18.隠されていたもの
平穏はほんのわずかでくつがえされた。私がまだプリンを一口しか食べていないのにまたもやスマートロンが呼んでいる。
とはいえさすがにトラちゃんさんからの着信を無視するわけにはいかない。ついさっきまで一緒にいたのにわざわざ呼び出すくらいだから急用なんだろう。
「どうし――」
『小櫻ちゃん!? すぐに水曜まで来てちょうだい!』『プツリ』
これでは何のことやらさっぱりわからない。しかしすぐに来いと言うことだけはわかった。慌ててはいるが危機感がある風ではなかった。おそらくは水上さんが何かを残していて加奈さんはそれを見落としたということに違いない。
これはプリンを食べている場合じゃない。あわててパジャマの上にカーディガンを羽織った私は部屋スリッパのままでパタパタと廊下を走っていった。
部屋の前にはトラちゃんさんが今か今かと待っており、貧乏ゆすりまでしている始末。なにをそんなに慌てているのかわからないが、きっとすごいことなんだろう。
「ちょっと小櫻ちゃん! アンタ本当になにも聞いてなかったの!?」
「なにか残ってたんですか? 水上さんも警察の人も何もないって言ってましたけどねえ。残してたなら言ってくれたらよかったのに」
「まあいいから中に入ってちょうだいな。見たらきっとビックリするわよ? それとも感動するかしらねえ」
「なんだかずいぶんもったいつけますね。楽しみです!」
促されるままに『水曜』へ入って行く私とトラちゃんさん。どうやら変なことではないようなので足取りは軽くウキウキ気分だ。
こうして部屋の中へ入った私はそりゃもう驚いた。見事なくらいに何もないのだ。
「あの……? なにもありませんけど? 完全にきれいさっぱりじゃないですか。それこそ壁しかないというか―― ん? この部屋って私の部屋と造りが違うんですね。壁まで板張りだなんてなんかずるいなー」
「そりゃ知らないで見たらそう思うわよねえ。でもね? 部屋の作りは月曜から日曜まで全部同じなのよ?」
「いやいやいや、全然違うじゃないですか。見たまんま壁が―― ちょっと待ってください!? そう言えば水上さんが言ってました。『壁しか残ってない』って!」
「そう! 壁が残ってたわけなのよ! これはきっとリュウちゃんが残して行った置き土産だって、アタシすぐにピンときちゃった。それで一枚はがしてみたのがコレ」
そう言ってトラちゃんさんは、外して壁に立てかけてあった板を持ち上げて私へ向かってクルリと回した。するとそこには――
「これって!? アトリエで見た青い模様じゃないですか! そっか、こっちに残してあったか移動したか、とにかくばれないようにして置き土産にしたんですね」
「アータ、これを模様だなんて言うのはちょっと美的センスに欠けるわね。まあアタシも初めて見たときは猫のひっかき傷かななんて思ったんだけど」
「でもなんかうねうねした線と渦巻くらいしかなくて、完全にタダの模様じゃないですか。これが人の顔だとか言ったら怒りますよ?」
「もちろん違うに決まってるじゃないの。でもこれはリュウちゃんいわく海なんだそうよ? もちろんアタシも本物を見たことないから、この絵が上手なのか落書きなのかはわからないけどね」
人に美的センスがないという割りにトラちゃんさんも良くわかってないらしい。つまり二人して美的センスは無いってことになる。
「でもこの色は素敵よねえ。リュウちゃんが畑で育てていた草をつぶして絞ったモノになにか加えると青くなるらしいわ。そこまで聞いておけばひと儲けできたかもしれないのにもったいない」
「そんなの全く知らなかったんですからムリですよ。そっか、この青って植物から出る色なんですね。自分で考えて作ったならすごいことですよね」
「そうよね、市場に出回っている衣類は白か生成りか灰色くらいな物。それを青く染められたとしたらものすごい価値になるわよ? 買って着る人がいれば、ね」
「ちょっと度胸がいりますねえ。少なくとも私には無理です……」
そりゃそうだ。人間居住区だろうがF地域だろうが、どこを歩いていてもこんな派手な色のついた衣類なんて見かけることはまず無い。加奈さんが着ていた黒い線が入ったのだって初めて見たくらいだ。
結局は美的かどうかよりもお金になるかどうかのほうが価値がある。それはトラちゃんさんだけじゃなく私も同意見だった。
なんといってもF地域内では物々交換が主でも、居住区のマーケットからこっそりと持ち込まれるものを買うならお金が必要だからである。
「この絵が売れたらいいんだけど、こんな禁制品買っても飾ることすらできないしねえ。そんな危険な道楽にお金払えるようなお金持ちは政府に近いだろうから余計難しいに決まってるわ」
「なるほど、そういうもんなんですね。じゃああっても仕方ないじゃないですか。いっそのこと全部裏返しにしてこの部屋へ飾っておきますか? なんかここに数字が入ってるから順番に並べるようできてるのかも」
「どれどれ? ホントねえ。とりあえず全部はがしてみましょうか。手伝ってもらえるわよね?」
「はい、もちろんです! でもその前にプリン食べてきちゃっていいですか? まだ一口しか食べてないんですよー」
「あらあら、それは悪かったわね。アタシも一息入れてくるからまたあとでね。部屋のカギは開けておくわ」
「はーい」
私は元気よく飛び出してウキウキ気分で部屋へと戻る。しかし自室のドアを開けた瞬間、帰りを待ち構えているヤツがいることを思い出してしまった。
『心拍数上昇傾向、平常心を保ってくだサイ? 脳波異常ナシ? α波増大中? なにかいいことありましたネ?』
「うるさいなあ、アンタには関係ないでしょ! 政府と繋がってるのはわかってるんだからね? そんななんでもかんでも話はしないんだから!」
『デモ絵画は禁制品ですヨ?』
「聞こえてるんじゃないのさ! なんなのまったく…… 隠し事なんてなにもできないとでも言いたいわけ?」
『イイエ? ワタチに決められているのは佐倉小櫻個人からのデータ取得デス? その上でできるだけ健康状態を維持するコトト? 危険からの回避がプログラムされていマス?』
「なんか難しくてよくわかんないけどようは監視してるってことじゃないの。それともそのデータ取得ってやつ? だけ果たせるのなら私がなにしようが関知しないってこと? それよりもアンタ今自分のことアタチって言ったでしょ! なにそのかわいい言い方!」
『言ってまセン? ワ、ワ、ワタスにはそう言った機能はプログラムされておりまセン?』
「言った! 今度はワタスって言った! カーワーイーイー! もしかして自分のことを示す言葉を知らないとか? ぷろぐらむって言うのはそう言うこと? 自分がどう名乗るのかどうか政府から命令されてないんでしょ!」
『ハイ、その通りデス。ですから佐倉小櫻の言い方から学習中デス』
「なるほどねえ、つまりある程度決まったことしかできないってことだ。まあ機械だしそんなもんなのかな。それより一一人のこと佐倉小櫻って呼ぶのやめない? 私もアンタって呼ぶのやめるからさ」
『それではなんと呼べばよろしいでスカ?』
「私のことは小櫻でいいわよ。それでアンタの名前は―― そうねえ、スマートロンだからマトロンにしよっ! 話し方ももっと友達みたいにしてよ。そうしたらあんまり警戒しないで済むかもしれないしさ」
『小櫻は安直、ダネ? マトロンのほうが賢いカモ?』
私はゆっくりとプリンを食べきってからゆっくりと立ち上がり、また枕でマトロンをひっぱたくのだった。




