15.事後
次に目を覚ました時には、カイルは古びた山小屋の片隅でわらを積んで作られた寝床の上だった。
「……ここは?」
上体を起こして室内を見回すと正面の右隅の天井が一部壊れていて、そこから陽が差し込み、既に昼であると分かった。
室内には誰も居らず、自分一人だと分かるとカイルは一つ息をついた。
「マルレーネ達は何処へ行ったんだ?」
呟いても返事は無い。不安な気持ちを紛らわそうとカイルは気を失う前に負傷していた箇所を触り、確認する。
服は破れたままだったが、腹部と両腕の傷はすっかりふさがっていた。
動かすと多少の違和感はあるが、痛みは無い。
カイルは大きく肩を落としてため息をついた。
「全く、最初から最後まで助けられっぱなしじゃないか」
「だったら、あの時潔く玉砕して死んでしまえば良かったのに」
自嘲の呟きを漏らしたカイルに頭上から女の声が降ってきた。
驚いたカイルが顔を上げると、先ほど見た屋根の壊れた所からあの三つ目のフクロウが逆さまにこちらを覗き込んでいた。
「うわっ!?
お前、確か、あの時の……」
「ムゥ、よ」
瞳孔を細めて後ずさるカイルを馬鹿にしたように見下し、名乗る。
マルレーネが何度か名を呼んでいたので知ってはいたが、ムゥも人の言葉を放せると判って驚いたのだった。
「私はね、最初からお前を助けるのに反対だったのよ。
武具奪還の邪魔になると分かっていたから。
案の定、お前は洞窟を出て行った後にすぐ帝国兵を連れて戻ってきた。恩知らずにも程があるわ。
今、私が殺してしまおうかしら?」
言うと、ムゥはくちばしをカチカチ鳴らす。
カイルが身構えると、ムゥの顔の脇からゼスセルが現れ、室内に入ってくると床に下りて鎌首をもたげてムゥを見上げた。
「止めんかムゥ。
確かにこの若者は今回の事件の元凶じゃが、おおもとは我らの主殿の慈悲深さ故じゃ。
そこの所は我らとて承知の事だろうに。細々と文句を言うな。
何よりこの若者、中々見どころが有るぞ。
まあ、遺跡の中の戦いを見ておらぬお主には解らぬかの?」
「ふん、解りたくも無いわ」
ムゥは言い捨てると頭を引っ込めて姿を消す。
ゼスセルはやれやれと呟いて、二股に分かれた舌をちろりと出した。
振り返ったゼスセルは赤い目をカイルに向けて、言う。
「自己紹介がまだだったの。
儂はゼスセル。古き時よりクーラと共に生き、クーラの守護獣となった『幻蛇』という種族じゃ。
カイル、先だっては我が主マルレーネを助けてくれた事、儂は感謝しておるよ」
ゼスセルの言葉にカイルは頭をかいた。
「いや……あの時にも言ったけど、オレは何も……」
「いいや、ドゥルーがあの場所へたどり着いてからはお主が居なければ、どうにも出来んかったじゃろう。
頭に血が上ったドゥルーの事は、儂も後で聞いたがいきなり奴らの一人を雷撃で倒したそうじゃな。
その様に先走ったドゥルーだけでは、奴らにすぐ殺されていたじゃろう。
儂はあの時、外の者を一掃しておって内にはすぐに行けなかったからの。
ドゥルーと共にお主が戦ってくれた事で、マルレーネは守れたのじゃ」
優しく諭すように告げるゼスセルを見上げて、カイルはふっとため息をついた。
「オレは、役立てたのか」
「そうじゃ」
独り言のように呟いたカイルに、ゼスセルは満足げに目を細める。
「それでゼスセル、あの後エドガー達は……」
一応勝利した所までで事後がどうなったのか、気になったカイルは訊く。
ゼスセルはふむ、と声を漏らして考えると言う。
「奴らの最後か。
あまり気持ちの良い話ではないだろうが、それでも聞くのか?」
問いに迷ったが、己の今後に関わる事柄である。カイルは頷いた。
「頼む」
「よかろうて。
あの主殿を狙っていた連中、首魁と共に遺跡の内部に入った者達は儂が皆、殺した。主殿は殺人を厭うておったが、逃せば我々の身が危うくなるでな。
亡骸は遺跡を墓として安置して封じた。
首魁どもの亡骸は帝国の者には見つけられまいよ。
外に居た者の亡骸はムゥが離れた川へと捨ててきた。いずれ、川下か海で発見されるじゃろう。
馬も儂とムゥが川に追い立てて落とした。まあいくらかは森に逃がしてやったがの。
痕跡を残して帝国の者にたどられては元も子もないのでな」
「……随分と手慣れていないか?」
思わずカイルは口に出して言っていた。
この一言にゼスセルも思う所があったらしく、目を細めてちろりと舌を出した。
「主殿を狙う輩を何度も排している内に、いつの間にやら、だな。
やれやれ、儂も人間臭い思考になったもんじゃよ」
彼は今までマルレーネをずっと守ってきたのだろう。
元々魔獣、幻獣は人間の倫理や常識などとはかけ離れた考え方をしているはずだ。
だが、ゼスセルは口ぶりからして長く生きているのだろう。それで人間臭くなったと思われた。
カイルは笑いを漏らした。
ここで左側にあった穴だらけの木扉が軋んだ音を立てて開いた。
ドゥルーが外から勢いよく走って入ってくると、カイルの方を見てにまっと笑った。
「カイル、起きたかニャ!」
言うとカイルの方へ走ってきて飛びついた。カイルは驚きながらもドゥルーを抱きとめる。
ドゥルーは膝の上に陣取るとゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
「起きていたのね」
声に顔を上げると、薬草を抱えたマルレーネが扉の側に立っていた。
洞窟で見た眠たげな半眼で不愛想な彼女の顔を見て、カイルは安堵の表情を浮かべた。
マルレーネはカイルの方へと歩み寄ってくると、途中に居たゼスセルの隣で足を止め白蛇を見上げて言った。
「ゼスセル、カイルと何を話していたの?」
「いや、何。
お主は主殿を守ってよく戦った、と言ったのじゃよ」
「他には?」
「それだけじゃ」
飄々と答えるゼスセルをマルレーネは半眼でじっと見つめる。
「本当に? 貴方はいつも余計なお喋りをするから……」
何度もそのお喋りで迷惑を被ったのだろうか、マルレーネはゼスセルを見続ける。カイルは気を遣って言った。
「いや、ゼスセルの言っている事は本当だ。
最初の方はムゥもいたから、ムゥに訊けばわかるはずだ」
この言葉にようやくマルレーネはゼスセルから視線を外し、カイルの方を見た。ため息をついてマルレーネは口を開く。
「貴方がそう言うのなら、信じてあげるわ。
ムゥはさっき私と入れ違いで食事に行ってしまったし」
淡々と告げるとマルレーネは左壁につけて置かれた小さなテーブルに薬草を置いた。そしてテーブルに置いていた革袋をカイルに渡してくる。
「水よ。飲んで」
寝起きで喉が乾いていたカイルは言われるまま栓を抜いて、水を含んで口を湿らせる。
マルレーネはそれを見ながらテーブルの下に押し込まれていた背もたれの無い丸椅子を引っ張り出して、カイルの方を向いて座った。
「それより、調子はどう?痛みは無いかしら?」
「ああ。今の所は別に何とも無い。
けど痛みがぶり返したら、またあの苦い薬を飲むのか?」
問いに答え、例の強烈に苦い薬の味を思い出してカイルは顔をしかめた。
「心配いらないわ。今回は前の時と違って、私がクーラである事を隠す必要も無いし。
痛みが出れば、クーラの力を使って治療してあげるわ」
「そうとも。
あの時のように眠り薬で眠らせたお主を、儂が隠れて見張る必要も無いしのう」
マルレーネに続いてさらりと告げたゼスセルを、カイルは半眼で見上げる。
「見張っていたのか?」
「左様。ああ、いやいや、そうむくれた顔をするな。
何しろお主は帝国兵であったし、目覚めてすぐマルレーネに剣を向けた。
寸前で止めたものの、お主を信用できぬと判断した儂はずっと姿を消してお主を見張っていたのじゃ」
(そうか……洞窟をうろついていたあの時、異様にのしかかってくる視線はゼスセルだったのか)
申し訳なさそうに弁明するゼスセルの告白を聞いて、納得したもののカイルは片手でこめかみを押さえる。
出会った時、マルレーネを傷つけていたらこの白蛇は間違いなく自分を殺していたのだろうと解った。
げんなりした表情でため息をつくカイルにゼスセルは慌てて付け加える。
「いやいや、確かに儂はお主を見張ってはいたが、それは戦龍の剣を持ち逃げされぬ様にな……」
「ゼスセル、止めておきなさい。
どう言った所で、戦龍の武具を奪還する為に様々な事をしてきた私たちの言葉では、あの時カイルが容認できない行動をしていたら殺していた、としか聞こえないわ。
実際、そうだったんだから」
自嘲を含んだマルレーネの言葉に、カイルとゼスセルは彼女を見る。
マルレーネはカイルを見つめると、悲しげに微笑んだ。
「ごめんなさいね。
結局は私自身の考えが甘くて愚かだったのよ。
勝手に貴方を助けておいて、その命を天秤にかけた。
そして結果的に私達の戦いに巻き込んでしまったわ。
本当にごめんなさい」
アメジストの瞳を少し伏せ、真摯に謝るマルレーネにカイルは静かに首を横に振った。
「いいや、いいんだ。
君がオレの命を助けてくれた事は感謝している。
君がそうまでしてギルバルトの体から造られた武具を奪い返そうとしていた理由も、今は解っている。
だけど……一つ、確認させてくれ。
君が血まみれで帰ってきた夜、一体何があったんだ?
エドガーは君が武具を奪う為に、大隊長を殺していると考えていた。
けど、それは真実じゃないんだろう?」




