3.薬
どれほど眠っていたのかは解らないが、カイルは目覚める。
「ん……」
次に目が覚めた時も、眠る前と変わらない洞窟の中だった。
変わった点と言えば、胸の上に乗っていたドゥルーが、カイルが寝ている敷布の端ギリギリの所で丸まって寝ていた。
(役目、果たしてねぇ……)
胸の内で毒づいてから、小さく笑いを漏らした。起き上がって岩の上の灯りを見てみると、器に入った灯油が先ほどの半分に減っていた。
(つけっぱなしにしていたから、ずいぶん減ってるが……、多分一日も経っていないだろうな)
薬もまだ効いているらしく、痛みも無い。
さて、どうしたものかと思案していると、不意に尿意を感じる。
二日以上眠ったきりで食事もしていないのに、飲まされた薬のせいだろうか? 意識してしまうと、どうにも我慢が出来なくなってくる。
カイルはドゥルーを起こさないように、ゆっくり立ち上がる。
今いる部屋は広いものの、流石にここではしたくない。
「外に、行くか……」
カイルは岩の上の灯りを持つ。
ふと、視線を巡らせ室内を見ると、眠りに落ちる前と同じ場所に、戦龍の剣が立て掛けてあった。
安堵の吐息を漏らすと、剣を取る。
「契約違反はしない、か」
彼女なりに約束を守っているようだ。
(悪い奴ではなさそうだけど……妙な所もあるしな)
部屋の出口を見やり、考える。
(ここに何があるかも解らないしな)
カイルは剣を携え、部屋を出る。
通路は左右どちらにも伸びていた。灯りが小さいために、かざしてみても周囲しか照らされず、先は見えない。
「どっちが外だ?」
しばらく左右を見比べていると、肌で左から空気が流れてくるのが解った。
風が入ってくる方向が出口だろうと、左に向かって歩き出す。
夏だというのに、洞窟内の気温は低く、上着を着ていない身には少し肌寒かった。
それでも小さな灯りを頼りに、岩だらけの洞窟を進む。
緊張と静寂から、自分の足音と呼吸が異様に大きく聞こえる。
進むごとに感覚が妙に鋭くなっていくのが解った。だからだろうか、背後から誰かに見られている感覚を覚え、振り返る。しかし、そこには何もいない。
考えすぎだと思い直し、歩みを進めても一度取り付いた視線と気配は、気味が悪いほどに背中に乗っかってくる。
「くそ、どこまで続いているんだ……」
終わりに見えない闇に、カイルは焦燥を覚えて呟いた。
刹那、前方から物音が聞こえる。 カイルは剣を向け、身構えると灯りを先にかざしてみる。
前方の闇から現れたのは、一匹のキツネだった。胴に包帯を巻かれたキツネは、よろよろしながら闇の中から歩み寄ってくる。
「なんだ……こいつ?」
見つめていると、キツネもカイルに気付き、少し後退しながら牙を剥いて威嚇を始めた。
「お前も、マルレーネの手下か」
ドゥルーの件もあったので、声をかけてみるがキツネは唸り声をあげるだけだった。近づけば咬みついてきそうな感じだ。
どうしたものかとカイルが顔を上げた途端、目の前に光が現れた。
驚いて暗闇に慣れていた目を一瞬細め、視界を定める。
「……何をしているの?」
光の向こうから、マルレーネの声が響いてくる。
「マルレーネ?」
正面にはランプを持ったマルレーネが立っていた。彼女はカイルに冷ややかな視線を向けてくる。
「絶対安静の怪我人が、何故、剣を持ってうろついているの?」
静かだが、強い怒りが言葉から伝わってくる。
剣を持って外へ出ようとしていたのだ、約束を破棄して逃げ出そうとしたと取られても仕方ない。
カイルは慌てて弁明する。
「違うぞ。逃げ出そうとしたんじゃない。
目が覚めたら、もよおして部屋でするのもなんだろ?
外へ行ってしようかと思ったんだ。
剣は不安だったから持っていただけだ」
「言い忘れていたわ。
用を足すのなら、貴方が寝ていた部屋から右に少し行った所の左に使っていない小部屋があるわ。
そこを使って頂戴」
つっけんどんに言い放たれ、カイルは肩をすくめた。
「解ったよ。
所でキツネが入り込んでいるぞ」
足元にいるキツネを指で差し示すと、マルレーネは視線を落とした。
「ラナン、貴方も脱走したわね」
マルレーネが声をかけると、キツネは彼女を見上げて尾っぽを軽く一振りさせた。
「なんだ、やっぱりこいつも君のペットか」
「ペットとか、そういうのじゃないわ」
「じゃあ、友達だとでも?」
からかって言った一言に、マルレーネは柳眉を吊り上げて睨んでくる。
「余計な事を言わずに、すべき事をして部屋に戻って寝てなさい」
「……ハイハイ」
少女を見下ろし、カイルはため息まじりに返答すると、来た道を戻り言われた小部屋で用を済ませると、寝ていた部屋に戻る。
ドゥルーは相変わらず、眠りこけていた。
灯りと剣を元在った場所に戻すと、また横になる。眠くはないが、これ以上誤解を招かぬように大人しくした方が良さそうだ。
横になっていると、やがてマルレーネがやって来た。見上げると、手に盆を持っている。
「食事よ。食べれるでしょう?」
起き上がり、眼前に差し出された盆の上を見ると、切り分けられたパンが二切れと野菜の入ったスープが乗っていた。
食べ物を目にした途端、急に空腹が呼び起こされカイルの腹の虫が鳴いた。
「胃袋は元気そうね」
笑みを浮かべてマルレーネは言う。照れから、カイルは無言で盆を受け取った。
床に置くと早速パンを手に取ってみる。
(……柔らかいな)
正直、こんな所で出されるのだから、日持ちのする堅パンの日が経った物かと思ったが、予想と異なり、手にしたものは焼きたてらしい。
かじって口にしてみると、香ばしい小麦の香りがした。
戦に駆り出されてから、ぼそぼその堅パンの日々が続いていたカイルにとっては、久々の味だった。
パンをうまいと思うと、あっという間に一切れ平らげてしまった。勢いがつくと手は止まらず、スープと残ったパンも一気に腹の内におさめていった。
「ごちそうさま」
少し物足りない感じではあったが、食べ終え一息つくとカイルは告げる。
側に座って食事を黙って見ていたマルレーネが、その一言と同時にまた例の薬袋を取り出した。
薬袋を見るや、カイルの口にあの途方もなく苦い味が蘇り、顔をしかめた。
「嫌そうな顔をしても、飲まないと治療にならないのは解っているでしょう?」
こちらの心情を察しても、マルレーネは容赦なく薬袋を手渡してくる。
「苦いのが嫌ならば、一気に飲んでしまえばいいのよ」
「一気に飲んでも、この後味の悪さはどうしようもないだろう。
……薬は君が作っているんだろ?
もう少し味をどうにかして、飲みやすく出来ないか?」
カイルは抵抗してみるが、マルレーネは無表情のまま答えた。
「余計な物を入れると効き目が落ちるから、それは無理ね」
「ちょっと落ちる位なら、そっちでいいから無理とか言わずにやってくれよ。
いくら良い薬でも苦過ぎて、毎回飲むのは精神的に苦痛だ」
更なる抵抗にマルレーネはふっと一息つくと、マントの下から手を出した。
掌の上には、小さな紙包みのアメが二つ乗っていた。
「今回はこれをあげるわ。薬を飲んだ後に嘗めなさい。
甘い物が嫌いとか言うのなら、もうどうしようもないけれど」
言いながら、カイルの空いた手にアメを乗せる。少しムッとしながら、カイルは掌のアメを見下ろす。
「オレは子供か……?」
呟きに、小さくマルレーネが笑った。目を細めて楽しげに。
「子供でしょう?」
言われた瞬間、カイルはマルレーネを睨んだ。
「オレよりもずっとチビで子供のお前に言われたくないな!」
怒鳴ると薬袋の封を開け、一気に薬を飲み込む。そして薬袋とアメ玉をマルレーネに突き返し、カイルは背を向けて横になった。
カイルとは反対に寝ていたドゥルーが今の怒鳴り声で起きて、不機嫌な顔を上げた。
「うるさいニャ!」
一声叫ぶと、また頭を落として眠り始める。
マルレーネはため息をつくと薬袋とアメをマントの下にしまいこみ、盆を手に取って立ち上がる。
「それじゃ、お休み」
淡々と告げると、マルレーネは部屋を出て行った。
(くそっ、生意気なガキんちょめ!
もう少し可愛げってものを持てよ!)
カイルは声に出さず、心の中で激しくマルレーネに毒づく。口の中に残った苦みで余計にムカムカしてくる。
(せっかくのパンの味が台無しだ)
ふと自分の考えに、気付く。
(そういえば、さっき食べたパンは焼いてから、あまり日が経っていない感じだったな。
こんな所でパンを作れるわけでなし、もしかして近くに村でもあるのか?)
寝返りをうって仰向けになると、腕を後頭部で組んで頭を支えて天井を見上げ、考える。
(この洞窟はどの辺に在るんだろう……。
オレ達の部隊が居たのが、フィリナームの南東の森ガウパだった。
近隣の村は確か……三つ。その近辺だろうな)
軍に居た時見た地図の記憶を手繰り、推測する。
(第四大隊はガウパの森の中央に駐屯していた。
村は、どれも広い森の端に点在してたよな……だとすると、随分とオレは逃げ回ったんだな。
チビのマルレーネが大人のオレを長距離担げるはずがない)
そこまで考えて、込み上げてきた眠気に大きくあくびをした。
(それとも、マルレーネの仲間が居て、オレを運んだのか?)
考え事を続けるカイルだったが、どうにも眠気は強くなってくる。頭を振って眠気を払おうとするが、猛烈な眠気に目は閉じかけていた。
(何なんだ……この眠気は。
前も薬を飲んだら、一気に落ちたな……。
あの薬、痛み止めだけじゃなく眠り薬も、入ってるんじゃ……)
懸命に眠気と戦ってみたが、ここまでだった。
カイルのまぶたは完全に閉じ、深い眠りへと誘われていった。




