13.過去と現在と
マルレーネの居た洞窟より、北へ十数分で目的の遺跡の大岩へとたどり着いた。
到着と同時に荷車から降ろされたカイルは、振動によるめまいと吐き気に横倒しになって体を折り、唸る。
だがカイルの回復を待ってくれるはずなど無く、ロックが近付いてくると「立て」と命令した。
動けないカイルを覆面達が両腕を掴み、乱暴に立ち上がらせる。
ようやくヨロヨロと立ち上がったカイルは、正面に居るマルレーネが心配そうにこちらを見ているのに気が付いた。
そしてマルレーネの後ろに木々よりもはるかに高く、幅の確認できないほど巨大な灰色の大岩があった。
マルレーネの隣に立つエドガーが苔むした大岩を見回して言う。
「しかし、本当に巨大な岩ですね。
ここに遺跡があるというのは本当なんでしょうね? 入り口はどこです?」
「手を縛っている縄をほどいて頂戴。
ここは私達クーラしか入り口を開けられない仕組みになっているのよ」
マルレーネの言葉に、エドガーが目配せし近くに居た覆面が彼女を拘束していた縄をほどく。
マルレーネの両手が自由になると、覆面二人がマルレーネの両脇に立ち剣を向けた。
マルレーネはそれを無視すると、大岩に近付き少し右へ移動し大岩に触れた。
たちまちマルレーネの手から光があふれ、大岩の一部が奥へ少し引っ込むと重い音を立てて横にずれて開いた。
大岩の扉が開くさまを見て、覆面達からどよめきが起こる。
「ほう、これはこれは」
エドガーも驚嘆の声を漏らす。
カイルが覆面の間から見ると開いた扉の中には、地下へと続く下り階段が見えた。
扉のわきにて再び両手を後ろ手に縛られたマルレーネの隣で、エドガーは振り返り覆面達に命じる。
「では、私とロック、マルレーネ殿とカイル、そしてお前達の内半分は大岩内の遺跡へ武具の回収に向かいます。
残った者はこの入り口の周囲を見張っていなさい。
もしここを目撃するような者があれば、必ず殺してここの秘密を守りなさい。
さあ、明かりを準備なさい!」
エドガーの指示に覆面達は折ったり、拾ったりした棒に布を巻き懐に入れていた小瓶に入っていた灯油を布にかけ、点火した。
覆面達の半数がたいまつを持ち、その内の一本をロックが受け取ると、エドガーはマルレーネの腕を掴み扉の中へと押し入れた。
「中を案内してもらいますよ、マルレーネ殿」
マルレーネはエドガーを睨んで階段を下り始めた。
マルレーネの後にエドガーとロックが並んで続き、覆面二人に前後を挟まれてカイルが内部へと踏み入った。
入ってしばらくは一直線だった階段が、やがて螺旋に変わった。
それと同時に周囲の壁が一枚岩だったのが、小さな丸石を緻密に積み異なる色を組み合わせて描かれたモザイク壁画へと変化した。
壁画には人間の戦争が物語のように連なって描かれている。
「ふむ、古の戦争を記録した壁画のようですね。
美しい芸出性もさることながら、これらがクーラ族の手によるもの、というだけで貴重なものですねえ。
マルレーネ殿、これはいつ頃の戦争を描いたものです?」
「……およそ三千年前のものよ」
「三千年前ですか。随分古代のものですねえ。
何の戦の記録です、これは」
長く先の見えない階段を下るだけで退屈なのか、エドガーは次々問う。
マルレーネは歩みを止めず、しばらく進んだ所で足を止めて答える。
「見なさい。
これは私達クーラにとって最大の愚行の記録。
古代帝王ジンザに咎人ルカが、世界で初めて為政者への延命術を行った際の絵よ」
マルレーネの言葉に、足を止めた一同はたいまつを掲げ、壁画を見上げた。
そこには王冠をかぶった男に、一人の女が光を与える、そんな様が描かれていた。
「古代の帝王ジンザ!
古代の記録ではかなりの長命で、精力的に戦を行い我々が現在居る大陸のほとんどを国土として治めていたと、学者から聞いたことがありましたがまさか、クーラが関わっていたとは!」
歴史の真実に興奮するエドガーを無視して、マルレーネは再び階段を下り始めた。
皆が彼女の後に続くと同時に、マルレーネは独り言のように語り始める。
「咎人ルカは、クーラで初めて人間の為政者ジンザに延命術を施しただけでなく、ジンザの妻になったのよ。
それで良き世界を作れると信じて。
けれど、延命術でジンザは狂った。
国土拡大と自らの永続治世を求め、ルカに延命術を何度も行わせた。
歪んだ王の長き統治、戦を繰り返し、圧政に国は退廃し法と官吏は腐敗しきって、民は飢え数を減らしていった。
五十年ほどでジンザの帝国は巨大なものになったけれど、国内は地獄と化していたわ。
それはルカが己の愚行を悟りそれを恥じて自殺した後、ジンザに施された延命術が切れて死ぬまで続いたわ」
進むマルレーネの淡々とした説明は次々変わる壁画に符合し、血塗られた古代帝国の顛末がたいまつによって照らし出される。
マルレーネは続ける。
「けれど、私達にはこれで事が終わった訳じゃなかった。
延命術の存在を人間達に知られ、ジンザの帝国が滅んで時代が移り変わろうとも、為政者達はクーラの延命術を求め続けた。
クーラにとっても人間にとっても、血塗られた時代が長く続いたわ。
そして私達クーラは人間と関わりを持たぬように隠れ住み、ひっそりと暮らすようになったのよ」
「そうまでして長き間、クーラは人間との関係を断絶させていたというのに何故、貴女は愚かにもクーラの里を出て人間の世界へ来たんです?」
戒めるようにクーラの歴史を語ったマルレーネに、エドガーは茶化して嫌味に訊いた。
マルレーネは歩みを止め、ため息交じりに小さく笑って振り返った。
「そうね、私は愚か者だった。
けれど貴方達だってジンザと同じ愚か者よ」
「我々が貴女に手出し出来ないと知っているから、好き放題言ってくれますね。
確かに皇帝陛下は、貴女を生かし傷つけずに捕縛し、連れて来いと我々に命じていますからね」
「私に延命術を行わせるためにね」
マルレーネの一言に、カイルは息を飲んだ。
皇帝は今聞いた帝王ジンザと同じ事をしようとしているのだ。マルレーネを使って。
エドガーが振り返り、カイルを見て言った。
「ええ、だからこそ貴女の身の安全は約束しますが、あまり挑発しない事ですね。
彼がどうなります?」
エドガーが指を鳴らすと、それを待っていたカイルの背後の覆面が剣を抜き取り、カイルの二の腕を斬りつけた。
「あぐっ!」
痛みに叫び、体をのけぞらせるカイルの腕から血があふれ出し伝い落ちる。
覆面は容赦なくもう一度、同じ部分に剣を向けた。
「止めて!」
マルレーネの叫びが遺跡の中で反響する。エドガーが手を上げると、覆面は剣を引き鞘に収めた。
「私とて、この貴重な遺跡を血で汚したくはありませんからね。
余興はほどほどにしましょう。早く武具の隠し場所へ案内なさい」
エドガーの命令に、マルレーネは前を向いて再び階段を下り始めた。
しばらく誰も話さず、ただ黙々と長い階段を下り続ける。
やがて壁画が消え、白い石の壁になってすぐに階段が終わり、一つの木製の大扉がカイル達の前に現れた。
「ここよ」
マルレーネが告げると、ロックが進み出て扉に慎重に触れる。
「罠なんて無いわよ」
マルレーネがロックの背に向かって言うが、ロックはそれを無視して扉を押し開けた。
重い音を立てて扉が開き、ロックと覆面の二人が先に入り中をたいまつで照らす。
扉の内にはまるで神殿を思わせる荘厳さを持った何本もの巨大な石柱が天井を支え、とてつもなく広い空間となっていた。
柱以外は元から在った地下空間を利用した巨大な部屋は、たいまつでは入り口の小さな空間を照らすだけで、奥は闇に包まれ何があるのか解らないほどだった。
「武具は何処です?」
「この部屋の奥よ」
答えると再びマルレーネが先頭になって奥に向かって歩き出し、皆がそれに続く。
柱の間を進むにつれて、灯りが届いたのか部屋の奥にぼんやりと何かが立っているのが見えてきた。
カイルが目を凝らすと祭壇らしき低い台の上に、何か柱のような物が立っている。
誰かのたいまつの光を、柱とその周囲に在った物が反射した。
(……何だ?アレは?)
カイルが考えながら近付いてゆくと、光を反射したものが何であるかようやく確認できた。
台の上に乗っていた柱は人一人ほどもある巨大な銀の角で、その周囲に戦龍の剣や槍が地面に突き立てられていたのだ。
角と武具で作られた祭壇の前に立ち、エドガーが不意に笑い出した。
「ククッ……ハハハッ! ようやく、見つけましたよ!」
驚くカイルを他所に、エドガーは両手を広げ陶然とした表情で角に歩み寄り、台の上に上って振り返った。
「マルレーネ殿、よもやこんな所に武具と共に隠していたんですね。
貴女があの時、持ち逃げしたギルバルトの角を!」
「ギルバルトの角……?」
エドガーが発した言葉にカイルは眉をひそめ、かつて見たギルバルトの姿を思い出す。
元々二本在っただろうギルバルトの角は、五年前の時には右側は既に折れて無く、左側に一本だけ銀の角が残っていた。
今、カイル達の目の前にあるのはその左の角なのだ。
(つまりギルバルトの亡骸を皇帝に奪われる直前に、この角をマルレーネが持って逃げた、という事か)
エドガーは銀の角を見上げ、その表面を撫でる。
「ククッ、素晴らしい。素晴らしいですよ!
奪われた武具の奪還だけでなく、クーラのマルレーネに、ギルバルトの角!
皇帝陛下がどれほどお喜びになることか!
さあ、お前達! 回収に取り掛かりなさい!」
嬉々としたエドガーの命令に、覆面達が祭壇に集まる。
覆面達は祭壇周囲の土の床にたいまつを突き立てて、灯りにするとそれぞれ動き出す。
まず周囲に突き立てられた武具が抜き取られ、集められる。
その数は五本、エドガー達が話していた武具を奪われた将軍や大隊長の数と同じだった。
武具を回収すると、中央の角に三人の覆面が手をかける。
「倒してはいけませんよ。
傷などつけたら万死に値すると思いなさい」
エドガーは祭壇から降り、覆面達に釘を刺す。
しかし三人が角に手を当て持ち上げようとしても上がらず、やむなく一人が支え二人が反対から押してみるが角はビクともしない。
「お前達、武具は置いておいてこちらを手伝え」
三人では無理だと判断したロックが、カイルの手前で回収した武具をロープで束ねていた二人に命じる。
二人が祭壇に向かい、ロックと二人が加わって六名で角を持ち上げようと試みる。
重い音を立てて角が僅かに動くが、まだ持ち上がらない。
「どうしたんです、これだけ居てまだ持ち上げられないんですか?」
「どうやら下にいくらか沈んで刺さっているようです」
苛つくエドガーにロックが返事をし、カイルとマルレーネそれぞれを見張っていた覆面二人に言う。
「捕虜の見張りなど一人でいい。どちらかこちらに来て手伝え!」
命令に覆面二人は顔を見合わせ、マルレーネを見張っていた方が彼女の腕を掴み、カイルの隣へと連れてくる。
マルレーネを移動させ、残る者に対して頷くと覆面は角の引き抜きに参加する。
七名になって再度角を持ち上げようとするのを見てから、カイルはマルレーネの方へ顔を向けた。
マルレーネはカイルの視線に気付き、ちらと目だけ動かしてカイルを見る。
「済まなかった、マルレーネ。俺が余計な事をしたばっかりに……」
「おい、勝手にしゃべるな。黙ってろ」
カイルの発言を、覆面がカイルの背を突いて諫める。
痛みに反射的に顔を正面に戻すと、祭壇上では角がようやく引き抜かれずらして祭壇の上に置き、休憩している様子だった。
「後悔は何も生まないわ。これから、どうするかよ」
マルレーネの言葉にカイルが再びそちらに顔を向けて眉をひそめた刹那、背後でバリッという音がした。
「ぎゃっ!?」
後ろの覆面が悲鳴を上げる。
驚いたカイルが振り返ると同時に、覆面は横に倒れた。気絶した覆面の足元には、ドゥルーが居た。
「ドゥルー!」
カイルが名を呼ぶと、ドゥルーは二人を見上げてにんまり笑う。
「助けに来たニャよ、マム」




