第十一話 選挙演説 その二
絹張が演壇から一歩下がると、下手から選挙管理委員が現れる。絹張が席に着くと、マイクを使い、アナウンスを始めた。
「絹張さん、演説ありがとうございます。続きまして、神宮由美子さん。お願い致します」
選挙管理委員から言われ、由美子は絹張に習うように演壇の横で校章、国旗に一礼する。演壇に上がり、再度一礼する。
その顔は澄ました顔であり、緊張が全く見られない。優雅であり、ただ演壇にあがっただけでなぜか映えていた。
「ご紹介に預かりました、この度生徒会長に立候補しました、呪術科一年一組、神宮由美子です。これでもかなり緊張をしております。精一杯頑張りますのでご清聴のほどお願い申し上げます」
由美子はまた一礼をする。誰もがそれから絹張のように原稿を出すのかと思ったが、由美子はすぐに口を開いた。
「私が生徒会に立候補した理由は、絹張先輩と同じく戦いのない学校生活を作るためです」
由美子は講堂に集まった人間を見回した。
「ですが、私は、その原因である学戦自体を在学中の二年間で終わらせます」
動揺の声が漏れ出した。他ならぬ竹中でさえ、その言葉が大きく出たと思った。
「どうやって? この度、私は呪術統括部とある約束をしました」
不敵な笑みを浮かべる由美子を見て、伏見は鼻で笑う。
「何が約束や。誓約やろうが」
「その約束とは……私が生徒会長である状態で、翼志館がこの島全体の八割を領土として占有した場合、学戦を終わらせる……です」
その内容に学生たちは声を上げる。他ならぬ絹張でさえ、その約束を呪術統括部が飲んだ事自体ありえないと思った。
「目標は大事です。いつまでに、何をする。それが明示されているか否かでは、皆様の行動も変わってくると思います。私が戦いのない学校生活をつくることが本気なことを知っていただけるように、私はまず、皆さんと共有できる目標を作りました。つまり、この二年間で、翼志館と一緒に、この島の八割を取ってしまいましょう」
軽くそれを言ってしまう由美子に周藤は笑みを浮かべる。かたや、浩平は苦い顔をする。
「まず、行うべきなのは翼志館勢力の統治方法の見直しです。今の方法は、古臭い中央集権的な考えであり、反乱が起こりやすい体制です。なので、属校の皆様に自治権をお返しします。つまり、何が言いたいかと言うと、自分の学校は自分たちで運営できるということです。今まで私達に従って、学校を運営にされていたと思われますが、その必要はありません。ですが……急に自分たちでやれと言われても、難しいでしょう。段階的に行えるように私達も考え、そして一緒に作り上げていきましょう」
由美子はニッコリと笑っていたが、忠陽には悪魔の笑みのようにも思えた。
「なぜ、自治権を認めるのか。それは、皆さんに自分たちの学校の未来を決めてほしいからです。皆さん一人一人に自分の未来を決める権利があります。私は、皆さんで、自分たちの未来を、手にしてほしいんです」
由美子は力強く言っていた。
「その権利を誰かに奪われてはいけないと私は考えています。自分たちで自分たちなりの楽しい学校生活を作る。そのために、私は皆さんに自治権をお返しします」
講堂の中ではザワザワし始めた。自体の収拾のために選挙管理委員会は呼びかけた。その間、由美子は静かに時を待っていた。
静まる時間が時間は数秒あったにせよ、由美子は平然と待っている。それを見た、絹張は由美子の豪胆さに舌を巻くばかりか、勝てないと心の中で呟く。
静まった後に由美子は口を開く。
「学戦を終わらせるためには、二年間で、翼志館がこの島の八割を占有する、です。そのために、皆さんには心苦しいですが、何度も学戦をする必要があります。この点は大人の事情もあるため、飲み込む必要がありました。私の力不足は否めないですが、今回終わらせる方法を決めたことは評価していただきたいです。……本当は、学生全員で呪術統括部に抗議をするというのがいいのでしょうが」
由美子は首を少し傾け、笑みで誤魔化した。
「戦いに勝つために人が必要です。現実的な話をすると、翼志館、単独ではこの二年で終わらせる条件を達成出来ません。翼志館勢力の方々にはこれまで通りのお力添えを頂くことを切に願います。それから、翼志館勢力以外から人を広く求めます。この二年で学戦を終わらせたいと思う方は、私の下へ来てください。それが東郷や岐湊の人であろうと私は受け入れます。もし、今の勢力を離れたいというであれば相談を受けます。もちろん、ご協力をしますよ、は、ん、ら、ん」
体育館でその言葉を聞いた魯は鼻で笑う。
「でも、これには一つの問題があります。それが学戦で出来た柵……いいえ、呪いと言っていいでしょう。皆さんにはそれぞれ、それまで受け継いだ思いというものがあるはずです。それを、はい、分かりましたと、矛を収めるのは難しいということも分かっています。それを捨て去るのは並大抵のことではありません。でも、私は皆さんにお願いします。あなた達が作る楽しい未来のために、私に力を貸して頂けませんか?」
由美子はじっと講堂中にいる人間たちを見ていた。それは圧力というものではない。ここにいる人間に何かを訴えているようだった。
由美子はゆっくりと人差し指を立て、一という数字を作り出す。
「まずは一勝! 前回、私達は惜しくも東郷に負けてしまいました。今度は私が指揮を取り、東郷に勝ちます。それを見てからでも、これからの二年間で学戦を終わらせることができるか、判断頂いても構いません。そこで負ければ私はすぐに生徒会長を辞任しましょう」
不敵な笑みを浮かべる由美子に、誰もがこの女が負けることはないと思わせた。
「私は皆さんに約束します。呪術を学んでいても、楽しい学生生活を過ごせることを。私は皆さんに約束します。この二年間で学戦を終わらせるということを。そのために、私は、皆さんの力が、必要です。どうか清き一票を頂ければと思います」
約束するというフレーズが体育館に居た朝子の耳に残る。同じ年なのにここまで言うことは自分にはできない。由美子はドンパチ戦うことが一番得意なのではない。本当に得意なのは政治なのではいかと思った。
「ご清聴、ありがとうございました」
由美子はいい終えると、一歩下がって、礼をする。
そこで二階から拍手の音が鳴り始めた。それをしていたのが、安藤だった。その行為に驚いたのは竹中だった。それに続き、戸次や高橋が拍手をするとそれが伝播的に広がり、会場中に鳴り響くようになった。竹中は拍手をすることなく、ただそれを見ていた。それに気づいた安藤は、竹中に一枚の冊子を渡す。
「それを今日中に読んでおけ。これまでと、これからの計画表だ」
「これまでと、これからの?」
「ああ、神宮のな。悪いが、亮。その計画表、結構現実性がありじゃないかと思っている。俺は神宮に俺の思いを託すことにした。お前が来る前にこれからの計画表の内容を高橋や戸次にも説明した。二人ともその計画に賛同してくれたぜ」
「護……」
拍手が鳴り止み、辺りがザワザワとし始めた。選挙管理委員は候補者演説会の閉会宣言をし始めた。
「あのお嬢様、やることがえげつない。だけどよ、これから楽しくなると思うぜ。神宮はな、岐湊や東郷に宣戦布告をしているように見えて、実は呪術統括部や教師連中に喧嘩を売ってるんだよ。お前たちが終わらせないなら、私が終わらせてやるってな」
高橋が鼻で笑い、にこやかな笑みを浮かべ、口を開く。
「そもそも、俺達がお前たちと手を組んだのは、お前なら大人相手であろうと、学生を守るために戦ってくれると思ったからだ。お前は最高のペテン師だからな」
「この島の学生は誰かに教えてもらったかは知らないが、この言葉だけは全員が知っている」
戸次が仏頂面をしながら言った。
「この島の学生を苦しめる人間は、学生たちの力で戦い、倒す」
戸次は竹中を見ながら言う。竹中はその言葉に聞き、そのことを忘れていたことを思い出す。
「そうだった。僕らは……」
「亮、悪いが三年票は神宮に入れることなった。絹張にも今日、それを伝えておく」
それを聞き、竹中は自分の思っていた筋書きではないことを悟った。それだけに天井を見上げ、深呼吸をする。
「僕は出し抜かれたのか……」
戸次は首を傾げる。高橋は俯きながら、鼻で息をした。
安藤は竹中の肩を叩く。
「ああ。お前はまんまと神宮に出し抜かれたんだよ。あいつ、お前の筋書きを全部自分の色に染め上げやがった。お前は利用されたんだよ。お前に賀茂を使わせて、自分がお前の筋書きの上にいるように見せた。お前が知らないところで学戦前にわざと馬山を焚き付けて、学戦で負ける要因を作った。お前の絹張への感情を利用して、俺達を内部分裂させ、反乱を起こしそうな法西に誘導した。俺は孤立させられ、一人でいるところに呪術統括部との交渉内容をチラつかせ、神宮なら俺達にできなかったことをやり遂げると思わせた。おかげで、俺は三年生票をあいつに入れるよう誓約してしまった。誓約した後に、ネタバラシをするあいつは悪魔のようだったぜ……」
「なんだと!」
戸次は大声をあげながら立ち上がる。
「うるせえな。少しは黙ってろよ。お前の声、響くんだよ……」
「戸次、座れ」
高橋の指摘に戸次は不満そうに腕組をする。
「いつものお前なら見抜けたはずだ。だけどよ、お前にはその余裕はなかった」
竹中は黙っていた。
「いや、まだだ。まだ、終わったわけじゃない。護、三年票を絹張くんに戻そう。それに外部票も」
安藤はそれを聞いて、笑みを浮かべながら言い放つ。
「俺は誓約したって言ったろう? 悪いが、俺はあいつの言いなりだ」
「竹中、ついでに言っておく。神宮に入れる予定の次期生徒会長候補も全員同じように書かされているはずだ。千代はそれがただの契約書と思っていたようだがな」
竹中は高橋の言葉を聞いて声を出して笑う。戸次はその横暴さに驚きを隠せなかった。
「抜け目ないね、由美子くん」
「ああ、だから生徒会は神宮のものだ。ちっとは楽になっただろう」
「ああ、僕の完敗だ。だが、護、それを告げる役目も誓約のうちかい?」
「安心しろ、それは俺の良心だ」
その時に竹中が浮かべた笑みは幼く、無邪気な笑みであり、他の生徒たちからも竹中のあんな楽しそうな笑顔を見たことがないと言われていた。
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