20.前触れは唐突に
トラちゃんさんが企んだ、いや、計画した宴会は結局来週までずれ込むこととなった。それなりに人数がいると予定をあわせるのも大変ということだ。
そうは言っても私はあくまで補助的な手伝い程度の役立たず、時間の都合はいつでもつけられる。そもそもなんで畑仕事を手伝っているのかすら明確な理由はない。
そして雇用主のトラちゃんさんも自由時間があるのは同じこと。畑仕事が終わったら佐倉荘へ帰ってくるだけで、その後は自由時間である。
一番時間がないのはやっぱり土井さんで、ほぼ毎日殴られに行くか審判の仕事をしていて帰りも遅い。それどころか夕方から出かけていって朝返ってくることもざらだ。
次に忙しいのは弘ちゃんで、泊まり込みが多いから顔を合わせることも少ない。どうやら焼き物と言うのはよほど楽しいらしい。私にはさっぱりわからないけど。
逆に私の次に時間を持て余しているのが門紗さんだった。今までは用もないのに農場へ顔を出したり、珠代さんにくっついて行ってせっけん工場から叩き出されたりしていたのだが、最近は部屋にいることが多くなっていた。
「あれ? 門紗さんまた部屋にいたんですか? そっか、心を入れ替えてマジメになると決めたってことですね? 私もそのほうがいいと思います」
「もう、小櫻ったら人聞きの悪いこと言わないでよ。これからはマジメになんて言うと今までが不真面目だったみたいじゃない? ワタシはマジメに恋愛していただけなのにねえ」
「マジメに…… 恋愛、ですか…… 周りはそう思ってなかったと思いますけど、本人が言うんだからきっとそうなのかな。被害者がどう思ってるかわかりませんけど」
「なあに? たとえばどういう目にあわされたら被害者になるわけ? 小櫻? ちょっとお姉さんに詳しく説明してみなさい?」
「えっ、あっ、あの…… 私にはわかりません…… ほかの人が言ってた受け売りなので。ああっと、私そろそろ出かけないとだ。それじゃまたあとでー」
「こらー! 言うだけ言って逃げるんじゃないわよ! こざくらあああ!」
背後で門紗さんが叫ぶ声が聞こえているが、ここで立ち止まったら捕まって何を言わされるかわからない。まったく余計なことを言ってしまった。
このくらいの軽口が言えるくらいには佐倉荘の面々となじんでいるのだが、そのせいで私までおかしい部類になってきているような気もしている。
特に性のことに関しては今までの常識をひっくり返されてしまい、戸惑いつつも知識と意識の更新がされてしまった気がする。学校へ行っていたらこうはならなかっただろう。
小学生で初潮を迎える女子が増えてきたころにはじまる性教育では、男女の身体についての違いや構造、機能についてみっちりと教えられた。
そのこと自体は嘘ではないはずだし疑問を持ったこともない。ただどうしても恥ずかしさはあって、それは子供をつくる行為はお互いが裸になると習ったからだ。
実地見学で動物たちの交尾を見に行ったこともあるから、具体的な方法も知識としては漠然と理解しているつもりではある。
そんな彼らは確かに裸と言えばそうだけど、そのほとんどは毛皮を着ているじゃないか。なんで人間は服を脱がなければならないのかわからないし、そのことを説明してくれた教師はいなかった。
まあ人前で裸になることの恥ずかしさを思い浮かべながら質問なんてとてもできないのだから、教師が気を利かせて教えてくれるはずもない。
それを教えてくれたのが門紗さんだったのだが、その内容ときたらもうその場から逃げだしたくなるくらい恥ずかしくなった。
それは裸を見られるとか服を脱ぐとかそういう恥ずかしさを持っていたのがなんだったのかと思うようなものだ。まさかお互い裸で相手に触れあうだなんて思ってもいなかったし、そうすると――
「いやいやいや、私ったらいったい何を思い浮かべてるわけ!? 頭おかしくなったんじゃないの!? バカバカバカバカバカあああああ!」
勝手に変なことを想像しながら勝手に顔を真っ赤にし、体をほてらせてしまっている自分がとてもヨロシクナイ人間に思えてくる。
『小櫻? 誰に向かってバカバカと言っていルノ? まさかマトロンのことじゃないヨネ? もしそうなら悲しくて泣いちゃうヨ?』
「そう言う冗談は言わなくていいから…… 知ってるんだから、血圧とか心拍数とか測ってるから感情の推察くらい簡単だってこと。そんで何が言いたいわけ?」
『向こうから小櫻に近づいてくる者がいるヨ。もちろん知らない人ダヨ? 視線を合わせないようにしながらこちらの動向を確認していると思われるヨ。敵意があるのかどうかはこの距離ではわからないヨ?』
「人なんて歩いてないじゃないの。まさかアノ豆粒みたいなの? あそこまで相当の距離でしょ。私に用があるかなんてわからなくない?」
『間違いないヨ? あの男性が小櫻の写真を見てこちらに視線を向けたのは監視カメラ映像から確認済みダヨ。丁度いいところに飛んでてくれて良かったヨ』
「ちょっとアンタさあ。前からおかしいと思ってたんだけど、それって政府のカメラを自分の目のように使えるってことでしょ?」
『違う違う違うヨ? 政府のカメラじゃなくてネットワークに繋がっているカメラは全部ダヨ。ネットワークと言うのは――』
「もう覚えたってば。他と繋がってる機械ってことでしょ。スマートロンとか監視ボットとか。あと他にもあるの?」
『警察のポリボットとか教師のマナボットもネットワークに繋がっているヨ。むしろ繋がっていないほうが珍しいヨ?』
「えー!? 教師のカメラも目にできちゃうんだ! じゃあ私の元のクラス覗いて友達がが寂しがってるかもわかっちゃう?」
『それくらい簡単ダヨ? でも戻る気がないなら知らないほうがいいかもしれないヨ? さみしくなっちゃうヨ?』
「そうかなあ。多分だけどいなくなってせいせいしたとか言われてそうな気がするんだよね。私ってほら、クラスでは浮いた存在だったしね」
『なーんだ、わかってるなら良かったヨ。たまに友達がどうしているかとか、だれだれはこういう時こう言うんだとか話してくれるデショ? だからどんな人間なのか覗いたことがあるんダヨ』
「うええ、マトロンって趣味悪いね。それで私の悪口言ってたのが聞こえたってことね…… 予想はしてたけど友達なんてそんなものなのかも」
『そこでわからないことがあるヨ。小櫻はそんな相手でも友達ナノ? データベースによると友達と言うのは心を許せる間柄、ということになっているヨ? でもそうではなさそうに見えるヨ』
「そんなの機械のマトロンにはわからなくていいの! 私だって良くわからないんだもん。他に適した呼び方があるわけ?」
『他人とかクラスの人とか敵とかいろいろあるヨ? どれがいいと思うのか教えてくれたらそう呼ぶヨ?』
「どれでもないってばっ! 本人にそんなこと言えるはずないでしょ? だから無難に友達って呼ぶんだわ。それが一番当たり障りないってやつね」
『なるほど? 人間って難しいネ』
「感情があるから仕方ないの。そっか、そう言えば門紗さんが言ってたのってこういうことなのかな。感情が優先されちゃうと政府は困るんだって」
『マトロンには難しくてワカラナイヨ』
なんだかうまく逃げられた気がした。だがそれよりもさっきマトロンが教えてくれた相手がぐっと近づいており、なんだか『また』変なことがおきそうな気がするのだった。




