第十一話 兵とは軌道なり……此れ兵家の勢、先きには伝うべからざるなり
翌日、由美子は書類を持って、生徒会室に訪れていた。現在の主が不在であり、暇そうに応接用のソファーに寝そべっている安藤だけが居た。
安藤は由美子に気づき、体を起こす。
「おう、何の用だ? あいにくと俺一人だぜ?」
由美子は生徒会室を見渡す。
「そうですか。この前では資料が一杯あったのに片付けたんですか?」
安藤は立ち上がって生徒会長の机に行く。それから生徒会長の机にある置物を取り、遊ぶ。
「流石にな。それに、次期生徒会長に山積みの資料を渡すのは悪いだろう?」
「そうですね。できれば綺麗な状態で渡してほしいですね」
由美子は優しい笑みを安藤に向ける。
「なんだよ、もう生徒会長になったつもりか?」
「さあ、どうでしょう。勝負は最後まで分かりませんから」
安藤は笑い、置物を置いて、応接用のソファーに座る。
「なあ、神宮。お前はこの学校をどういう学校にするんだ?」
「急にどうしたんですか?」
「いや、聞いてなかったと思ってよ。絹張は俺達が目指した戦いのない学生生活を作るためだが、お前はなんのために生徒会長になるのかって……」
由美子は安藤を見る。安藤は寂しそうな顔で天井を見上げていた。
「戦いのないですか……。それ、矛盾してないですか?」
「確かにな。この島の学生は大抵、学戦で嫌な思いをしている。それを残すのはやっぱり嫌だろう?」
「そうですね。でも、会長は周藤さんと戦うのが楽しいのだと思っていました」
「まあ、それは間違ってない」
由美子は素直に笑ってしまった。安藤も笑みを浮かべている。
「で、どうなのよ、神宮。お前はこの学校をどうするんだ?」
「そうですね……。手始めに会長を血祭りにあげるっていうのはどうですか? これまでの恨みを晴らさざるおくべきかーみたいな」
「それは止めてくれ。後三ヶ月ぐらい、見逃してくれよ」
「分かりました。安藤先輩のお願いなら聞かないわけにはいかないですね」
「ご高配を賜りありがとうございます。女王様」
安藤は立ち上がり、紳士な振る舞いをして、お礼を述べる。
「それ、馬鹿にしてません?」
「やらないのか、こういうの?」
「やりませんよ」
安藤は苦笑いしながら、ソファーに座る。
「さっきの答え、皆同じなんじゃないかと思います」
「何が?」
「戦いのない学校生活ですよ」
安藤は由美子を見る。由美子は生徒会長の机を触りながら言っていた。
「学戦は謂わば、小さな戦争です。皆、その戦争を終わらせるために戦うんじゃないでしょうか」
「そうだな」
「でも、戦えば戦うほど、憎しみや悲しみ、どうしようも無い感情が生まれ、それで自分に縛りを作る。それはやがて呪いへと変わり、戦争を止められなくなる」
「……」
「安藤先輩は、戦い続けることが正解だと思いますか? それとも戦いを止めることが正解だと思いますか?」
「さあな。俺には分からない。そういう判断は全部、亮に任せた。そうやって俺は楽をさせて貰った」
「そうですか。案外、小心者なんですね」
「悪かったな。俺はそういう奴だ。だから、お前とも正面から戦わなかった」
「そうでしたね」
「おい、そこは否定するところだろうが」
由美子は意地悪な笑みを浮かべた。その笑みが竹中と似ていることに気づく。
由美子は深呼吸をして、安藤を見る。
「安藤先輩、私が学戦を終わらせます。それにはあなたが持っている票が必要です」
「なら、一年だけ絹張の下でやって貰えないか?」
「それでは出来ません。学戦を終わらせるためには二年間欲しいです。一年間ではどうしても出来ません」
安藤は俯く。
「五月に海風高校の事件があって以降、私なりにどう終わらせるかを考えた結果、どうしても一年間では無理なんです。だから、私はその票が欲しい」
「正直、亮でも無理だったのに、お前にできるのか?」
「できますよ。私なら」
その自信たっぷりな姿を見て、安藤は鼻で笑う。
「教えてくれよ。どうするんだ?」
由美子は持っていた書類を安藤に差し出す。
「何だ、その書類は?」
「これからの計画表です。学戦を終わらせるための……」
安藤は書類を受け取り、ページを捲る。その一枚に書いてあったのは学戦の終了条件であった。呪術統括部の内部資料であり、そこに書かれていたのは一勢力がこの島の八割を領土とした段階で学戦を終了するとの記載があった。
「おい、これは本当なのか? ってか、呪術統括部の内部資料をどこで手に入れた」
「出せっていったら、普通に出してくれましたよ」
「誰がだよ?」
「それは言いたくないです。口にするだけ、吐き気がするので」
由美子の満面な笑みに安藤は蹴落とされた。
「今、翼志館で二半割ぐらいを領土として持っています。一番持っているのは岐湊。五割近いところですが、そもそも岐湊は来年以降その領土を多く減らすことができます」
「どうやって?」
「自治権を認めさせることです。そうすれば日和見主義を一割はこちらに付かせることは可能です。北区の人間たちが問題としているのは、大人たちが勝手に作ったルールを鵜呑みにして戦うことです。なら、戦わせず、自治を認めさせる。そして、終わらせる方法を明示すればいい。あとは優しくお願いすればこちらと協力関係を結んでくれます」
「優しくね……」
安藤はその優しくというのが、全く反対の意味だと想像してしまった。
「だけどよ、呪術統括部がこの内部資料どおり止めてくれるのか?」
「ええ。幸い、私には学戦リーグで優勝したおかげで、望みを一つ叶えてくれる権利を得ることができます。それを使って、私は呪術統括部に縛りを与えます」
「縛り?」
「このあと二年で私がこの島の八割を占有したら、学戦を終了するという縛りです」
「そんなのはできるのか?」
「出来ますよ。誓約書を取り交わせば」
「エゲツナイな、お前」
「対等な契約を結ぶための処置です。普通ですよ。じゃないと、あれこれ言って逃げられるでしょう? それにそこまでしないと、私を信用してくれませんよね?」
「誰が?」
「勿論、安藤先輩が」
由美子の嬉々として話す姿に安藤は嫌な予感を覚える。
「その資料の二枚目には当然、私が呪術統括部に対して行なった誓約書になります」
安藤はその誓約書コピーを見て、顔を引き攣ったまま笑う。
「これで私がやろうとしていることが本気だというを理解してくれましたか?」
「分かったけど、どうしてここまでするんだ?」
「言いましたよ。私は二年で終わらせる。そのためには手段は選んでいる暇はありません」
「もっと穏便にできないのか? というより、なんでこの誓約書を結べたんだ?」
「それは、私が神宮だからです。学戦の問題を指摘したら、しぶしぶですが協力してくれましたよ」
「なんて言ったんだよ?」
「私が神祇公になったら、この島なんて真っ先に潰してやるって……」
安藤はその目が嘘を言っていないようで恐ろしかった。
「冗談です。そんなこと言いませんよ」
冗談になってないと安藤は思う。
「学戦は子供に戦争をさせていることは確かであり、それが人間形成に著しく悪影響を及ぼすという見解があるんです。呪術統括部もそのことには気づいていました。ですが、呪術師の育成のためには競わせることは必要であって、その模索として学戦リーグが創設された経緯があります。だから、私は、学戦リーグは引き続き行うとしても、戦争みたいな学戦自体は終了しても問題ないのではないでしょうかと提案しました。ただ、一部の人からすると、都合が悪いみたいなので、妥協点として、私が二年で、この島の領土の八割を取得すれば、学戦を終了するということで誓約させたんです」
「お、おう。ってか、呪術統括部まで行ったのか? よくやったな……」
「次期生徒会長として当然のことをしたまでですよ。利害関係の調整は私の仕事ですから」
安藤はため息をつく。
「それで、具体的にはどうするんだ?」
安藤が三ページ目を捲ろうとしたとき、由美子は安藤から資料を取り上げた。
「話はここまです。私が何をしたいのか、分かって頂けたと思います。ここから私を生徒会長にしてくれるなら、見せてあげます」
由美子は楽しそうに笑っていた。
「お前……」
「私を選ぶか、絹張先輩を選ぶか、今決めてください」
由美子は安藤に迫る。
「お前は……」
安藤は由美子から目を逸らし、天井を見て一呼吸する。
「お前はなんでそこまでするんだよ? お前がやってることは普通の学生じゃやらねえよ」
大人たちに対して物怖じせず、交渉する。しかも、大人たちが作った状況の上で強引だが、妥協点作り出す。こんなのは絹張にはできない。亮でさえも出来なかったことだ。それをこいつはやってのけた。それが神宮だからと言われれば終わりだ。
「私、正直この島に来る前はガッカリしてました。御飯事みたいな呪術学校に入らされ、無為にこの三年間を過ごすんだって。でも、違ったんです。少なくとも私は楽しく学生生活を過ごせる人達と出会えました。私の望みはその人達とこの三年間だけでも楽しく過ごせればいいと思ってます。でも、それだけなら私が生徒会長になる必要はありません。私は、この島に来る学生が私と同じように楽しい三年間を過ごせるようなそんな仕組みを作りたいんです」
「それには学戦は必要ないのか? お前が賀茂たちと出会えたのは学戦のおかげじゃないのか?」
「学戦がなかったとしても、私は鞘夏や賀茂くんと仲良くなっていたと思います」
由美子の自信満々な姿を見て、安藤は口元を緩ませる。
「それよりも私は、学戦の度に、心が病んでいく生徒がいることが問題だと思います。呪術は選ばれた者だけができるという意識ではないのですが、万民ができるものではないんです。呪術は奇跡であり、呪いでもある。誰もが起こせるものじゃない。できないことで悩むより、この島の学生でこそ出来ることを楽しんだほうがいいと思うんです」
由美子は屈託のない笑顔で居た。
大人とも対等に交渉しながら、考えていることは他の学生と変わらない。それが安藤には不思議だった。本当に由美子が思っていることなのかと疑うが、なぜかこいつならそうしてくれるのではないかと思ってしまう自分が居た。
「なあ、神宮。お前は真堂や賀茂たちと何がしたい?」
「何がしたい? うーん……」
由美子は真面目な顔をしていた。
「安藤先輩は、絹張先輩やあの会長と何がしたいんですか?」
「俺か? 俺はただくっちゃべって、絹張の愚痴を聞いたり、亮から揶揄われてる絹張を見たり、俺と亮で絹張を騙したり、母里を呼んで飯を食ったり、そんな他愛のない生活だ」
「私も同じです。私が欲しかったのはそんな友達でした。私が卒業して、進路で迷っている子が居たら、翼志館に行くことを勧められるような、そんな学校に出来たらいいですね」
「そうだな」
安藤は立ち上がり、由美子に手を差し出す。
「その資料、読ませてくれ」
由美子は資料見て、その後に安藤を見る。
「それは、私に票を頂けるということでいいですか?」
「ああ。お前なら、俺が卒業しても、翼志館に行けば楽しい学校生活が待ってるぞって言える。だから、お前に票をやるよ」
由美子は小さくガッツポーズを作る。それを見て、安藤は微笑んだ。
「あの、安藤先輩。一つだけお願いがあるんですけど……」
「何だよ」
「こういうのはやっぱり口約束じゃ、私も怖いので、一筆書いて欲しいんです」
由美子は少し甘え口調で安藤に頼み事をしていた。
「ああ構わないぜ。意外とお前も用心深いんだな」
由美子から渡された紙とペンで、安藤は自分の名前を書こうとする。
「そこの下の方に名前を書いてください」
安藤は無心に名前を書いていく。その時、ふと由美子の口元が釣り上がるのが見えた。
「どうしたんだよ、そんなに嬉しいのか?」
安藤は名前を書き終わり、由美子にペンと名前を書いた紙を渡す。
「これで契約終了ですね、安藤先輩……」
その言葉に安藤は悪寒を感じる。
「はい、これ。今回の私の計画書です。じっくり読んでください」
安藤は頗る機嫌のいい由美子に戸惑いいつつ、資料を受け取って、三ページ目を開いた。そこに書かれたものを見て、安藤が愕然とした。
「お前……」
由美子は満面の笑みで、さっき安藤が名前を書いた紙を見せて、言った。
「安藤先輩。私、裏切られることが嫌いなんです」
安藤はそのときの由美子の笑顔が小悪魔ではなく、魔性のものだと思った。
「そうそう、明日の演説会、東郷や岐湊の皆も招待しているんです。私の所信表明にはいい機会ですから。あの男に頼むは癪だったけど、理事長から面白いと許可は頂きましたので」
「……」
「楽しみですね、安藤セーンパイ」
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