第十二話 Knock! knock!
生徒会室には一人しか居なかった。真堂鞘夏。賀茂家の使用人であり、生徒会書紀。
冷暖房完備の翼志館では冬の寒さを気にすることはない。ただ、湿度を調節する設備まで導入していない。しかし、生徒会室には、去年の学校予算で、竹中が絹張のために密かに購入した加湿器があり、それを使っていた。
スチーム式加湿器がポコポコと音を鳴らす中、鞘夏は学戦後、呪術統括部に提出すべき資料に記載事項を書いていた。座る姿は姿勢正しい。黒の長い髪を左に流し、横から見える姿が高校生とは思えないほど凛としており、美しい。今の彼女を見れば、見惚れてしまう者はいるだろう。
鞘夏はふとペンを止める。その表情は物憂げな少女へと変わっていた。
鞘夏が考えていたのは賀茂家の使用人としての在り方だった。学戦リーグや生徒会長選、その前後の学戦の忙しさで、それを落ち着いて考える時間がなかった。由美子から生徒会の役職を頂いたことは嬉しいことではあるが、賀茂家の使用人としての仕事が疎かになっていないかと心配する。もし、忠陽や鏡華に迷惑を掛けるようなら、やはり辞めたい。自分にとって優先すべきは忠陽や鏡華に対して尽くすこと。それしか自分にできることはない。
生徒会室の扉をノックする音がした。鞘夏は立ち上がると、扉が開き、忠陽が入ってきた。
鞘夏はその姿を見て、心が弾む。
「は、は、陽……くん……」
鞘夏は人目を気にして、忠陽の名前を呼ぶ声が尻窄みする。
忠陽はそんな鞘夏に笑みを浮かべる。
「ゆみさんなら、今出かけています」
「いや……鞘夏の手伝いをしようかな……って……」
忠陽は鞘夏を真っ直ぐ見れずにいた。でも、鞘夏にとってその言葉が嬉しかった。
「大丈夫。あと少しで終わるから……」
鞘夏は早く終わらせようと、椅子に座り、ペンを持つ。その頬は綻んでいた。
忠陽は黙って、その場に立っており、それに気づいた鞘夏は尋ねる。
「どうかしたの?」
「いや、その……。隣に座っていいかな?」
鞘夏は目を見開き、顔を紅潮させ、頷く。
忠陽は少しぎこちない動きで、鞘夏の隣に座る。そんな忠陽を見て、鞘夏は笑う。
忠陽は気恥ずかしそうに斜め上を見ていた。
鞘夏は二人でいるこの空間が、居心地が良く、時間が止まってほしいとさえ思う。
忠陽には、鞘夏が書類に書く音や息遣い、衣擦れ音しか聞こえず、スチーム式加湿器のポコポコは耳に入って来なかった。
「あ、あのさ……」
忠陽が口を開く。
「明日、一緒に買い物に行かない?」
鞘夏はペンを止め、忠陽を見る。忠陽は鞘夏を見ず、天井を見上げていた。
「ほら、鏡華が生誕祭パーティーやりたいとか言ってたでしょ? やっぱり僕もやりたいなって思って……」
「うん、分かった。鏡華様も一緒に――」
忠陽は急に鞘夏を見る。
「鏡華はいいよ! 鞘夏と二人で行って、鏡華を驚かせよう!」
その力強い言葉に鞘夏は唖然としていた。
「ダメ……かな?」
忠陽は真剣な顔で鞘夏に迫る。鞘夏は断ることが怖くなり、頷いた。
「よかったぁー」
忠陽は緊張の糸が解けたのか、深い息を吐きつつ、体の筋肉を弛緩する。
「どうか、したの?」
鞘夏は心配なり忠陽の顔色を伺うように近づく。
忠陽が振り返ると二人の顔の距離は数センチであり、あと少しすれば唇が触れそうになっていた。
鞘夏は夏のことを思い出し、動きが止まる。それは忠陽もだった。互いに呼吸が分かるくらい近い。
忠陽が数ミリ顔を動かすと、鞘夏は目を瞑る。
それを見た忠陽は自らの唇を鞘夏の唇に重ねようとしたとき、扉を勢い良く開ける音がした。
二人はとっさに互いに違う方向へと振り向いた。
「だから、言ってるでしょ!? 私が決めるの!!」
由美子が威勢よく部屋へと入ってきた。その後に続くように法西がのっそりと入ってきた。
「賀茂くん?」
由美子は立ち止まり、忠陽を見る。忠陽は振り返り、苦笑いしながら挨拶をする。由美子は鞘夏を見て、鞘夏の耳が赤いことに気づき、忠陽を蔑む目で見た。
「厭らしい!」
忠陽はガックシと頭を垂れる。
由美子は怒りを撒き散らし、生徒会長の椅子に座る。法西はいつもの応接用のソファーに座る。
「鞘夏、お茶!」
鞘夏はすぐに動き、お茶を入れだす。
「賀茂、お前はどんな二つ名がいいんだ?」
「えっ? どういうことですか?」
「助平で良いんじゃない?」
由美子は鼻を鳴らしながら言う。
忠陽は苦笑いするだけで、何も言い返さなかった。
「いや、なに。今回、姫様が負けたことを大々的に公表しただろ?」
「ああ。姫神の大敗でしたっけ?」
「どうも、姫様は姫神という二つ名が気に入らないらしい」
「そうなんですか? 姫神っていい二つ名だと思うけど……」
由美子は頬杖ついた顔をピクリと動かす。
「だから、姫様は同じ思いをしてもらうためにチーム五芒星のメンバーだけ、自分が名付けるらしいぞ」
忠陽は由美子を見ると、由美子は顔を背けた。
鞘夏はその由美子に丁寧にお茶を差し出す。
「あ、ありがとう……」
「どう致しまして」
由美子は姿勢を正し、ゆっくりとお茶を飲む。
「賀茂、自分が名乗りたい名前があるなら、早めに姫様に言うんだな」
「聞いてくれますかね?」
「聞くつもりはないぃ!!」
由美子は即答していた。法西は顔で忠陽に残念だと伝えていた。
「でも、大地くんはたしか炎に魔物の魔で、炎魔ってあだ名がなかった?」
「なら、炎を猿にするわ」
忠陽は今の由美子に意見をするのはやめておこうと考えた。
「氷見さんは?」
由美子は湯呑みを置いて、楽しそうな顔をして、自分が考えた二つ名を言う。
忠陽はすぐに顔を顰める。
「なによー。アマゾネスらしい良い二つ名でしょう?」
「神宮さん、人からされて嫌なことは他の人に――」
「いいじゃない! 人の事を散々お姫様って言うんだから」
由美子はそっぽを向く。
忠陽はたまらず鞘夏を見た。鞘夏は苦笑いをして、許すように言っているようだった。
「僕らの二つ名は決まったの?」
「まだよ……」
「お前たちの二つ名はすぐに出てこないみたいだぞ。俺が変わりに名付けようとしたら、怒り出してな――」
「怒ってない!」
忠陽は何となくここまで来る二人の会話が想像できた。
「兎に角! 法西! 私が二人の二つ名を付けるの! いいわね!?」
「分かっている。氷見の件はもう噂を流していいんだな?」
「ええ。構わないわ」
由美子は不機嫌なままお茶をすする。
えーっと、題名を見て、あれって思ってる人はそれで正解だと思ってください。
私、好きなんです。だから、よく聞きます。
映画じゃあ有りません。サスペンスではありません。
もし、気になる方は第九話 デ・バイスを読み返して見えください。
あとっちょっとの自分が神様のように叱咤激励!
高評価、ブックマーク、感想もよろしくね。




