14.戦闘
「お前ら、何をしている!」
見張りが倒れた音に気付いた覆面の一人が振り返り、怒鳴る。
「ドゥルー、彼らをお願い」
「ニャ! まかせるニャ!」
マルレーネに元気よく答えると、ドゥルーはこちらへやってくる覆面に向かって走り出した。
覆面は剣を抜き取ったが、ドゥルーの姿を確認すると剣でなく足でドゥルーを蹴り飛ばそうとする。
一見、ただの猫と判断してそうしたのだろうが、ドゥルーは猫ではない。
覆面に蹴られる直前に、ドゥルーは雷をまとい光り出す。
覆面の足が当たるより先に、ドゥルーの体から迸った雷が足に絡みつき、一瞬にして体をかけ上がった。
悲鳴を上げて硬直し、覆面の体がゆっくりと倒れていく。ドゥルーはその下を駆け抜けて、角の周囲に集まっている者達に突っ込んでいった。
「雷獣の仔か!」
ロックがドゥルーの正体に気付き、叫ぶ。
ドゥルーの素早い動きに慌てた覆面が剣で斬ろうとしたが、剣を伝い上がった雷撃に気絶し倒れた。
エドガー達の間を駆け回り、翻弄するドゥルーに胸中で応援しつつ、カイルは振り返って背後の倒れた覆面を見下ろす。
覆面のマントがめくれ、ベルトに小刀が吊るされているのを発見しカイルはそのまま後退して、覆面に近付きしゃがんだ。
しかし、小刀はカイルの指が届く位置より下にある為触れる事すら出来ない。
「クソッ」
カイルは前方の騒ぎを睨みながら焦る。
ドゥルーがエドガー達を足止めしてくれている今がチャンスなのだ。
小刀に手が届かず、悪戦苦闘している内にカイルはバランスを崩し、横に倒れそうになった。
後ろ手に縛られている今倒れては時間を無駄にしてしまうと慌てたが、すぐにマルレーネが下がってきてカイルの体を支えた。
「貴方じゃ無理よ。退いて」
体勢を立て直し、カイルが立ち上がって場所を空けるとマルレーネがしゃがみこんだ。
後ろ手で小刀の柄を掴むとマルレーネはあっさりと鞘から小刀を抜き取った。
「このまま私が縄を切るわ。向こうを向いて」
「分かった」
マルレーネの指示にカイルは素直に従い、背を向ける。
マルレーネは両手を使って小刀を持ち直し、刃を上にして握った。
そして彼女もカイルに背を向けると、振り返って距離を確認しながら後退して背中合わせになる。
マルレーネの頭が背中に当たり、カイルは少しかがんで高さを調節する。
「捕虜が何かしているぞ!」
二人の動きに気付いた覆面が言う。
カイル達に近い覆面二人が駆け寄ろうとするが、ドゥルーが行かせまいと覆面達の足元を走り抜けて阻む。
運悪く、ドゥルーにかすめられた片方が悲鳴を上げてまた倒れた。
「マルレーネ、急いでくれ」
「急かさないで」
マルレーネは冷静に返事をすると、片手でカイルの手に触れる。
お互いの手を触れて確認し、マルレーネはカイルの手を縛る縄を掴み持ち上げて、隙間に小刀を差し込んだ。
「切るわよ」
「ああ」
カイルの返事にマルレーネは小刀を体を使って一気に動かし、縄を切った。
切っ先がカイルの腕をかすめたが、カイルは気にせず両手を左右に引く。
縄がほどけ、両手が自由になる。
マルレーネが離れると、カイルはそのまま前方へ走り出す。
カイル達の前には先ほど放置された戦龍の武具がある。
カイルの目的に気付いた覆面が阻止しようと向かってくるが、ドゥルーがその前に回り込み覆面の足を止める。
カイルは駆け抜けざまに剣の一つを掴み取ると、両手で持ち直して構え覆面に突っ込んでいった。
両者の間に居たドゥルーは覆面の方へ走っていき、足元をすり抜ける。
ドゥルーをかわそうとした覆面はカイルの攻撃に対して構えが取れぬまま、剣で胸を斜めに斬られた。
黒装束の下に着こんでいた鎖かたびらすら斬って、戦龍の剣は覆面の体に傷を刻む。
斬られた覆面が倒れると同時に、その脇からもう一人がカイルに斬りかかってくる。カイルはその攻撃を剣の腹で防ぎ、二人は剣で押し合う。
「カイル、離れて!」
マルレーネの叫びが後方からかかる。
それに従って覆面の剣を押し返して身を離した途端、再び雷光が迸った。
「がぁっ!」
覆面は苦悶の呻きを漏らして倒れる。
倒れた覆面の胸の上へ勇ましげにドゥルーが飛び乗った。
カイルが正面に視線を向けると、角の側にはエドガーしか居なかった。
ロックと覆面の最後の一人を探して見回すと、カイルを迂回してマルレーネの所へ駆けていく所だった。
「マルレーネ!」
未だ手を縛られているマルレーネは懸命に走って逃げようとするが、すぐにロックに捕らえられた。
「ギャンッ!」
マルレーネを助けに行こうと足を踏み出そうとしたカイルの隣で、唐突にドゥルーが鋭い悲鳴を上げる。
見れば、ドゥルーは覆面の上から転がり落ちて脇腹に小刀が刺さっていた。
カイルは即座にエドガーの仕業と悟り、そちらを向いて身構えた。
エドガーは再びカイルに嘲笑を向ける。
「さあ、君の味方は居なくなりましたよ?まだ抵抗しますか?」
カイルは剣を構えたまま、ちらと後方を見た。
ロックに捕らえられたマルレーネは暴れて抵抗しているが、逃れられそうにもない。
だが、カイルはここで諦めるつもりは全く無かった。
従ったところで連中は自分達を殺すだろう。なら最後まで見苦しく足掻いてやる、と思っていた。
考えるカイルの後ろで、ロックが覆面にマルレーネを渡そうとする。
「うっ!?」
不意に覆面は奇妙な声を上げると、その場で固まった。
ロックとカイルが覆面に視線を向けると覆面の体はゆっくりと傾き、うつ伏せに倒れた。
「おい!? どうした!?」
予期しない事態にロックが声を荒げて覆面に言う。
しかし倒れた覆面はピクリとも動かない。
「全く、おちおち食事にも行けぬわな、主殿」
突如しゃがれた男の声が響いた。
カイルとロック、エドガーの三人が周囲を見回し、声の主を探す。
だが灯りが届かぬ闇の中にでもいるのか、姿は見えない。
マルレーネがふっと不敵に微笑むのをカイルは見た。
「遅い出番ね、ゼスセル」
「遅くなったのはムゥの怪我と、外の連中のせいじゃな。
儂だけで全員倒してきたんじゃ、少々くらい目をつぶりなされ」
「なっ……!?」
外に居た覆面達を一人で倒したというゼスセルの言葉に、ロックが目をむいた。歯ぎしりすると、マルレーネの首に剣を突き付けて言う。
「何処に居る? 出てこい。
出てこないならば、お前の主を殺すぞ?」
務めて冷静な口調で言うが、言葉の端々に怒気が滲んでいる。
「儂なら、お前の目の前に居るわな」
そんなロックをからかう様にゼスセルは飄々と返す。
ロックは己の正面を睨むが、倒れた覆面とカイルの背しか見えない。
「ふざけるな! 何処に居る!」
苛立ち怒鳴るロックに対して含み笑いが漏れる。周囲を見回しゼスセルを探すロックに再び声だけが届く。
「残念じゃが、お前は儂の姿はもう見れぬ。さらば」
言い終えた瞬間、ロックの背後に鎌首をもたげた巨大な白蛇が牙をむいて現れた。
カイルが思わず声を上げ、その視線に気付いたロックが振り返ろうとしたが、それより先に白蛇の牙がロックの首に深く突き立てられた。
「ぐがぁぁっ!?」
ロックは絶叫し、手にしていた剣を落として痙攣した。ゆるんだロックの腕からマルレーネが逃れると、白蛇ゼスセルは首から牙を抜き取る。
絶命したロックの体が床に崩れ落ちる。
ゼスセルはその蛇体でマルレーネを囲いながら、カイルの方を見て言った。
「若者よ、来おるぞ」
忠告に視線を戻しエドガーの方を見ると、小刀がカイルに向かって飛んでくるのが見えた。
とっさに体をずらし、小刀はカイルの服をかすめただけで済んだ。
小刀をかわすとカイルはエドガーに向かって走り出した。エドガーが再び小刀を投げる。
駆けながら進む方向を横にずらし、小刀をかわしたカイルの動きを読んでいたのか、間断なくもう一本の小刀が迫る。
「くっ」
カイルは身をひねってかわそうとしたが、間に合わず小刀は右肩をかすり血が散った。
痛みに一瞬目を閉じたが足を止めず、エドガーに突っ込む。
先ほどの小刀が最後だったらしくエドガーは目前に迫ったカイルを迎え撃とうと剣を抜き取った。
カイルは勢いをつけたまま剣を振り上げ、エドガーに向けて振り下ろす。
「やあっ!」
エドガーは老身ながらカイルに力負けせず、剣を受け即座に力を横にずらさせて剣を離した。
普通の剣では、先ほど鎖かたびらすら両断した戦龍の剣とまともにぶつかれば折れると察したエドガーはカイルの攻撃を何度もさばき、力を流していく。
剣術の腕はエドガーの方が上だったが、剣を折られまいと守勢に回っている為カイルに押され、じりじりと後退し始めた。
エドガーの背が角に迫った所で、カイルの剣が急に弱まった。
左腕を斬られ右肩を負傷し、血を流したまま戦っていた為に血を失い両腕の力が弱ってきたのだ。
「はぁっ!」
カイルの攻撃が緩むとエドガーはその剣をかわし、鋭い突きを繰り出しカイルの左胸を狙う。
一撃で決着をつけようとしたのだ。だがカイルは左腕を上げて、胸をかばった。
殺されてなるものか、という執念が腕を犠牲にするという行動になって表れたのだった。
エドガーの剣が腕に突き刺さり、骨で止まった。
カイルは剣を受け止めたまま、エドガーに対して右腕だけで剣を下から振り上げた。
エドガーは剣を引き抜き後退しようとしたが、刀身に戦龍の剣がぶつかり火花が散った。
戦龍の剣が振り切られた後、エドガーの剣は半分以上刀身を断ち切られ、乾いた音を立てて床に落ちる。
折られた剣の柄を投げ捨てると、エドガーは身をひるがえして角へと駆け寄った。
カイルが逃すまいと追って近づくと、エドガーは足で角を押した。
引き抜かれて祭壇から下ろしやすいようにずらして置かれ、下部の一部が祭壇からせり出して宙に浮いていた角は、そのままカイルの居る前方へゆっくりと傾く。
倒れてくる角をかわそうとカイルが足止めた途端、ひざに何かが当たり痛みが走る。
痛みに身をこわばらせ、足元を見ればエドガーの寸鉄が転がっていた。
カイルが息を飲み視線を戻した時には、もう眼前に角が迫りエドガーの笑い声が響く。
「カイル、角を斬りなさい!」
マルレーネの叫びが聞こえ、返事をする間もなくただ無我夢中でカイルは戦龍の剣を振り上げ、角に縦に斬り込んだ。
剣は止まる事無く振り下ろされ、角が僅かに押し返されて途中で真っ二つに割れて左右に倒れた。
土埃が舞う中カイルが呆然と二つに両断された角を見ている前で、エドガーが驚愕の声を上げる。
「な、なんと馬鹿な事を! ギルバルトの角を……っ!?」
だが角を見てエドガーは言葉を飲み、目を見開いた。
両断された角の内側は空洞で、厚い切断面は表面だけ銀色でその下は白く、骨のようだった。
「気付いたかしら。そうよ、それはギルバルトの角では無いわ。
葬列の時居なかった貴方は知らないでしょうけれど、本物はもっと傷だらけで小さいのよ。それはその祭壇の上に元々有った古の魔獣の骨を使って、私が角に見せかけた偽物よ」
マルレーネが微笑みながら告げる。
真実を知ったエドガーは獣のような唸り声を上げてカイルを睨み、掴みかかろうとした。
しかし、既に背後に回っていたゼスセルが素早くエドガーの首に牙を突き立てた。
エドガーの叫びが途切れ、体は力を失い絶命する。
ゼスセルが牙を引き抜くと、エドガーの体は祭壇に崩れ落ちた。
エドガーの憎しみに満ちた死に顔をしばらく見ていたが、カイルは剣を下ろして振り返ると、マルレーネに向かって歩いていく。
その後ろからゼスセルが蛇体をくねらせながらついてくる。
カイルは視線をマルレーネに向け、顔を見る。マルレーネは安堵した表情を見せ、ゆっくりカイルに歩み寄ってくる。
カイルは途中、気絶したままのドゥルーを拾い上げ、刺さった小刀を抜き捨てる。
多少ふらつきながらもマルレーネの許へたどり着くと、彼女の背後に回り剣で手を縛る縄を切った。
縄が落ち両手が自由になったマルレーネは振り返り、カイルを見上げた。
「ありがとう。貴方のおかげで助かったわ」
「礼を言われてもなぁ。
こんな事になった元凶は俺だし、ピンチを切り抜けて助けてくれたのは君の……仲間達だよ」
苦笑して答えるとカイルはドゥルーをマルレーネに渡した。
マルレーネはドゥルーを両手で抱くと、その背を撫で傷口に手を当てた。
この遺跡の扉を開いた時と同じようにマルレーネの掌が光る。
「クーラの力を使っているのか?」
「ええ」
マルレーネが頷いて答えた直後、光が消え傷口から手を離した。
ドゥルーの傷口は完全にふさがっていたが、くっついた部分は毛が無くハゲていた。
小さい丸ハゲを見て、カイルは思わずふき出した。
「クーラの力でも完全に元通りってわけじゃないんだな」
「毛はその内また生えるわ。次は貴方よ」
マルレーネはドゥルーを抱いたまま、右手をカイルに向けた。
マルレーネの手が届くようにカイルが前にかがもうとした時、前方からカチンという金属のぶつかる音がした。
その音に対してカイルが反射的に顔を上げると、ドゥルーの雷撃で気絶していたはずの覆面が戦龍の槍を握って立っていた。
視線がぶつかると覆面は槍の穂先を正面に向けてこちらへ突っ込んでくる。
「危ない!」
言ってカイルは眼前のマルレーネの手を掴んで引き寄せ、己の身を前に出し彼女を庇った。
手にしていた剣で応戦する間も体力も無く、カイルはそのまま脇腹を突かれた。
「カイル!!」
マルレーネが叫ぶ。覆面が槍を引き抜いた所でゼスセルが覆面の肩に咬みつき、覆面を仰向けに引き倒すと悲鳴を上げる覆面の喉に咬みついた。
覆面の悲鳴が止み、絶命すると同時にカイルは腹部から大量に出血して力を失い、膝をついて前のめりに倒れた。
「カイル!」
マルレーネが駆け寄ってくると膝をついて座り、カイルの背に手を当てた。
カイルは顔を横に向けて目を開ける。マルレーネが必死の表情で瞑目し、当てた手から光が溢れているのが見えた。
それと共に痛みは薄れ、カイルは一つ息をつくとそのまま気を失った。




