、佐倉荘へお邪魔しても構わないよね?」
「そうね、うっすーいお茶くらい出してあげるわ。その前に仕事ってなによ? 誰かを捕まえに来たわけ?」
「いや、例の格闘場で出たけが人が流れてきたからね。その調査だよ。本当に事件性がなければいいが、試合外での傷害事件だと住人にとっても困るだろう?」
「なんだ、ちゃんとした仕事もしてるんじゃないの。アタシたちのところへ来たのはそのついでって感じね」
「まあどちらがついでなのかはあえて言わないでおこう。それじゃまた後ほど」
そう言い残して警察の輸送車へ飛び乗った小比類巻加奈さんは、あっと言う間に走り去っていった。




