4.可愛げ
再び目覚めた時、今度は虎縞が一面に広がっていた。
「…………ドゥルーか」
横向きに寝ていた己の枕横で、ドゥルーが丸まって背を向けているのだった。
猫特有の臭気に顔をしかめつつ、カイルは体を起こした。
「お? 起きたかニャ、おはようニャ!」
また寝こけているものかと思ったが、今回は起きていたようでドゥルーは振り返って挨拶する。
カイルは小さくため息をつくと言った。
「おはようって、言われてもな。
こんな暗い洞窟じゃ、今、朝か夜かも判らないだろう」
この呟きに、ドゥルーは立ち上がると髭をピンと立ててカイルを見上げた。
「ニャニャ! ボクをバカにしてるんニャ?
ボクは子供だけれども、コトバの使い方くらいはマムに教えてもらってるニャよ!
『おはよう』は朝のごあいさつニャ! それぐらい、知ってるニャ!」
勘違いして怒るドゥルーに、カイルは頭を掻きながらまたため息をついた。
「いや……オレが言っているのは挨拶の言葉じゃなくて時間の事だ。
……ドゥルー、お前今が朝か判るのか?」
動物の野性的な勘や、体内時計で判るのだろうか、と思い立ち訊いてみる。
ドゥルーは得意げに笑った。
「そんなのわかってるニャ! 朝に決まってるニャ!
今さっき、外に出て朝ごはんの魚をとって食べてきたからニャ!」
「なんだそりゃ……」
何とも間の抜けた返事に、カイルは突っ込む。
だが、情報は有難い。
とりあえず今、朝だとすると最初に目覚めてから、ざっと一日経過したらしいという事だ。
(こいつ、おしゃべりが好きそうだな。案外使えるか?)
カイルは思案して、目の前にお座りしたドゥルーを見下ろした。
「なあ、ドゥルー、洞窟の外はどんな感じなんだ?」
試しに質問してみる。しかしドゥルーはぷいとそっぽを向いた。
「ニィーや、ダメダメニャ。
お前は外に出しちゃダメって、マムに言われてるニャ!
ちりょーがおわるまで、ゼッタイお出かけキンシニャ!
それに今のヨレヨレのお前が外に行ったら、すぐ森のオオカミにガブリってやられるニャ!」
(予防線は張られているか……?)
「解ってる。外へは出ない。
けど、外に出られないのがどれだけ退屈か解るだろう?
外の様子が、どんな感じかを教えてくれるだけで良いんだ」
カイルの言葉に、ドゥルーは髭をピクピクさせて、口をすぼめた。
「そうだニャ、雨でお外にいけない日はたしかにタイクツニャ」
「だろう? 頼むよ」
カイルは情けない声音をあえて出して、もう一押ししてみる。
「いいニャ、お外のようすくらいなら、ボクが教えてやるニャ!」
気を良くしたドゥルーは胸を張って、言う。カイルは内心やったと思いながら、訊く。
「じゃあ、洞窟の外はどんな感じなんだ?」
「今日はちょっとあつかったニャ。でも、森の中はすずしくてきもちよかったニャよ。
魚もたくさんとれたニャ」
やはり小さい子供の思考に近いドゥルーは、カイルが欲しい現在位置の情報とは何ら関係のない、己の日常を話し出す。
(うまく誘導して、訊き出していくか)
「……洞窟の外は森で、近くに川があるのか?」
「そうニャ。川でシカにあったニャ。
あいつらおくびょーだから、すぐにげちゃったニャけど」
「鹿は確かに臆病だな。
洞窟の外の森の近くに、人間は住んでいないのか?」
この質問に、ドゥルーはしばし首を左右に振って考えていたが、動きを止め首をかしげたまま答える。
「人間は近くにいないニャ。
人間の、いえ、とかいうものなら、木の上にのぼれば見えるニャけど」
「遠くに見えるのか?」
ドゥルーは「うぐるる」と喉を鳴らしながら、前足で顔を洗い出す。
「わかんないニャ。
マムにとおくに行っちゃダメと言われてるニャし。ボクもあんまりマムのそばをはなれたくないニャ」
(仔猫だから、行動範囲が狭いか……)
カイルは膝の上に肘をついて頬杖をすると、ため息をついた。
ドゥルーでは、情報は得られるものがない。
ふと最後に思い付いた事を訊いてみる。
「なあ、ドゥルー。マルレーネに仲間は居るのか?」
問いに、また首をかしげて考えていたが、じきに答える。
「ナカマはいっしょにいるトモダチニャ?
マムにナカマはたくさんいるニャ!」
「沢山居るのか……」
ある程度予測はしていたが、カイルは拳を口に当てて考える。
(だったら、この洞窟内にも仲間が居ると考えていいな。
山賊……じゃ、ないだろうな。今のオレの状況からして。
村々の自衛団とかの類だろうな、多分。あいつは薬師として参加してるってことか。
しかし、何だってこんな所に居るんだ? 何をしようとしている?)
考え込むカイルの様に気付かないのか、ドゥルーは続ける。
「でも、マムとイチバンいっしょにいるのはボクニャ!」
「ドゥルー、お前はマルレーネの事が本当に好きなんだな」
思考を邪魔され、多少の嫌味を含めてカイルは言った。
ドゥルーは嫌味などに全く気付かず、言葉通り受け取ったようで、カイルを見上げてにんまり笑う。
「大好きニャ!
だってマムのおかげでボクはシアワセニャ!」
その愛情溢れる一言に、カイルは引っ掛かる事を思い出した。
「ドゥルー、お前はどうしてマルレーネと一緒に居るんだ?
雷獣の親はいないのか?」
質問にドゥルーは耳を伏せ、目を細めた。なんだか泣きそうな顔になる。
話したくない事に触れたのか、とカイルは気まずい思いが込み上げてきた。
「その……悪い。言いたくないなら……」
口ごもりながら言うカイルを遮って、ドゥルーは話し始める。
「ホントのマムは、カジャのやつらにつかまって、つれていかれたニャ。
ボクはきょーだいとかくれてたから、つかまらなかったニャけど、オナカがすいてボクいがいはみんな死んじゃったニャ。
ボクも死にかけたニャけど、マムに助けられたニャ」
言い終えると、重い沈黙が続く。
「悪かったな、辛い事を思い出させて」
謝罪をして、カイルはうなだれるドゥルーの頭を撫でた。
ドゥルーは気持ち良さそうに目を閉じると、ぱたぱたと尻尾を振る。
「随分とドゥルーと仲良くなったのね?」
顔を上げれば、再び盆を手にしたマルレーネが部屋に入ってきていた。
朝だというのに、これまたやけに眠そうな顔で歩み寄ってくる。ドゥルーが駆け寄り、彼女の足にすり寄って甘える。
「朝ご飯よ」
告げるとカイルに盆を手渡す。
盆上には今回はパンが二枚とマッシュポテト、スクランブルエッグの入った器と水の入った器が載っていた。
昨日のマルレーネとのやり取りを思い出し、不機嫌な表情をあえてしてカイルは盆を置いた。
「いただきます」
側に座りこちらを見ているマルレーネを一瞥し、ぶっきらぼうに言うと食事を始める。
パンは昨夜と同じ物らしく、一晩経って香ばしさは無くなっていたが、まだ柔らかかった。
マッシュポテトはイモの甘みを引き出すほどよい塩味が効いている。スクランブルエッグもパン同様、久々の味だ。日持ちしない卵など戦場で口に出来るはずも無く、戦に駆り出される前に食べたきりだった。
うまい、とは思ったが表情には出さず、食事を続ける。
マルレーネは黙ってひざに乗せたドゥルーの背を撫でながら、カイルの食事をじっと見ている。
何を考えているのか解らないが、この食後もまたあのくそ苦い薬を有無を言わせず飲ませるつもりなのだろうと思うと、静かに怒りが込み上げてくる。
やがてカイルは水を残して完食する。
「ごちそうさま」
食べ終え、スプーンを置くとマルレーネがマントの下から革袋を取り出した。
露骨に顔をしかめてみせるカイルを他所に、革袋の紐をほどき、口を開いて手を突っ込む。
(……あれ?)
革袋が液体用の栓が付いていない物だという事に気付く。
袋から出したマルレーネの掌には、指先ほどの緑色の玉が一つ載っていた。
「……アメ玉か?」
昨夜のことを蒸し返して、バカにしているのか。という思いをにじませてカイルは低い声で言う。
「違う。痛み止めの薬よ、飲んで」
即答してマルレーネはカイルの手に丸薬を載せた。カイルは丸薬を見て、そしてマルレーネの顔を見た。
「……もしかして、昨日の事で水薬を丸薬にしてくれたのか?」
「良い薬でもあそこまで拒絶されて飲んで貰えないんじゃ、意味が無いでしょう?
貴方には早く治って貰って、剣を渡してもらわないといけないし」
表情を変えず淡々と言っているが、恐らく薬の作成に徹夜でもしたのだろう。よく見れば瞼が腫れていた。
「……何だ、可愛げ在るじゃないか」
ポツリと言った呟きに、マルレーネは唇をきゅっと結び、眉間にしわを寄せた。
「早く飲まないと、前の薬が切れる前に効き目が出ないわよ?」
「分かったよ」
きつい言葉は照れ隠しと推察してカイルは頬を緩めると、丸薬を口の中に投げ入れた。
含んだ瞬間は苦いと感じるが、残していた水で一気に流し込む。水薬対策で残していたのだが、丁度良かった。
飲み込んで大きく一息つくと、器を盆に載せる。
「やっぱり薬は飲みやすいやつに限るな」
カイルの言葉にマルレーネは小さく笑うと、盆を引き上げて立つ。
「じゃあ安静にしていて」
安静の言葉に、カイルは昨晩落ちる前に考えていた事を思い出す。背を向けて去ろうとするマルレーネに声をかける。
「マルレーネ、今飲んだ薬、痛み止めだけじゃなく眠り薬も入ってるんじゃないのか?」
答えてくれるかどうか解らないが、問う。
マルレーネは足を止め、銀色の髪を揺らして頭だけ振り返る。
「ええ、勿論入ってるわ。
退屈しのぎに動き回られたら、傷の回復が遅れるでしょう?
でも、今回の丸薬は溶けるまでに時間がかかるから、所用を済ませるなら今の内よ」
さらりと言い放つと、マルレーネは部屋を後にした。
(それって薬で拘束してるのと同じだよな)
薬を改良してくれたのは有難かったが、新しい事実にそれは相殺され、カイルは深く嘆息した。
しばらくそのまま座っていたが、やがてのろのろと立ち上がった。
「どこに行くニャ?」
敷布の端で丸まっていたドゥルーが見上げて問いかけてくる。
「……小用だよ」
一言だけ告げると灯りを手にして、首をかしげるドゥルーを残し、部屋を出る。
左奥の例の小部屋へ行き、用を足し、帰ろうと踵を返す。
脇の岩に置いていた灯りを手にしようとした時だった。カイルの前にまた昨晩のキツネが現れた。
「……? お前……」
昨晩と違って今は包帯をしていない。カイルと目が合うとまた唸り始める。
「お前、何やってるんだ?」
触ろうかどうしようか迷っている内に、キツネは身を翻し、尻尾を引きずりながら逃げ出した。
別にそうする必要も無かったのだが、カイルは灯りを取るとキツネの後を追っていった。
自分が居た小部屋の前を通り過ぎ、先へ進む。
そして昨晩マルレーネと出会った場所で道は右に曲がり、その先はさらに続いていた。
キツネはしばらくすると左に顔を向け、ふっと姿を消した。
(消えた?)
キツネが消えた場所まで近づくと、左側からかすかに灯りが漏れていた。
さらに近づき、そっと覗いてみるとそこにはカイルが居た部屋とほぼ同じ広さの部屋があった。
小さな灯りが、部屋の中に横たわるもの達の姿をぼんやりと照らし出す。
そこにはウサギや鹿など、数頭の獣が横たわっていた。よく見れば、皆あちこちに包帯を巻かれ傷の治療を受けている。
動物達の奥でこちらに背を向け、屈んで何かをしている人物がいた。
(誰だ? マルレーネか?)




