17.うるさいルームメイト
私も連れて行かれるのではないかと考えていたトラちゃんさんが、心配顔で駆けつけてくれたこともあり、思わずその太い腕の中に飛び込んでしまった私だ。
でも冷静に考えると別に怖かったのは最初だけだし、水上さんが去ったことも悲しくないどころか逆に腹立たしいくらい。もちろん涙を流すような状況でもない。
「小櫻ちゃんが無事に帰ってきて良かったあ。もう心配で心配で仕方なくて、それなのにバスには近寄らせてもらえないし、どうしようかと思ってたんだから」
「ご心配おかけしました。でも何かされたわけでもなくて、よくわからない基準で私に説明すると言われただけでした」
そう言っては見たものの、トラちゃんさんたちへ説明できることなんてたかが知れている。どこまで話していいのかどころかほとんどなにも言えないのと同じだ。
それでも言える範囲で説明するしかなく、私は水上さんが政府の要請で元の仕事へ戻ったことを伝えた。
「なるほどねえ、リュウちゃんはSランク、つまり小櫻ちゃんと同じで将来有望とされていたらしいから無理もないわ。それにしても随分と強引と言うかひどいことするもんだわねえ」
「私も思いました! なにも全部なしにするなんてひどすぎますよねえ。すでに佐倉荘の部屋もきれいさっぱりになってるみたいです」
「ホントに!? 人のいない間に何してくれちゃってんのかしら。そりゃ政府嫌いが増えちゃうってもんよ。他に何か言ってた?」
「うーん、これと言っては。よろしく言っておいてくらいです。水上さんも冷たいんだから頭来ちゃう! 残ってる荷物くらいあげたかったけどもう壁しか残ってないだろうなとか言っちゃって、まるで他人事でしたからね!」
「壁まで持って行かれたら困るどころじゃなかったわね。残ってることを祈りながら帰りましょっか。今日はもう仕事する気にもなれないから休むって連絡しちゃってるしね」
「そうですね、私疲れました…… ひと眠りしたい気分です」
「でも随分話が長かったのねえ。もうすぐお昼だから三時間くらい話し込んでたじゃないの。もしかして小櫻ちゃんも誘われたとかあったんじゃない? そうよ、だからアータを選んだんだわ!」
なんと鋭いのか。といっても微妙に違ってはいるのだが、私が伝達役に選ばれたのは偶然ではない。かといって優秀だからとかそんなわけでもないのだが……
どう答えていいのか考えながら私は無意識にスマートロンへと手をやった。
「そう言えばバスの中から連絡してくれればよかったのに。できなかったってことはずっと監視されてたわけ? さっきの警察の関係者に?」
「そうなんですよ。監視と言うかずっとおしゃべりしてたのと、その前に私気を失ってたみたいだから目が覚めるまで時間がかかってたのかも」
いつこの自立なんとかと言うスマートロンがしゃべりだすのかとドキドキが止まらない。しかし幸いにも分別はつくようで、勝手にしゃべりだすことは無いようだ。
早く部屋へ戻ってじっくり観察してみたい。でもまずはおやつを食べてひと眠りしよう。初めて聞いたことや考えることが多すぎて頭が疲れ果てている。
いつもより長い道のりに感じた帰路だったが、ようやく佐倉荘へ帰り着いた。水上さんのいた『水曜』の様子を見に行くと言うトラちゃんさんと玄関ホールで別れ、私は恋するわが部屋へと飛び込んだ。
全く汚れなかった作業着を脱ぎ散らかすように放り投げ、下着だけになった私はふと手元が気になり画面を凝視する。どう見ても今まで通りの画面で、今は時計や日付が表示されているだけである。
「まさかアンタ、こっそり見てるんじゃないでしょうね?」
つぶやくように話しかけると、私の呼びかけに反応したのだろう、バスの中で見た音に連動してピコピコ動く画面へと切り替わった。やっぱり気のせいでも夢でもないということか。
『見えていませんヨ? 下着姿になっても問題ありませんヨ?』
「ちょっと!? やっぱり見えてるんじゃないの? 正直に言いなさい! 見えてないのに何で私が下着姿になったのがわかるわけ? おかしいじゃないのよ!」
『音と体温の変化、それと心拍数の高鳴りで判断しまシタ? 体表面温度がやや低下中デス? 早く着替えてくだサイ?』
「わかってるわよ! ねえ、まさかお風呂入るときもつけてないとダメなの? もちろん外していいよね?」
『どちらでも構いまセン? センシング範囲は半径10メートルほどありマス? 在宅時は部屋の中にあれば十分デス?』
「そっか、じゃあ外しておいていいってことね。それにしても機械がしゃべるってこういうもんなのかな。なんか人間味に欠けるわよねえ」
『それは質問でスカ? これは音声合成で発してマス? ですので人間の肉声とは明らかに異なるようにあえて不自然にしているのデス?』
「じゃあ人間ぽくも話せるわけ? いや、しなくていいけど興味本位での確認って意味でね」
『もちろん可能デス? 以前はいかに人間らしく会話できるかが重視されていまシタ? ですが依存してしまう人間が増えたため改められたのデス? そのような事情からも一般的に広く用いられておりまセン?』
「依存って…… たかが機械になにを依存するの? ちょっとまって、まさか門紗さんみたいにおかしなこと言いださないでしょうね。そう言うのは勘弁だから」
『アタラズトモトオカラズ?』
私は大きく首をうなだれてベッドへ倒れ込んだ。まさか人間が機械に恋するとでも言うのか? 政府の決めごととして誰かを好きになるなんて自由は認められていない。
でも確かに機械に恋しちゃダメなんて決まりはなかったように思う。そんな抜け穴と言うか盲点を突くような人が本当にいるんだろうか。
そうは言っても加奈さんいわく、研究職? って人たちくらいしか使っていないと言っていたから私みたいな一般人には本来無関係の話だ。もちろん私は大丈夫に決まってる、多分……
『体温上昇中、着替え終わりましたカ? おやつは何にしまスカ?』
「まだ着替えてないわよ! バカー!」
スマートロンをベッドへ叩きつけて枕をかぶせた私は、いそいそとパジャマへ着替える。見えてナイと言われても疑わしいし、かといって気にしたからと言ってなにか抵抗できるわけでもない。
くれぐれもちゃんと身につけておくようにと事前に言われてしまっているし、ずっと反応がなく途切れたら確認に来ると加奈さんに脅されているのだ。
これで気疲れしないほうがどうかしている。やはりこういう時には甘いものを食べるしかない。太るとかアレコレ考えている場合か!
「プリンね、プリン。特大大盛りで」
『プリンに大盛りはありまセン? 個数を増やせばよろしいでスカ?』
「なんでもいいから早くして! アンタたちのせいで頭に栄養が足りてないの!」
『空腹度50%、栄養状態問題ナシ。プリンは二個までで夕飯を減らしてくだサイ』
先が思いやられると大きなため息をついた私は、さすがにもうこらえきれなくなってこのうるさい機械を枕でバンバンとひっぱたくのだった。




