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5.戦龍の事実

 カイルは目を凝らして動物たちのいる部屋の奥を見てみるが、灯りが弱くその人物を判別できない。ドゥルーが言っていたマルレーネの仲間なら、警戒した方が良いだろう。

 カイルは入口の壁に身を寄せ、様子を窺う。

 先に入ったキツネがいつの間にかその人物に近付いていた。キツネは屈んだ人物の背にすり寄り、まるで笑うかのようにククッ、ククッと鳴いた。

 キツネに気付いた人物は顔を上げ、少し振り返る。

「ラナン、貴方何処に行ってたの?」

 愛らしい声はマルレーネのものだった。

 カイルが覗き込むと、マルレーネが穏やかな顔で振り返り、キツネの背を撫でていた。キツネは気持ち良さそうに、彼女の手に身を委ねている。

(ふぅん……)

 いつもの無愛想なマルレーネが、今はまるで慈母のようだった。

 不意にマルレーネは視線を上げ、部屋を覗くカイルに気付いた。

 目が合い、互いに一瞬固まる。

 マルレーネは笑みを消し、いつもの不愛想な顔に戻ると問う。

「いつからそこに居たの?」

「ついさっきからだ」

 答えて、部屋に踏み入ろうとするが、直ぐにマルレーネが口を開いて制した。

「入ってこないで。

 此処に居る子達は、人間に危害を加えられて怪我をしてる子ばかりだから、怯えてパニックになったら貴方も危ないわ」

 理路整然と告げられ、カイルは足を止める。

「分かったよ。でもなんで、動物達の怪我を治してやってるんだ?」

 マルレーネは近くに寝ている鹿に近付くと、胴に巻いた包帯をほどき始める。

「自然の摂理による怪我なら、私も手出しはしないけれど、この子達は人間によって、主に戦争のとばっちりで怪我をしているからよ。

 だから治療しているの。……償いも兼ねてね」

 言いながら、鹿が背に受けた幾つもの傷口に薬を塗っていく。

「……オレを助けたのは、この延長でもあるのか」

 カイルは壁に寄りかかって腕組みすると小さく呟いた。呟きは微かに聞こえたようで、マルレーネは手を止め、見上げる。

「何か言った?」

「ああ、君は変わり者だな、と」

 この言葉にマルレーネはため息と共に視線を戻し、再び治療を始める。淡々と受け流されたかと思いきや、マルレーネはきり返してくる。

「変わっているのは貴方の方よ。

 あの凶悪極まりない帝国の軍人のくせに何処の何者か解らない私を信用して、さらに帝国の侵攻を否定した上、帝国至宝の戦龍の剣を手放す約束までした」

「言っただろう。なりたくて軍人になった訳じゃない」

 カイルは答えて頭を掻く。マルレーネは新しい包帯を鹿の体に巻きながら、続ける。

「だとしても、貴方は随分と自分の国を嫌っているのね。

 今まで見てきた帝国の軍人は、自国の偉大さだの、誇りだのを滑稽なほどに掲げていたものだけれど」

 辛辣な言葉に、カイルは苦笑した。

「国が嫌いなんじゃない。

 オレ自身が、臆病者で戦嫌いだってのも有るだろうけど、帝国、いや皇帝のやり方が嫌いなんだ」

 ようやく鹿の治療を終えたマルレーネがこちらを見る。微かに先ほどと同じような慈母の笑みを浮かべていた。

「皇帝を神格化している帝国の内なら、爆弾発言ね」

「言わないだけで、みんな思ってるさ。

 五年前の大国タレイモアとの戦に勝利したところで良しとして、これ以上の戦をしなければ……って。

 他国を攻め落とし、領土を奪い富を奪えば、繁栄するだろう。

 でも、今の皇帝は強欲のままに得た富を使い、また戦を繰り返す。

 悪循環さ。

 皇帝は疲弊していくオレ達国民の事など考えていない。

 国を護ったのはギルバルトだけさ」

 カイルの最後の一言に、マルレーネの笑みが再び消えた。半眼のままであったが、その瞳に鋭い光が宿る。

「……おかしな事を言うのね。

 戦龍ギルバルトは皇帝が従えていた。皇帝の意のままに動く生物兵器だったのよ?

 確かに、負けるはずだったタレイモアとの戦は、ギルバルトのお陰で逆転し、勝利したけれど」

「ギルバルトは皇帝が従えていたんじゃない、としたら?」

 カイルの否定に、マルレーネは目を見開いた。沈黙したままの彼女に、カイルは続ける。

「オレは知っているんだ。

 皇帝は、獣使いカジャの一族さえ従えられない純血の龍であるギルバルトを従えたと宣言していたが、あれは嘘だ」

「何故嘘だと?」

「見たからさ。

 五年前の戦で、オレの故郷レーベニトは戦場になった。

 あの時、村は帝国軍とタレイモアの軍とその魔獣部隊に挟まれたんだ。

 最初はみんな、帝国の庇護を信じていたさ。ガキだったオレもな。

 ギルバルトを従えた帝国軍の逆転快進撃を聞いていたからな。

 だが、帝国軍に食料を納めに行った村人が、その帰り道とんでもない事を聞いて帰ってきた。

 皇帝は、森に伏せて潜ませていたギルバルトに、オレ達の村ごとタレイモア軍を滅ぼすように命じていたんだ。

 話は一気に村中に伝わり、みんなが逃げ出す大混乱の中、オレの一家はタレイモアの魔獣部隊とギルバルトに挟まれる状況になった。

 助からないと覚悟した時、ギルバルトはオレ達を護るように覆って盾になってくれたんだ。

 一瞬、何が起こったかオレ達は解らなくて戸惑ったよ。

 見上げたら、赤金色の鱗に覆われた傷だらけの体が見えた。ギルバルトの腹の下だとオレ達が悟ったら、一言『逃げろ』と、彼は言った。

 オレ達家族は戦うギルバルトに感謝しながら逃げ延び、オレは今に至るわけだ。

 ギルバルトは皇帝が従えていた訳で無く、皇帝に従っていた訳でも無い。

 理由は解らないけど、オレ達を護って戦ってくれていたんだ。 

 この事実を知っているからこそ、オレは皇帝の事を怪しんでいるんだ。

 三年前のギルバルトの死亡と同時に、皇帝が発表した彼の遺言は知っているよな?」

 不意に話を振られて戸惑ったのか、マルレーネは視線を落とした。

「『我が死した後は、我が骸より武具を創り、帝国の繁栄と守護の為にふるうが良い』……」

 よほど帝国の戦に関することが嫌いなのだろう。 苦々しげにマルレーネは遺言を口にする。

「そうだ、その遺言を掲げて皇帝はあっという間に、ギルバルトの骸からいくつもの武防具を作り出した。

 そいつを『守護』に使うのならまだ良い。タレイモアの強引な侵略から護ってくれたギルバルトのようにな。

 だが『繁栄』の為に、皇帝は武器を手に次々近隣の国に攻め入り始めた。

 オレは、あの遺言も、皇帝の嘘だと思っている、んだ……」

 カイルの異変は突然訪れた。猛烈な眠気がわき上がり、全身が重く、舌が思うように回らない。

 察したマルレーネが歩み寄る。

「今度は貴方が喋りすぎたみたいね。さっき飲んだ薬が効き始めたのよ。

 自分の部屋に戻りなさい」

「……くそ」

 カイルはもっと言いたい事が在ったのに、中断され毒づく。

 戻ろうと踵を返し、歩き出そうにも猛烈な睡魔に体は思うように動かない。

 右手を壁に当て、伝うように進んでいると、灯りを手にしていた左手を掴まれた。

「つかまって。部屋まで支えてあげるわ。

 そのままじゃ、通路で昏倒されて面倒になりそう」

 言いながら、マルレーネは灯りを取り上げ、自分の肩に掴んだ左手を回し、ふらつくカイルを支える。

「自分も、睡眠不足でフラフラのくせに……」

「何をもごもご言ってるの? 早く足を動かして」

 カイルの呟きはくぐもって聞こえなかったらしく、マルレーネは叱咤する。

 マルレーネの助けを借りてのろのろと歩き出し、途中何度か落ちそうになりながらも通路を進む。そして最後はマルレーネに引きずられるような状態で、カイルはもと居た部屋に帰ってきた。

 敷布の上に転がるように横になったカイルを、マルレーネは覗き込む。

 ぼやけたその顔を見上げて、カイルは言う。

「話の……」

「何?」

 聞き取れなかったのか、マルレーネは耳を近づけてくる。

「起きたら……話の……続きをしよう……」

 そこまで言って、カイルは眠りに落ちた。

 穏やかな表情で眠るカイルを見下ろして、マルレーネは深いため息をついた。

「帝国内じゃ、あんな話は出来ないものね……」

 呟くと、マルレーネは部屋の片隅で眠っていたドゥルーの鼻先をつついて起こす。

「ニャ? どうしたニャ? マム」

「ドゥルー、また出掛けてくるわ。

 彼は薬で夜まで目覚めないけれど、外へ出ないように見張っていて頂戴。

 居眠りしちゃ駄目よ?

 彼の薬が切れるまでには戻ってくるから」

「ニャ! わかったニャ! みはってるニャ!」

「じゃあ、行ってくるわね」

 マルレーネはマントの下からランプを取り出すと、灯りから火をとってランプを灯し、部屋を後にする。

 通路を戻り、動物達のいる部屋のさらに奥へ進む。先に見える微かな光に向かっていくと、ほどなく洞窟の出口へたどり着いた。

 洞窟の外へ出て、マルレーネは陽の光に目を細める。

 暗闇慣れし、さらに寝不足の彼女の目には、夏の日差しは少々きつかった。

 マルレーネはランプを吹き消すと、またマントの下にしまい込んだ。

 洞窟の周囲、鬱蒼とした森に目を向ける。

「また寝不足ね。昨日よりクマが酷くなっているじゃない。

 そんな状態で大丈夫なの?」

 突然、森の中から甲高い女の声がした。マルレーネは声のした方に顔を向ける。

「平気よ。これくらいなら支障は無いわ」

 マルレーネの返答に、大きな嘆息が漏れる。

「だから、反対だったのよ。

 あの男を助けてどうするの?

 帝国の奴なんて信用できない。戦龍の剣を持って逃げてしまう危険性が全く無いと言い切れる?

 何より、あの男に貴女は顔を見られた。

 事を成し遂げたいのなら、貴女の存在の露見は避けるべき事であったはずよ?」

「ムゥ……」

 苦言に、眉根を下げ困った表情でマルレーネは未だ姿を見せない相手の名を呟く。だが、ムゥは止めない。

「あの男は帝国の兵よ。どうせ、なにかしら血には染まっている。

 情けをかける必要なんて無い。

 見つけたあの時、剣だけ奪って放っておけば良かったのよ。

 そう、いっそ今殺して口を封じてしまえばいい。

 そうすれば、私達の事はどこにも漏れない」

「ムゥ!」

 残酷な提案に、マルレーネは責めるように声を強めて名を呼ぶ。

「…………出来ないでしょうね。

 貴女のその慈悲深さは命を与え、そして命を失わせる。

 私が代わりに殺した方が良い?」

 ムゥの言葉に、マルレーネは森の闇を睨みあげる。

「……殺す必要は無いわ。

 彼は、私達と同じよ。戦を忌み、止めたいと思っている。

 無為な殺戮は、帝国と同等の外道でしかないのは解っているでしょう?」

 また、大きな嘆息が響く。

「……情が移ったのね。

 何を吹き込まれたのか知らないけれど、良いわ。

 決めるのは、貴女だもの」

「ごめんなさい、ありがとう、ムゥ。

 さあ、次をやりましょう。今度は何処?」

「幸運な事に、次もこの近くよ。

 山一つ越えた処に大軍が潜んでいたわ。まあ、今までと同じ方法で大丈夫でしょう。

 今すぐ行く気?」

「ええ、彼なら薬で夜まで目覚めないわ。ドゥルーも見張ってくれている。

 今の内に片づけてしまいましょう」

 マルレーネの言葉が終わるや否や、彼女に巨大な影かかかった。

「行きましょう」

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