24.繋がりの先へ
今回繋げたのは六十六枚あるうちの十枚程度だった。なにせつなげて輪にしたのだから十枚でもトラちゃんさんの背丈くらいあってそこそこの大きさになっている。
その輪をぐるっと回して一枚ずつが観客の正面にある板の穴から見えるわけだけれど、連続して次々に表示されると動いて見えるのだった。
「でもこれが政府放送のと同じって言うのがちょっとわかりません。動いているから同じってことですか?」
「うーん、なんと説明したらわかりやすいですかねぇ…… 動いているものは結局細かくしてみれば全部と待っている絵や写真ってことですぅ…… たくさんの枚数を高速で切り替えることで動いているように見えるってことなんですけどぉ……」
わかったようなわからないような複雑な感情が頭の中を駆け巡る。だが正直原理派どうでもよかった。たった今見せてもらったのは確かに動く絵だったのだから。
それにこれはこないだマトロンに見せてもらった波の動画ととても似ていたので、あとで聞けばわかりやすく説明してくれるだろう。
「でもこれ全部つなげるとしたらすごいことになりますよね? 十枚でトラちゃんさんくらいだから六十六枚つなげたら佐倉荘より大きくなりそうです。どうするつもりですか?」
「そうよねえ。それだけの大きさになるともはや建造物って言っていいくらいだわ。でもどうせなら全部つなげて見てみたいわよねぇ」
「それには少し考えが浮かんでいるのですがぁ…… 試すのにも少し時間が必要かなぁ…… でも寝泊まりするところもないし暗くなる前に帰らないとダメかもぉ……」
そう言いながら小沼さんはトラちゃんさんをチラチラとみていた。これはいくら鈍い私でも何が言いたいのかは丸わかりだ。
「全くしょうがないわね。絵具の件も間違いなく約束してもらうわよ? アータが水曜の新たな住人ってことで父に話しておくわ。推薦人はアタシね」
「ありがとうございますぅ…… これで気兼ねなく作業できますぅ…… 絵具の件はどうすればいいですかぁ? 正直農作業の経験はなく体力もないので自信がありませんねぇ……」
「世話と刈り取りまではアタシと小櫻ちゃんでやるわよ。確か使うのは葉っぱだったわよね? それを集めてようちゃんに渡せばいいかしら?」
「はいぃ、それで大丈夫ですぅ…… いやぁ自分で絵を描くことができそうでとてもうれしいですぅ…… 水上さんは良くこの環境を棄てられたなぁ……」
「そこは不思議よね。しかも復職するからって捨てていっちゃったのよ? いったいどんな魅力的なお仕事なんでしょ」
トラちゃんさんの疑問は私も同じ思いだった。寝る間も惜しんで没頭していたこの縞々渦巻きたち。それを棄ててもいいと思える仕事とはいったいどんなことなのだろうか。
「詳しいことは言えませんが、非常に価値のある歴史的人類遺産の管理と言うことだけ言っておきますねぇ…… 水上さんにとっては自分の絵よりも歴史的な遺産である絵画のほうが価値が高いということかとぉ……」
「ホントわからないわね。アータたちみたいな文化人って言うの? 何が楽しくてこんなもんをタダで提供して見せようだなんて思うのかしら。これ全部が繋がって動いたならお客を集めてお金取れるでしょうに」
「えー!? この波が動くのはすごいですけど、これだけでお金とるのは無理がないですか? だって私たち自身はいくらでも動けるんですよ? もっとなんかこう事件性? 刺激? みたいなのがないと珍しいだけで終わっちゃうと思います」
「なるほど、小櫻ちゃんの言うことはもっともだわ。アタシとしたことが珍しく目の前のお金に目がくらんだかもしれないわね」
「珍しく…… い、いえ、なんでもありません!」
そんなやり取りをしながらこの日はこれで解散となった。小沼さんいわく、ちゃんと準備を整えるのには数日かかるということだ。それまではいつも通りの生活を送りつつ楽しみに待つとしよう。
◇◇◇
予告通り四日が経ってようやく集合の号令がかかった。今度は六十六枚すべてがつながったものが見られるのだろうと思うとワクワクが止まらない。
準備期間があったこともあって佐倉荘の住民全員が集まったこの日のお披露目会、お楽しみの前にもうひとつ驚くべきことが起こっていた。
「ええっ!? そんなことってあるんですか? あり!?」
「逆になんでダメだと思ったのか知りたいわね。ここにいたら誰かが世話してくれることなんてないんだから、小櫻ちゃんもいいと思った男の子がいたら鍔つけておかないとダメよ?」
「そんな汚いことしませんよ…… でも組み合わせ的に意外過ぎたというか……」
なんと、いつの間にそうなっていたのか知らないが、門紗さんと辰さんがべったりと寄り添いながら『水曜』へ入ってきたのだ。
確かに『月曜』の月島門紗さんと『土曜』の土井辰正さんとは部屋が上下で階段ですぐだし? そりゃ親しくなる機会はあったのかもしれない。
でもまさか同じアパートメントに暮らしているのにお付き合いしちゃうなんてびっくりだった。
まあこの二人は歳も近いし辰さんはいつも顔を腫らしている危なっかしい人だから奥さんがいたほうがいいかもしれない。
その門紗さんも、決まった相手がいればふらふらと遊び歩くことも無くなって健全だろう。そうかなるほど、最近夜に出歩かなくなったのはそのせいだったのかと今さら気が付く、相変わらず鈍い私である。
こうして観客も揃ったところでお披露目会が始まった。今回はトラちゃんさんも観客として座ることができていてうれしそうだ。しかも全部で六十六枚の大作ときたら見逃せない。
だがその前にあの穴あき板の後ろに設置してある巨大な装置が気になって仕方ない。おそらくはそれが六十六枚を繋げるためのものなのだろう。
「まったくもうようちゃんたらこんな大きなものを設置しちゃって。これじゃ普通の部屋としては使えないわね。アータは名前のない空き部屋があるからそっちに住んでもらうわ」
「それは助かりますぅ…… 僕もこの大きさになってしまったときは、正直どうしようかと頭を悩ませましたからぁ…… でも高松さんのご協力のおかげで満足いくものが出来上がったと自負しておりますぅ……」
「それじゃ始めてもらいましょうか。能書きや仕組みは後でいいからまず見てみたいじゃない?」
「トラちゃんってばホントせっかちなんだからあ。ワタシたちはゆっくりでもいいわよお。今日は試合も何もないもんね。だから夕方からのんびり体を癒してもらう予定なのよ」
「はいはい、もうすっかりいい奥さんって感じね。キー、うらやましくなんてないんだから!」
そうか、トラちゃんさんも年頃の? 女性としては? 恋人がほしいのかも? でも結構どころかかなり難しいのではないだろうか。この界隈では知らない人がいないくらいの有力者だし、それでいて筋骨隆々のたくましさだ。
普通の男性ではとても釣り合わない。そもそも釣り合うとか言う前のスタート段階で並大抵の相手では務まらないに違いない。なんといっても肉体的には男性なのだから……
では私はと言えば、こんな風にたまにみんなでワイワイと集まってその場が楽しめれば今は十分だ。恋人とか結婚とか考えることが煩わしいとは言わないが、自分ではまだ先の話だと考えている。
だからこそ教育庁の話を蹴って逃げ出してきたわけだし。おかげでこんな風に知らない楽しさにめぐり合うこともできている。もちろん両親やトラちゃんさんたちのおかげでもあるし、運が良かったということもあるだろう。
そんなことを考えていたら自然と笑みがこぼれていたらしく、隣に座っている弘ちゃんと珠代さんが怪訝そうにこちらを覗き込んでいた。
「あっ、いえいえ、なんでもないです。ほんの少しだけ見せてもらったんですが、すごいんですから! 今日は全部通しだからすっごく楽しみにしてたんですよ!」
「小櫻ちゃんがそこまで期待するんだからきっとすごいことなんだね。アタイには今から始まることがなにか想像もつかないけどさ、楽しそうに待っている人がいるってだけで幸せな気持ちになれるよ」
「珠代さんって本当に善人でステキです。私もそんな大人になれるよう頑張らなくっちゃ。ねえわかってる? 弘ちゃんも見習わなくちゃだめだからね?」
「なんでオイラが小櫻にそんなこと命令されなきゃいけねんだよ。大体そんなこと言われなくたって師匠が厳しい人だからダイジョブだっての」
雑談が続く中、最後の住人である高松樹さんがやってきた。昨日遅くまで手伝っていたから寝坊したらしい。
「あちゃー、ボクが一番最後でしたか…… 遅れてもうしわけない。さっそく始めましょう。小沼さんに準備全部させてしまいましたね、すいませんでした」
「いえいえ、これは本当なら僕一人でやらなきゃいけないことですぅ…… なのにお手伝いいただいたのですからね。感謝しておりますよぉ……」
きっと一人ではこんな大がかりな仕組みは作れなかっただろう。やっぱり高松さんが木材の扱いに長けているというのは本当だったのだ。
「それでは始めましょうかぁ…… 皆さんよろしいですねぇ?」
小沼さんの確認に皆がうなずくと、いよいよお披露目が始まるのだった。




