19.理解不能な絵たち
おやつが済んで再び『水曜』へ向かった私が部屋へ入ると、すでにトラちゃんさんはやってきていた。だがなにか様子がおかしい。
「どうしたんですか? 難しい顔しちゃって。なにかおかしなことでもあったとか? まさか一枚以外はなにも描いてなかったなんてことありませんよね?」
「うーん、当たらずとも遠からずってところかしら」
なんだかさっき聞いたばかりのようなセリフだが、床を見つめているトラちゃんさんの視線の先を見て私も一緒に首をかしげることになる。
「これ…… まったく同じじゃないですか。まあある意味凄い気もしますけどね。自分の手で描くだけでもすごいのに、まったく同じ絵が描けるなんてすごい才能!」
「そう見えるわよねえ? いったいどんな意味があるのかしら。とりあえず全部はがして並べてみましょ。ここから数字の順に置いてちょうだいね」
反対の壁を指さしたのをみて大きくうなずくと、壁に貼ってある板に手をかけた。するとどうやら貼り付けてあるんじゃなくて掛けてあるのだった。
それは板の上に穴が二つ開いていて、その上に乗せる板には突起がついている。積み上げることで壁のようになるという作りだった。
さらには、それぞれ横の板ともきっちりくっついていて簡単に倒れたりはしないようになっている。うまいこと作るものだなあと思わず感心してしまうが、あの水上さんがこんな細かいこと出来るとは意外だった。
「これはきっとヒロちゃんの仕事ね。あの子ってここに来る前は北関東自治区で大工さんやってたらしいわ。見習いだって言ってたけど、木材をそれなりには扱えるんじゃないかしら」
「へえ、結構みんないろんなことしてたんですね。てっきり鉄くず集めをしながら放浪してるのかと思ってました。ここに来てからまだ三年くらいって言ってたし」
私は『木曜』の住人である高松樹の錆だらけの手を思い浮かべていた。あれを見て木材を扱うところはとても想像できない。農場の柵を治すときも手伝ってくれなかったのに。
それはさておき、一枚一枚はがして行って数字の順に並べていった。その間と言うもの、私もトラちゃんさんもため息ばかり出てしまう。
結局並べ終わっても二人の困惑は変わらずどうしたものかと顔を見合わせる。目の前には同じ絵の描いてある板が合計六十六枚あるだけだ。
「多少の違いはあるけどやっぱり同じ絵みたいですねえ。これにどんな意味が隠されてるのか、なんてことあるんでしょうか」
「さあねえ? アタシにはさっぱりわからないけどわかる人にはわかるのかもしれないわよ?」
「それって本人だけなんじゃ……」
「あははは、そうかもね。まあいいわ。とりあえずこれはこのままにして、明日以降に暇を見て壁に貼っていきましょ。しばらくは貸さないでこの絵を眺めながらご飯でも食べようかしらね」
「あー、ずるだ。私も一緒にいいですか?」
「管理人だもの、ちいともズルくないわよ。でも一人より二人のほうが楽しいかもしれないし、もちろん歓迎しちゃう。なんならみんなで宴会でもしようかしらね」
「いいですね! お祭りみたいで楽しみです。でもまさか今日じゃないですよね?」
「さすがに準備とかほかの子の予定確認とかあるからね。決まったら全員へ連絡するわ。あーたのしみ。とっておきの出しちゃおうかしら!」
「あ…… いけないんだあ…… 本当にお酒なんて飲んで平気なんですか? 中身が毒だったらどうする気です?」
「ちゃんと信頼できる筋から仕入れてるから平気よお。現にたっちゃんだって元気に殴られ続けてるじゃないの」
「元気にって…… まあ確かにお酒ばかり飲んでる割りには元気ですけどね? 土井さんだって別に殴られたいわけじゃないと思いますよ?」
「まあそうかもね。でも殴られたとしてもお酒が飲みたいくらいのダメ男だもの。まったくもって救えないわ」
「自分だって飲んでるくせに……」
「なにか言ったかしら?」
「いいえ、なんにもー、なんにも言ってませんよ? それじゃ今日はお部屋でのんびりしますね。明日もお休みでいいんですよね?」
「ええ、お仕事はちゃんと元気になってたら明後日また頼むわ。そうそう、あんまり大騒ぎで忘れるとこだったけど、昨日までの雨でタンクがいっぱいになったから今日はお湯のお風呂入っていいわよ」
「ホントに!? やったー それが今日一番うれしいですよ。ありがとうございます!」
「次はまた雨の後になると思うからその時教えるわね。それじゃごゆっくりー」
私はもう羽が生えたような気分で廊下を飛び跳ねながら部屋へと急ぐ。そしてまた部屋に入った瞬間、マトロンの存在を思い出した。
「ちょっとねえ聞いてよ。せっかく残ってた水上さんの絵がね、驚くなかれ! 全部同じのだったんだよ? 全部で六十六枚も同じ絵を描いたこと自体も驚きだけどさ」
『禁制品の話ダネ? もちろん報告なんてしないヨ? 同じものを大量に作るのは人間には難しいとされているヨネ? それだけ熱意があったのカモ?』
「熱意は認めるけど全部落書きみたいなやつだもん。色はきれいなんだけど縞模様みたいなのが板一面に描かれてるだけなのよ? それが海だっていうんだから」
『こんなものは海の絵ではないト? 小櫻は海を見たことがあるのカナ?』
「もちろんないわよ。でもさすがに違うでしょ。年輪みたいなのもあるからどっちかと言えば枯れ木みたい。でもそこの桜の幹のほうがよっぽどきれいだよ?」
『もしかしてそれは海の波を表しているのカモ? 本物の海を見せることはできないケド? どういうものか画面に出すことはできるヨ?』
「そんなこと出来るの!? マトロンってもしかして有能?」
『まあネ? では画面に表示するヨ? それとも壁に投影してミル?』
「投影は勉強してる気分になるから今はいいや。どんなのか見てからでも遅くないでしょ? ちょっと見せてみてよ」
『本物とはだいぶ違う簡易的なものダヨ? でも海がどういうものなのかは知れると思うヨ?』
そう言うと、マトロンがしゃべるたびに画面でパチパチなってた花のような模様がプツリと消えた。そして黒い画面に例の縞模様のような線がいくつも描かれていく。
さらにその線が風に揺れる作物のように上下に揺れ動き、時には山のようにとがって伸びていってはまた平らになるといった動きを繰り返していた。
「これが海なの? これ見せられると確かに水上さんの絵は海かもしれないと思わなくもないかなあ。でも動いてるから信じそうになるだけで、本物はこれと全然違うんでしょ?」
『動きは本物の海をトレースしているから本物ダヨ? でも実際は青や緑や灰色に茶色とさまざまダヨ? 動くのは風の影響や引力の関係でおきるヨ?』
「難しい仕組みはよくわからないし、マトロンが何言ってるのかもわかんない。でも水がいっぱいあるってだけじゃなくて動くものってことなのね? だから縞々模様を描くのは正しいってことなわけ?」
『絵画に正誤はないヨ? 描く人それぞれの感性で生み出されるものだカラネ? 小櫻もなにか描いてみタイ?』
「私はそんな禁制品に手を出したりしませんよーだ。そうやって人を犯罪者に仕立てて何か企んでるんでしょ! いーえ、否定してもわかるんだからムダ!」
『なにも言ってないノニ? 小櫻は疑い深いネ?』
マトロンは機械のくせに自分のほうが賢いと思ってるんだ。だから私を見下して騙そうとしているんじゃないか。犯罪をしたら即通報されるのかもしれないから油断はできない。
そんなことを考えると、今後はあまり軽はずみに会話するのはやめておこうと考えを改めるのだった。




