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8.兵士達

 開いた扉から淡い月明かりが差し込み、兵士の軍服が照らされる。軍服から王国軍だと悟り、カイルは二人の兵士の来訪に緊張する。

 先に入ってきた厳つい兵士がカイルに気付き、ジロジロと胡散臭そうに見下してくる。

「何だ? お前は?

 おいコラッ!お前、なんでこんな所に居る?

 まさか馬泥棒じゃあなかろうな!?」

 中年の太いドラ声で、兵士はカイルに詰問してくる。カイルは慌てて立ち上がり、弁明する。

「ち、違いますよ。

 オレは今日から表の酒場に雇われた者で、今日はここに泊まれと言われたんです。

 馬泥棒なんてしませんよ」

 先程酒場の店主が言っていた事はこれかと考えながら、カイルは兵士を見る。

「ああ? 酒場で仕事だと?

 お前、どこの出身だ?見た所、戦に参加できない体では無いな。

 フィリナーム王国の男は皆、にっくきロシェ帝国との戦に参加するように、と王命が下っているはずだぞ!?」

 戦に不参加の者に対してよほど苛立っているのか、兵士は恫喝するかのように言い募る。

 カイルはその剣幕にたじろぎながらも答えた。

「オレは、この王国の者じゃないんです。

 北の……ペンターハから旅をしてここに来たんです。

 路銀が尽きたんで、ここで雇ってもらったんですよ」

「ペンターハだと?

 よくもまあ、あんな極北の田舎から出てきたもんだ」

 ようやくカイルの言い分を信じたのか、兵士は呆れた顔になる。

(騙しきれるか?)

 考え、笑みを浮かべたカイルだったが、そこへ後ろに居たもう一人の面長の兵士が口を挟んでくる。

「トムさん、そいつ、アレじゃないんですか?」

「えっ?」

 唐突に謎の言葉をかけられ、カイルは眉をひそめた。だがそれは厳つい兵士も同じだったようで、振り返る。

「何だ? イーサン、はっきり言え」

 面長の兵士は顎をしゃくって、藁の上に置かれたカイルの荷物を示す。それにようやく厳つい兵士は荷物に気付き、カイルを睨みながら告げる。

「ああ、アレか。

 おい! お前! そこの剣をちょっと見せろ!」

 その一言でカイルも察した。この二人は先日の帝国第四大隊への奇襲に参加していたか、話を聞いているのだろう。

 どうやら、戦龍の剣を持って姿を消した帝国兵の話は既に広まり、戦龍の剣を奪取しようと、帝国の残兵狩りが未だ行われているのだ。

「つ、剣を見せろってどうするつもりです?」

 カイルはなるだけ事情を知らない素振りをして、兵士に言う。

 厳つい兵士はその問いを無視して詰め寄って来る。

「いいから、さっさと見せろ!

 見せないと言うんなら、それ相応の覚悟をするんだな」

「わ、解りましたよ」

 カイルは藁の上の剣を取り、厳つい兵士に差し出す。

 乱暴にカイルから剣を取りあげると、兵士は剣を鞘から抜き取り、確認する。

 無論、マルレーネの用意した普通の剣には、戦龍の剣のような装飾も刀身の輝きも無い。

 鉛色の刃を眼前に掲げ、裏返したりして見ていたが、やがて舌打ちすると厳つい兵士は剣を下ろした。

「こいつは違うな。

 どっからどう見ても、ただのナマクラだ」

 そう言うと、兵士は剣を鞘に納める。

 カイルはほっとして剣を受け取ろうと手を差し出したが、厳つい兵士が剣を返す前にまた、後ろの兵士が口を挟む。

「トムさん、剣はそのままで。

 そいつ、ちょっとおかしいですよ。捕まえた方がいい」

「ええっ!?」

 カイルは思わず声を上げた。何か感づかれてしまったのかと緊張するその前で、厳つい兵士がめんどくさそうに振り返る。

「イーサン、お前はいちいち物言いが遠回し過ぎだ。はっきり要点を分かりやすく言え。

 こいつのどこがおかしいんだ?」

 問いかけに、面長の兵士はそののっぺりした顔に嫌味な笑みを浮かべた。

「さっき、こいつはペンターハの出だって言いましたよね?

 実はオレの知り合いにもペンターハ出身の奴がいるんですけど、訛りが物凄いんですよ。

 それはもう田舎丸出しの強烈な訛りでしてね。こっちに来て、数年経っても抜けないほどです。

 なのに、こいつは近隣の国の流麗な言葉を使っている。

 間違いないとは言い切りませんけど、帝国の残兵の可能性は有ると思いますよ。

 捕まえときましょう」

「なるほどな、なら捕まえておくか」

 話がまとまり、カイルの方を向いた二人の顔はにやにやと笑みを浮かべていた。二人の眼の奥が妙に濁っているのを見て、カイルは寒気を覚えた。

(これは……ただ捕まるだけじゃ、すまないぞ……)

 濁った眼はこれまで何度か戦場で見てきた。己の上官が既に無力な者や、弱者をなぶる時など狂気の悦に浸っていた時の眼だ。

 平穏な日常を破り、強襲してきた憎い帝国の残兵と疑わしき男、しかも剣を取り上げられて丸腰。彼らが捕縛ついでに鬱憤を晴らそうとするのは当然のように思えた。

 だが捕まって痛い目に合う訳にはいかない。カイルは背後に居る馬に乗って兵士を蹴散らして逃げようと考え、素早く身を翻した。

「待てコラ!」

 しかしカイルの考えは読まれていたようで、怒鳴り声を張り上げると厳つい兵士がタックルをかけてくる。

 そのまま兵士がカイルの背の上に乗る形で、二人は馬小屋の通路に倒れこんだ。

 倒れた瞬間、腕を先にして倒れたので顔は打たなかったが、兵士が乗っている為に衝撃は強く、一瞬息が止まりむせる。

 それでももがいて逃れようとするカイルの首を掴んで抑え込み、馬乗りになると兵士は腕を振り上げる。

「大人しくしろっ!」

 がなると同時に拳が振り下ろされ、カイルの後頭部を力任せに殴る。

「あぐっ!」

 痛みに悲鳴を上げ、抵抗しようと振り返ったカイルの視界に厳つい兵士の振り上げた拳が入った。二度目の拳をかわせないと瞬時に判断し、痛みに耐えようとカイルは歯を食い縛る。

「そこで何をしているんです!」

 突然、鋭い声が割って入った。

 兵士は驚いて動きを止め、振り返る。カイルも目だけ動かしてそちらを見た。

 馬小屋の入口に居る面長の兵士の横に、一人の男が立っていた。

 それは痩身の口髭を蓄えた初老の紳士だった。一目見て富裕層か貴族の者であると判るような金刺繍の施された緋色の服を着ている。

 紳士の後ろには従者らしき屈強な男と、冷ややかな目をした女が控えていた。

 面長の兵士は剣の柄に手をやり、紳士を睨む。

「何だ? じいさん」

 手を止められ、厳つい兵士が苛立った声で訊く。紳士は面長の兵士を従者の男に制させ、馬小屋の中に入ってくると毅然として言った。

「貴方方が捕まえようとしているその男性は、私の知人です。

 知人が暴行されかけているのを黙って見てはおれません」

(!?)

 紳士の告げた言葉にカイルは驚いた。もちろん突如現れた紳士と、カイルは全く面識は無い。

 理由は解らないが、カイルを助けようと嘘をついてくれたのだ。

「知人だと?」

「じいさん、ウソをついているんじゃないだろうな?」

 紳士の言葉は兵士達も信じがたいらしく、二人揃って疑惑の眼差しを向ける。紳士は肩をすくめるとため息をついた。

「兵隊さん方の悪い癖だ。何もかも疑ってかかる。

 私の言っている事は本当です。

 彼は私を探してあちこち旅をしてここへ来たんです。まさか、偶然にもこんな形で再会するとは思いませんでしたが……。

 ジャック、すぐに助ける」

「あ、ああ……」

 なるようにしかならないと腹をくくると紳士の芝居に運命を託し、自分に対する呼びかけにカイルは答える。

 これが面白くなかったのだろう、紳士の背後に居た面長が従者の男をどかして紳士の前へ移動すると、向かい合う。

「じいさん、アンタいい加減にしとけよ?

 こいつはペンターハから来たと嘘をついた上、帝国兵である疑いがあるんだよ。

 アンタがいくら知人だと言った所で、引き渡せやしないな。

 それに、アンタは何者だ?オレ達に口出しして、どうなるか解ってるんだろうな?」

 面長の兵士の威圧的な言葉に、紳士は口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。

「おや、私をご存じ無いので?」

「ふざけるなよ、お前なんぞ知る訳ないだろう!」

 挑発的な紳士の発言に、面長は声を荒げる。紳士と面長の間に従者の男が割って入ろうとしたが、紳士が軽く手を上げてそれを制した。

 今にも殴りかかりそうな兵士を眼前にしても、紳士は飄々とした態度のまま、言う。

「では、申し上げましょうか。

 私の名はエドガー・イオニス。武器商のエドガーと言えば、お解りいただけますかな?」

「エドガー……武器商の? だから、どうした!?」

 告げられても、面長の兵士はがなるのを止めない。しかしカイルは自分を押さえつけている厳つい兵士が息を飲んだのが解った。

「武器商如きが、俺達に歯向かっていいと思うのか?

 お前は俺達に武器を売って儲けて暮らしているんだろうが、え!?」

「止めろ! イーサン!」

 言い募る面長に、厳つい兵士は怒鳴る。あまりの声量に面長は一瞬すくんで口を閉じたが、すぐに同輩を睨んで不満を吐く。

「なんでですか、トムさん。こんな奴、そこの残兵と一緒に捕えれば、」

「もうしゃべるな! この軽口がっ!」

 面長の言葉を途中で遮って、厳つい兵士が再び怒鳴る。

 下から見上げたカイルには、厳つい兵士が苛立ち焦っている様が見て取れた。つまり彼は紳士が何者か知っているのだ。

 怒鳴るとすぐに厳つい兵士はカイルの上から退いて、面長の兵士の側へ歩み寄る。

 仲間の唐突な行動に驚き数秒固まったが、面長の兵士は怒りに顔を朱に染めた。

「何をやってるんだ、アンタは! せっかく、捕えたのにーーうぐっ!」

 面長のキンキン声が途中で止まった。

 ようやく解放されたカイルが体を起こして見やると、面長の兵士はみぞおちを押さえ、膝をついて呻いていた。どうやら、厳つい兵士に一撃くらわされたようだ。

 呻く面長の前で、厳つい兵士が紳士に向かって胸に拳を当て敬礼した。

「同輩の失言の非礼を代わって私が謝罪致します、エドガー殿。

 まさか貴方がこのような辺境にいらっしゃるとは思いませんでした」

 兵士の丁寧な言葉に満足したのか、紳士は柔和な表情になり口髭を弄りはじめる。

「貴方は私の事をご存じのようですね。やぁ、良かった」

 良かった、の言葉が妙に白々しい。その言葉は己の事ではなく、兵士達に向けられたものだとカイルは悟った。

 兵士もそれを察したらしく、傍らの面長が顔を上げたのに気付くと先んじて答えた。

「もちろんです。

 我が王国軍大将軍ファルコン様と親交厚く、我が王国軍に良質な武器をもたらして下さる貴方の噂は、歩卒の私も聞き及んでいます」

 厳つい兵士の言葉に、面長の兵士は驚愕に目を見開き、紳士エドガーに向ける。

 将軍と懇意の武器商である彼に手を出したとなれば、歩卒の兵士など即座にどうにかされてしまうだろう。

 エドガーは兵士二人の顔を交互に見ると、笑顔で言った。

「では、私の素性が解った所でこの騒ぎは終いとして、私の知人であるジャックを連れて行っても構いませんね?」

「はっ……いや、しかし……」

 立ち上がったカイルを一瞥して、厳つい兵士は口ごもる。

「私の知人である、という私の言葉が信じられないと?」

 言外にエドガーは有無を言わせぬ威圧を兵士にかける。厳つい兵士が渋い顔をしたのを見て、エドガーはふっと鼻で笑った。

「良いですとも。私の言葉がどうしても信じられないと思うのであれば、ありのままを隊長殿に報告なさるといい。

 私の屋敷はこの村の南にあります。いつでもおいでなさい」

 エドガーは沈黙したままの兵士達に言い放つと、カイルの方を向いてにこりと笑った。

「では、一応事も収まったことですし、行きましょうか、ジャック」

「あ……ああ」

 促されるままカイルは藁の上に置いてあった荷物を取ると、エドガーに歩み寄った。しかし剣に気付いて、厳つい兵士に声をかける。

「剣を返して下さい」

 兵士達は不満げに視線をかわしあっていたが、エドガーが咳払いをするとすぐにカイルに剣を返却した。

「では、ごきげんよう」

 エドガーは告げると背を向けて馬小屋から出ていく。カイルがそれに続くと、背後で小さく舌打ちするのが聞こえた。

 カイルは一瞬振り返ってみようかと思ったが、やめた。兵士達の濁った眼を見たくもなかったし、先に出たエドガーが振り返って待っていたからだ。

 カイルが馬小屋を出ると、エドガーは「行きますよ」とだけ告げて歩き出す。従ってカイルが歩き出すと、エドガーの従者がカイルの後についてくる。

 エドガーの後を追って馬小屋から酒場のある表通りに出ると、エドガーは村のさらに奥へと向かって歩き出した。

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