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7.王国領土

「う……ん……」

 意識が戻った時には、カイルは洞窟のもと居た小部屋に戻ってきていた。

 ぼんやりとしたまま上体を起こし、周囲を見回して考える。

(えっと……オレは、外へ出ようとして……)

 気絶する前の事を順を追って思い出し、最後に見た血塗れのマルレーネにたどり着く。

「そうだ、マルレーネは……!?」

「私がどうかした?」

 声に視線をそちらへ向けると、マルレーネが大きな革袋と剣を持って入ってきた所だった。

「マルレーネ! さっきの血は、怪我はどうしたんだ!?」

「さっき……?

 ああ、昨夜の事ね。別に、大した事じゃないわ」

 カイルの質問に、昨夜の動揺など嘘のようにいつもの飄々とした返事をする。

 カイルは眉間にシワを寄せ、さらに訊く。

「大した事じゃない訳ないだろう!

 血は結構な量が出て、おまけに君は錯乱しかけていた。

 一体昨日の夜、何をしていたんだ?」

「言ったでしょう。 貴方には関係の無い事よ。

 もう、これ以上私に関わる必要も無い」

 無表情のままマルレーネは歩み寄ってきて座り、革袋と剣をカイルの目の前に置いた。

「関わる必要が無い?」

 言葉を繰り返し、問いを発するカイルを無視して、マルレーネは革袋から紺色の上着と皮マントを取り出し、手渡してくる。

「この服を着なさい。

 貴方の帝国軍服では、すぐに捕まるでしょうから。

 一応の武器としてこの剣と、革袋の中に少しだけど食料を入れておいたわ」

 淡々と説明するマルレーネの言わんとする事を悟り、カイルは彼女の顔を見つめた。

「出て行けって事か?」

「そう。

 初めからそういう約束でしょう?

 貴方の傷は完治している。ここに居る理由は無いわ。

 契約通り、戦龍の剣を渡して、ここを出て軍に戻るなり故郷へ帰るなり、自由に行きたい所へ行けばいいわ。

 でも、ここは敵国、帝国の残兵と知られれば、殺されてしまうでしょう。

 旅人か傭兵のふりをして、逃げるのよ」

 理路整然と説明するマルレーネを見たまま、カイルは沈黙した。

 確かにその通りだった。

 カイルとマルレーネの関係は、怪我の治療と戦龍の剣の交換という契約。

 治療が終わればここを去るべきで、これ以上素性も行動も謎のマルレーネに関わって、妙な事件に巻き込まれる必要も無いのだ。

 解ってはいたが、カイルの内には納得できない思いが生じていた。

「着替えたら、洞窟を出て……」

「……話せよ」

 説明するマルレーネの言葉を遮って、カイルの低い声が響く。

 マルレーネは話すのを止め、彼を見る。カイルはその黒い瞳でマルレーネを見据えると告げた。

「話せよ!

 お前の素性も、やっている事も、何もかも全部話せ!

 子供のお前がなんでこんな所に居て、何の目的で何をしているのか!

 話してくれ。そうすれば、オレは……」

「止めて」

 今度はマルレーネの静かだが、強い一言がカイルの言葉を遮った。

「話したら何?

 そうすれば、オレは……どうするの? 力になるとでも?

 生憎だけれど、私はそんな事は望んでいないの。

 私は、自分でやりたい事をやり遂げるわ。

 貴方は戦龍の剣を渡して、静かにここを去ってくれればいい」

 マルレーネは凛とした視線を向け、答える。

 カイルへの明らかな否の意思表示だった。

 カイルはその視線に圧され、それ以上何も言えなかった。

 しばしの沈黙ののち、マルレーネは立ち上がり、踵を返す。

「着替えて荷造りしたら、洞窟の出口まで来なさい。

 そこで待っているわ」

 振り返らず告げると、マルレーネは部屋を出て行った。

 しばらくカイルはそのまま視線を落としていたが、やがて片手で顔を押さえる。

「くそっ……」

 一人毒づくと、目の前の上着をとり、着る。服を着ると立ち上がり革袋と剣を身につけ、最後にマントを羽織る。

 身支度を済ませると、壁に立て掛けてあった戦龍の剣を手にした。

 深く嘆息するとカイルは灯りを持って部屋を出る。

 暗く長い通路を通り抜け、洞窟の出口にたどり着くとマルレーネが待っていた。

 昨夜と違い、陽の光に照らされた外へ出て、カイルは目を細める。

 カイルはマルレーネと向き合い、手にしていた灯りを吹き消すと彼女に手渡した。

 そして、ぎこちない動きではあったが、戦龍の剣を差し出した。

「約束の物だ。

 世話になったな」

 言って、出されたマルレーネの両手に剣を乗せる。戦龍の剣を受け取るとマルレーネは安堵した表情で目を細めた。

「じゃあな。

 ……助けてくれて、ありがとう」

 礼を述べるとマルレーネから視線をそらし、カイルは目の前の森に向かって歩き出す。

 いくらか進んだ所で、背後からマルレーネの声が追ってきた。

「そのまま真っ直ぐ進めば、小川に行き着くわ。

 その小川に沿って下流へ下れば、やがて村が見えるはずよ。

 カイル、さようなら」

 初めて名を呼ばれて、思わずカイルは振り返った。

 だが既にマルレーネは洞窟の中に引っ込んでしまったらしく、もうその姿は無かった。

 カイルは再び踵を返すとマルレーネの言葉に従い、森の奥に向かって歩き出した。





「ジュノーの村か……」

 カイルは眼前に掲げられた看板を見上げて呟いた。

 マルレーネの洞窟を出て、言われた通り小川を見つけ下流へのなだらかな斜面を下っていくと、時間はかかったがやがて森を抜け、畑に囲まれたこの村にたどり着いた。

 陽は既に傾き、夕日が辺りを赤く染めている。

 王国の外れにあるガウパの森の側にある寒村のはずなのだが、看板を掲げた門の向こう、村の通りは人の往来が盛んだった。

 カイルは村の中へ入り、歩きながら人々を見る。

 農村の村人よりも、軍服姿の者や武装した兵士が多かった。帝国の侵攻に気付き、抵抗するために王国軍が各町村に配置されているのだろう。

 カイルは兵士達の視線を受けながら、通りを進んでいく。

 カイルは村までの道中で、軍には戻らず故郷へ帰ろうと腹を決めた。

 その途中、森の中でマルレーネに手渡された革袋の中身を確認すると、二、三日分の食料が入っていた。

 だが、そんなもので故郷まで戻れるはずも無い。

(路銀を稼がないと)

 考えながら村の中心まで歩き、一軒の酒場を見つけた。

 村で一軒だけなのだろう小さな酒場は軒先どころか、通りにまでテーブルを並べて、兵士たちがドラ声を張り上げて呑んだくれていた。

 カイルは店の様を見てしばらく考えてからテーブルの間をすり抜けて、店の中へ入る。

 店内の喧騒は外よりもうるさく、入った途端酒とタバコと兵士達の体臭が混ざり、ねっとりと澱んだ空気が充満していた。

 その中に香ばしい焼けた肉の匂いを嗅ぎつけ、カイルは唾を飲んだ。

(これだけ兵士が来て、呑んだくれりゃ相当儲けただろうな)

 嫌味に思いながら視線を巡らす。

 店の奥にカウンターを見つけ、店主らしきヒゲの親父が立っているのを見つけた。

 騒ぎ笑う兵士達を横目に、カイルはカウンターへ進む。

 カウンターの前に立つと、ヒゲの親父は手にしたジョッキに樽の泡酒を注ぎながら、カイルを一瞥し告げる。

「いらっしゃい。

 何にする? 早くしないと、みんな飲み干されちまうぜ」

 野太い声で愛想の無い接客をする。

「いや、酒を飲みに来たんじゃ無いんだ」

 カイルの言葉に親父は片眉を吊り上げ、樽の栓を閉じた。

「あんちゃん、ここは酒場だぜ。

 酒飲まねえなら、帰ってくんな。

 見りゃ分かるだろう? 王国軍の兵隊さんでウチは今、てんてこまいなんだよ。

 へい、泡酒お待ち」

 言って、泡酒がなみなみと注がれたジョッキを奥に居る兵士に渡す。

「金を稼ぎたいんだ、ここでしばらく雇ってもらえないか?」

 カイルは単刀直入に親父に告げた。これに親父はようやくカイルの方を向いて、ジロジロ眺める。

「働きたいだと?」

「ああ、力仕事でも汚れの仕事でも何でもやる。

 旅を続けたいんだが、路銀が底をついてにっちもさっちもいかないんだ。

 今忙しいんだろう? 働かせてくれ」

「おーい、親父! こっちに泡酒のおかわり三つ持ってきてくれー!」

 カイルが言い終えると同時に、背後から兵士の追加注文が飛んでくる。

「はいよ! ちょっと待って下せえ!」

 親父はよく通る声で返事をすると、後ろの棚からジョッキを三ついっぺんに右手で持つと、また泡酒を注ぎ始める。

「ふん、確かによく見りゃ、戦を見物する食いっぱぐれの旅人らしい惨めな格好だな。

 ……いいだろう、使ってやるぜ。

 だが今日は忙しすぎて、お前さんに仕事の指示は出せねえし、仕事を分かってねぇ新入りにうろちょろされたら、むしろ邪魔だ。

 アンジェ、こいつは四番テーブルだ」

 手際よく泡酒を注ぎ終えると、店内を駆け回っていた女性を呼び、ジョッキを渡す。

 親父はまたカイルの方へ向き直り、続ける。

「ウチの裏に馬小屋がある。今日の所はそこの干し藁の倉庫ででも寝な。

 ただし小屋に居る馬には手ぇ出さねえ方が賢明だぞ。兵隊たちに追い回されたくなきゃな。

 明日からコキ使ってやるから、覚悟するんだな」

「感謝するぜ、おやっさん」

 礼を言うカイルに、親父はしっしっと追い払う仕草で早く行けと促す。

 カイルは苦笑すると、また兵士達の間をすり抜けて、店の外に出る。

 店の脇にある細道を見つけて、歩いていくとすぐに土壁の馬小屋にたどり着いた。

 軋んだ音をたてる木の扉を開くと、馬房から頭を出した馬が二頭見えた。

 入ってみるとすぐ右側に干し藁が積まれているのを見つける。

(倉庫って言うより、空いた馬房をそのまま干し藁置き場にしただけだな)

 しかし、それでも野宿よりはましだろう。

 カイルは干し藁の上に荷物を置いて、座り込んだ。歩き通しで疲れて眠かったが、眠る前に何か食べておこうと革袋を開く。

 革袋を覗くと先ほど確認した時と同じ、大きめの堅パンと数枚束になった干し肉、小袋に入った炒り豆と水の入った革袋が入っている。

 カイルは干し肉一枚と水を取り出すと、革袋の口を閉めて脇によけた。

 干し肉を噛みちぎり、口に入れる。先程見た酒と料理を思い出し、今のわびしい食事に深くため息をついた。

(とりあえず仕事は見つかったし、しばらくの辛抱だ)

 固い干し肉を噛みながら、水を含んで塩気を薄める。

 奥で馬が鼻を鳴らしているのを聞いて、カイルは考える。

(家は……どうなっているんだろう。

 みんな無事だろうか……)

 兵士として駆り出される前の実家を思い出し、両親と弟妹、家畜と畑の事に思いを馳せる。

 帝国は隣国にことごとく攻め入っているが、逆襲される事もままあった。

 帝国の端に位置する故郷の村に、戦火が及んでいないかずっと案じていた。

(洞窟に居た時は自分の事と、あいつの事ばかり考えてたな)

 はた、と自分の考えに気付き、小さく首を左右に振った。

(マルレーネの事は、もう忘れよう)

 考えた所でマルレーネの事など解る訳もないし、案じた所でどうなる訳でも無い。

 ようやく噛み砕け、柔らかくなった干し肉を水で飲みこむと、カイルは水袋を片づけ横になった。

 大きく伸びをし、欠伸をする。しばらくすれば落ちるだろうと瞼を閉じる。

 だが、そんな安息を破るようにけたたましい音をたてて背後の扉が開いた。あまりの音に馬たちが怯えていななく。

 カイルも驚いてすぐさま体を起こし、振り返った。

 開いた扉からドカドカと足音を立てて、一人の厳つい兵士が入ってくる。兵士の後ろにはもう一人、馬を引いた兵士が立っていた。

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