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6.闇夜

「……イテッ」

 寝返りをうった途端、何かに触ったのか胸の傷が痛み、呟きと共にカイルは目覚めた。

 傷をさすりながら体を起こすと、傍らにはドゥルーが居た。

「ニャニャ……」

 ドゥルーはカイルを見上げると困ったような声を上げる。

「どうしたんだ? ドゥルー」

「何でもないニャ」

「何だよ……?」

 ぼやきながら、首を左右に曲げ伸ばしする。薬でよく寝たお陰か、頭ははっきりしていた。

 眠る前の事を思い出し、ため息をついてそれから小さく笑った。

(話の続きをしよう、だなんて、どうかしてたか?

 あんな子供に愚痴った所でどうしようもない事なのにな)

 如何に正論、民衆の思いを代弁した所で、今の帝国が変わるはずも無い。

 だがそれでも、マルレーネが否定や侮蔑を見せず、素直に自分の話を聞いてくれて、清々しい気持ちだった。

(今まであの話をしたら、みんな信じなかったもんな)

 帝国至上主義の者にはホラ吹きだと馬鹿にされ、帝国に怯える者には禁忌だと避けられた。

 帝国の反逆者と睨まれかねないといつしか悟り、己の心の中に潜ませ封じていた思いだった。

(……話の続きをしよう)

 何がどうならなくても良い、ただ話したいと思った。

 考えていたカイルの腹が、空腹で鳴く。

(寝る前に食べたのにな)

 苦笑しながら腹をさすっていると、側に居たドゥルーの腹も鳴った。

「何だ、お前も腹が減ってるのか?」

「ニ、ニャン」

 力無く頷くドゥルーに、カイルは首をかしげた。

「オレが眠ったのは朝だったよな……。

 ドゥルー、今あれからどれ位時間が経ってるんだ?」

「……まだ、次のおはようじゃないニャ」

 ドゥルーが言っているのは、まだ翌朝ではないという事らしい。

「同じ日の夜か……」

(あの眠り薬の効力は大体半日ぐらいらしいな)

 マルレーネはそれを計算して、毎回決まったように自分が目覚める頃に現れていたのだろう。

(そろそろ食事を持ってくるかな?)

 しばらく胡坐をかいたり、ドゥルーを撫でてやったりして待っていたが、マルレーネは姿を見せない。

「……おかしいな」

 目覚めて随分経ったというのに、マルレーネが現れない事にカイルは訝しんで呟いた。

(……何か良くない事になっているんじゃないだろうな?)

 妙な胸騒ぎを覚え、カイルは立ち上がる。

(マルレーネとその仲間が何をしてるか知らないが……とにかく様子を見てこよう)

 カイルは灯りと剣を手に取り、振り返る。しかし、目の前にドゥルーが立ち塞がった。

「どこに行くつもりニャ?

 お前を外に出すニャって、マムに言われてるニャ」

 カイルはドゥルーを見下ろした。

 雷獣とはいえ、猫並みの大きさのドゥルーなど、その気になれば蹴飛ばしてでも行けるが、無駄な争いでどこに居るかもしれないマルレーネの仲間の何者かに気付かれても面倒だ。

 カイルは思考を巡らせながら、ドゥルーに言う。

「外に出るなと言われてもな。

 おかしいと思わないか? 今まできちんと時間を見計らって来ていたマルレーネが来ないんだ。

 マルレーネに何かあったんじゃないのか?」

 マルレーネを慕うドゥルーの気持ちを利用して、不安を煽るように問いかける。

「ニャムグ……たしかに、おそいニャ。

 お前が目をさますまでには帰るっていったニャに……」

 ドゥルーは視線を落とし、耳を伏せて呟く。

(オレが目覚めるまでには戻る、か……)

 だとすると、やはり何かしらの事態が起きているのだろう。

 カイルはドゥルーをかわして歩き出す。その行動に慌てて顔を上げると、ドゥルーはカイルのズボンの裾を噛んで引っ張った。

「出ちゃダメニャ!」

「マルレーネが心配じゃないのか?

 こうしている間にどうなっているか解らないんだぞ?」

「う、うー……マム……」

 ためらうドゥルーにカイルは畳み掛ける。

「もう戻ってこないかもな」

「!!

 マムーーーッ!」

 止めの一言はよほどショックだったらしく、声を張り上げ叫ぶとドゥルーは駆け出して行った。

(よし、行くか)

 胸の中で呟くと、カイルはドゥルーの後を追って走り出した。

 痛み止めの薬が切れているのか、走る振動が伝わると胸の傷が痛んだが苦になるほどの痛みではなかった。

 ドゥルーは意外と素早く、姿はすぐに見えなくなる。

 道なりに朝通った道をたどり、角を曲がり、怪我をした動物達の部屋の前を通り過ぎた。

 ここから先は、カイルには未知の領域。

 マルレーネの仲間が潜んでいるかもしれないと、少しペースを落として進む。

 通路はそこから曲がることなく、直線だった。

 不意に前方の右側から、光るものが飛び出る。カイルはとっさに足を止め、身構えて光るものを見た。

 それは小さな稲光を無数に発したドゥルーだった。

 雷獣の力を発現させたドゥルーはカイルに気付く事無く、通路の奥へと走り去る。

(今のドゥルーにぶつかったら、とんでもなかったな)

 ため息をつくと、ドゥルーが現れた位置まで進む。そこで右側に視線を向けると穴が開いていた。

 穴の奥に灯りをかざしてみると、そこも小部屋だった。

 覗いてみれば入口の脇に石かまどがあり、小さな鍋がかかっていた。

 奥には石を利用したテーブルらしきものの上に、様々な物が積まれている。その中に見覚えのある盆と木製食器が見えた。

 部屋の片隅には、枯れ葉の山の上に布を敷いた簡素で小さな寝床が在った。

「ここは……マルレーネの部屋か」

 室内を見回しながら、カイルは呟いた。

 マルレーネはここで薬や食事の用意をしていたのだろう。

 ドゥルーは、この部屋にやはりマルレーネが戻っていない事を確認して、不安から先ほどの状態になってしまったのだ。

「ドゥルーはどこへ行ったんだ?」

 部屋を出て、ドゥルーが走り去った方に歩き出す。

 しばらくすると、空気の匂いが変わり、暗闇の向こうに微かな光が見えた。

(出口だ)

 ようやくカイルは洞窟の外が見える所までたどり着いた。

 既に日は落ち、辺りは闇に包まれていたが、森の木々の間から淡く優しい月光が差し込んでいる。

 数日ぶりの外にカイルは深呼吸した。

 夏の蒸し暑い熱気が残ってはいたが、洞窟内のよどんだ空気に比べ、清々しい気持ちになる。

「何だ、あまり大きな洞窟じゃ無かったんだな」

 一人呟くと、洞窟を出るため一歩踏み出す。だが、突然に横から何者かが現れる。

「!?」

 身をすくめるカイルに、黒装束のマルレーネがおぼつかない足取りでぶつかってきた。

 驚いて彼女を受け止めると、カイルはその顔を覗き込む。

「なんだ、君か」

 内心しまったと思いながらも、様子を窺おうとマルレーネの反応を待つ。

 だが、マルレーネはカイルに対して何の反応も無い。

「……マルレーネ?」

 もう一度呼び掛け、ふと生臭い異臭と黒装束の濡れている感触に気付き、自分の掌を離し見下ろす。

 赤い血がべったりと付いていた。

「血じゃないか!マルレーネ、どこか怪我をしているのか?」

 慌てて彼女を引き離し、黒装束のマントをめくって怪我の部分を探そうとする。

 しかし、そこでマルレーネは正気に返り、カイルの手を振り払った。

「止めて! 貴方にそんな事をしてもらう必要は無いわ!」

 今までの落ち着いた声から思いもよらないほどに声を荒げて、マルレーネは洞窟の中に逃げ込もうとする。

「待てよ!」

 カイルはとっさにマントの上からマルレーネの細い腕を掴む。

 振り返る彼女のマントの内の胸元に、一瞬月光を受けて光る何かがあるのが見えた。

「貴方には関係の無い事よ!」

 マルレーネは叫ぶと、カイルの手を振り払い、洞窟の中へ足早に逃げる。

「マルレーネ!」

「マムをいじめるニャー!」

 なお追おうとしたカイルの頭に、上から落ちてきたドゥルーが乗っかった。

 次の瞬間、ドゥルーの放った雷撃にカイルの意識は暗転した。

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