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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城


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第十一話 法西、君主と時を得るが、自らの望みを未だ知らず

 法西はいつも通っているビリヤード場から出て、自宅の帰路へと向かう。


 季節はもう冬になりつつあり、風は冷たく感じる。日が落ちるのも速く、外灯が自分の帰路を指し締めていた。


 裏路地に差し掛かった所で、法西は足を止める。外灯の下にいる人物を見て、目を見張った。その姿は老人でありながらも優雅と言っていい。執事服は皺一つなく、外灯の下にいるためか、その黒が際立ち、一種の造形細工のように思えた。


「夜分に遅くに申し訳ございません」


「こんばんは。あなたにこのような所で会えるとは思っておりませんでした」


「私もそう思っております。ですが、時にはそういういかないものでして」


 漆戸がゆっくりと歩く姿で、その人間の卓越した武術を使えることが法西には容易に想像できた。その背筋、足の運び、今まで見てきた敵の中で一番強いと確信でき、背中に鳥肌が立つものだった。


「法西殿、そこを動かれなさいますな」


 法西はその返事に答えられず、ただ息を飲むだけで、息を呑んだ後になんとか虚勢を張り、その場に立っているのがやっとだった。


 禁断の果実に触れたことによる代償というのはやはりあるのだと法西は思う。


 漆戸が法西を過ぎ、その後ろに立つと、空間がぐらりと揺らぐような低い声で言い放つ。


「賀茂殿、出てこられよ。姫様はそのようなこと望んではおられませんぞ」


 法西が後ろを振り向くと、誰も居ない空間から忠陽が姿を表す。忠陽は悔しそうな顔をして、両手を上げた。


「分かっているのならよろしい。この処遇は姫様が預かります。よろしいか?」


「はい……」


「賀茂殿。私から一言。暗殺をするのなら、冷徹に、そして冷静に。その感情で呪詛を使えば呪術師でも殺せるでしょうが、貴方の隠形を不完全にさせる。殺気丸出しの者に私は殺せませんぞ」


 忠陽は顔をそらした。


「貴方には暗殺は似合わない。それは真堂殿も望んでおりませぬ。私もそう思っております。貴方がこちら側に来るのは後百年後にしてもらいたい」


 漆戸は踵を返し、老人臭い嘘笑いをしながら、法西の肩を叩く。


「さて、法西殿、この先に車を用意しております。それに乗って、姫様の下へ行きましょう。姫様がお待ちかねです」


 法西は頷き、黙って漆戸の後に続いた。


 法西は車に乗り、送り届けられた場所は、以前、由美子に呼び出されたお店だった。中に入ると人気がなく、今日の営業が終了したのかと思うぐらい静かだった。


 漆戸の案内で前回と同じ席に向かうと、そこには優雅に紅茶を飲んでいる由美子が居た。


「姫様、お連れ致しました」


「ありがとう、爺や……」


 ティーカップを机に置くと、由美子は九郎の顔を見る。


「ご安心ください。賀茂殿も安全にお帰りになっております」


「そう……。賀茂くんには、後で私から話をするわ」


「そうなさいませ。扇動されたとは言え、あの殺気は本物でございました」


 由美子は法西を冷たく見る。


「コーヒーでいいかしら?」


「いいや、紅茶でいい」


「爺や、彼に紅茶をお願い」


「畏まりました」


 漆戸は綺麗にお辞儀をし、その場から去っていった。


「意外に神経が図太いのね」


「狙われるのは今に始まったことではない」


 法西の視線は漆戸を見ていた。


「それよりも、あれほどの達人が執事をしているとは、恐れ入った」


「爺やは、私が生まれる前から神宮に使えているわ。そこら辺の執事と一緒にしないで」


「ああ。賀茂の殺気なんて分からないくらい、あのご老人が恐ろしかったよ」


「あなたでもそう感じることはあるのね」


「いい体験をした。普通ではできないものだ。賀茂はその世界に踏み入れようとしているのか?」


「ええ。でも、入る必要はない。賀茂くんは今のままで充分よ。こちら側には来てほしくない」


 法西は由美子の顔を見る。その顔は凍りついた顔にすこし日が差して溶けたようだった。


「だが、それは無理だろう。賀茂がそれを望んでいるのなら、お姫様に止めることはできない」


「そんなこと知っているわ。でも、彼は私達のように、手を血で染めてほしくない」


「お前の手は血で染まっているのか?」


「私の手は生まれたときから血で染まっている。神宮とはそういう存在よ」


「よく分からんが、お前達は人殺しの一族だと言いたいのか?」


「そうよ。私達はそうやって生きてきた」


 法西は由美子の言葉を聞き、深呼吸をする。


「一つ聞こう。神宮とは何だ?」


「いい聞き方ね。ある学者の言葉を借りるなら、神宮とはこの国の影」


「影?」


「ええ。後は自分で調べてみればいいわ。あなたにその資格があるなら辿り着く。でも、そこに踏み入れた最後。あなたはその影の中に消えていく」


「忠告か……」


「そう受け取って貰えたら嬉しいわ」


 由美子は冷たく微笑む。


「賀茂はどこまで知っている?」


「何も……。彼が触れたのはこの国の闇」


「闇?」


「それに憧れてしまった」


「お前たちと何が違う?」


「根本は同じ。でも、闇には光がない。どこまでも真っ黒な世界。そこで生きていける人間はそこの住人だけ」


 漆戸が静かにティーカップを持ってきた。それを法西の前へと丁寧においた。そのまま下がることなく、由美子に対して口を開く。


「姫様、今日は感傷的ですな」


「そうかしら」


「あまり我らの話をなさいますな。せっかく助けたこの者をどうなさるおつもりですか?」


「そうね……。京に連れて行って、彼岸の先へ放り込めばいいじゃない?」


「それでは、後であの者どもから揚げ足を取られますぞ」


「実験材料を欲しがっていたのはあっちでしょう?」


「俺の命はかくして消えるか……。悪くはないな」


 法西の言葉に漆戸は笑った。


「安心されよ。その場に踏み入れたとしても六道があなたを救い、恩を売るでしょう」


「そうですか……。それを返すには高そうだな」


「大丈夫よ。あなた、六道の人間と気が合いそうだから」


 由美子は紅茶に一口飲み、カップを置くとまた口を開く。漆戸は自分の存在を消しながら、由美子の後ろで待機する。


「さて、賀茂くんには、私から事情を話しておくわ。それでいいわね?」


「事情も何も、仕向けたのは竹中だ」


「分かってる。でも、そうさせてしまったのは私の責任。私が彼に全部話していれば、こんなことにもならなかった」


 由美子は不服そうに、その上、棘があるような言い方をしていた。


「だが、不満そうだな?」


「ええ。あなたが私の忠告を素直に聞いていたら、こんなことにはならなかったのよ」


「俺はあんたの言う通り、竹中をこちらに引き付けただけだ」


「それは生徒会を分断したときに役目を果たしている」


「ご要望に添えず、悪かったな」


「ええ、遺憾の意を表するわ」


 法西はその由美子の冷たい態度に笑う。


「あんたはこれからどうするつもりだ。なんのために生徒会長になる?」


「それは答えたはずよ。私はこの島の学生の、半分が楽しかったと思えるような仕組みをつくること」


「それは神宮としての役割か? それとも……」


「そんなの関係ないわ。生徒会長の役目は利害関係を調整し、最も効果的な利益分配をすること」


「……分かった。一つ、答えてくれ」


「答える必要はない。あなたの役目は終わったの」


「俺は……平和を望んでいるのか? それとも……戦いを望んでいるのか?」


 由美子は(さげす)むように法西を見る。


「あなたの悩みを私が考える必要はない」


「そうだな……」


「一つだけ、褒めてあげる。会長の目を私から逸らしたこと、これだけは称賛するわ。あれは効果的だった。私が最後まで躊躇(ためら)っていたことを平然とやってのけるのは流石だわ」


「お褒め頂き光栄の極みだ」


「でも、私にはあなたは必要ない。賀茂くんには悪いけど、あなたのようなやり方はもう知っている」


「そうか、それは残念だ」


「ただ、さっきのあなたの悩みを知りたいのなら、ちょうどいい場所があるわ」


 法西は鼻で笑う。


「さっきの実験材料の話か?」


「違う。学戦での戦術立案。あなたが答えを出すにはお似合いな役目じゃない?」


 法西は呆気に取られ、そんな自分が居たことに気づき、大声を出して笑う。


「そうか……。戦略は誰が立てるんだ?」


「それは、生徒会長である私よ。あなたを人差し指で使ってあげるわ」


「賀茂はどうなんだ?」


「あなたと一緒にしないで」


 法西は由美子の冷たさに満足した顔になり、天井を見上げる。


「時を得た」


 漆戸はその言葉に笑みを浮かべる。


「なによ、急に。気味が悪いわね」


 法西はフッと笑い視線を由美子に戻す。


「済まない。これからの未来は、姫様が言うように、楽しい未来なりそうだと思ってな」


 由美子は不満そうな顔をしていた。

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