12.攻防
「エドガー様を護れ!」
ロックの発した命令に、部下達がエドガーの周囲に集結し上空に武器を向けた。
カイルも振り返り、上空を見上げると闇空から音も無く巨大な琥珀色のフクロウが、こちらに急降下してきていた。
「うわっ!?」
驚き、とっさにカイルは横へと飛んで逃げる。
フクロウはカイルを無視してそのまま鋭い鉤爪をエドガー達に向けて突っ込んだ。
紙一重の所でロックは爪をかわし、エドガーの前に居た部下の一人が鷲掴みにされ、悲鳴を上げながらフクロウに上空へと連れ去られてしまった。
フクロウを睨み上げて、ロックが呟く。
「今のは……賢者梟?」
「三つ眼でしたね、間違いありません。かつての報告書にあった通りです。
困りますね、マルレーネ殿。アレは貴女の下僕でしょう?」
エドガーの問いかけに、マルレーネは沈黙して答えない。
やがて、ここから見えないいずこかの上空で再び悲鳴が上がり、地上へ尾を引いて落下していった。
間断なく遠くでドスンという重い音がする。
「落としてくれましたね。恐らく即死でしょう。
ロック、また来ますよ。今度は無様な事をしないで下さいね」
「心得ております。
対飛獣の陣をとれっ!」
ロックの命令に、黒服面達は半分がエドガーの周囲に残り、半分が八方に展開した。
ロックを含め展開した者は皆剣を納め、黒マントの内から一本の筒を取り出した。その中からいくつもの部品を出すと、素早く組み立てていく。
組み立てられ完成したのは弓だった。弦を張ると、同じ筒に入っていた鋼の矢を取り出し、つがえていく。
カイルは彼らの陣の内でその様を見つつ、マルレーネに視線を向けた。
涙の後はまだ乾いていないもののマルレーネは凛とした表情に戻り、彼女もこちらを見ていたのか視線が合った。
一瞥してエドガーが上空に視線を向けていて気付いていないのを確認すると、マルレーネは小さく首を横に振った。
抵抗するな、といった意味なのだろうとカイルは悟ったが、このままじっとしていても埒が明かない。
(次、フクロウが来た時だ)
心の中で呟き、カイルはマルレーネに頷き返すと周囲に目を向けた。
直後、洞窟前に立っていた一人が叫んだ。
「目標確認! 南天、月下方より飛来!」
その言葉に弓を持った者達は一斉に南天の月に向かって構える。
傾いた満月をまるでその両翼にて背負ったような姿でフクロウが近付いてくるのが見えた。
弓のしなる音だけが静寂の中に響く。
フクロウからもこちらが見えたのか、不意に翼を一打ちすると上昇を始めた。
「流石に賢者梟と名付けられる魔獣ですね。並の魔獣のようには突っ込んでは来ませんか。
ですが、こちらはカジャの魔獣をも想定した部隊ですからね」
エドガーは自慢げに呟く。
フクロウは上昇を続け、やがて方向を変え洞窟のある断崖の上へと姿を消した。
ロックは忌々しそうに舌打ちすると、再び号令をかけた。
「再度目標確認をせよ! どこから出てくるか分からないぞ!」
覆面達はまた八方へ目を向け、フクロウの姿を探す。しかし、すぐにフクロウは洞窟横の森の木の上すれすれの所から現れた。
「うわああっ!」
出現場所の目前にいた覆面が驚き、悲鳴を上げる。
矢を放つ間も無く悲鳴を上げた覆面は鉤爪に捕まり、さらわれる。
悲鳴に仲間達が振り向き矢を射るが、フクロウが勢いをつけたまま上昇した為、かすりもしない。
飛び去るフクロウを見上げ、覆面達は「逃がすな!」と叫びながら、矢を再びつがえ始める。
(今だ!)
カイルは覆面達の気がそれたのを見計らい、走り出した。
走りながら剣を抜刀し、エドガーの周囲に立つ覆面の一人に近付いた。
狙った覆面はフクロウに気を取られていて、カイルが眼前に来てから気付いたがもう遅かった。
カイルは上段から覆面が手にしていた剣を打ち落とし、そのまま切っ先で太腿を斬りつけて守りを崩す。
周囲に居た覆面が斬りかかろうとしたが、カイルは姿勢を低くしてかわして突っ込み、陣の中央に立つエドガーに向かって剣を振り上げた。
小刀を握っていたエドガーの手の甲を斬りつけ、マルレーネの喉に突き立てられていた小刀を落とさせる。そして素早くエドガーの背後に回り込み、今度はカイルがエドガーの首に剣を当てた。
「動くな! お前達の主人を殺すぞ!」
刹那にカイルを追う覆面達の動きが止まる。
「やれやれ、君もですか。カイル君」
「マルレーネを放せ!」
エドガーの呟きを無視してカイルは言った。眼前に居た覆面はマルレーネから手を放し、解放する。
自由になったマルレーネは首の傷に手を当て、困ったような表情でカイルを見上げた。
カイルはマルレーネを安心させようと笑みを浮かべてみせる。
その時だった。
上空から絹を裂くような悲鳴が響いてきた。
突然の事に驚き、その場にいた全員が上空を見上げる。
上昇していたフクロウが苦しそうに翼をばたつかせながら、ゆっくり落下してきていた。
見ればフクロウに捕らえられていた覆面が、手にしていた矢をフクロウの腹に突き刺していた。
「ムゥ!!」
マルレーネが悲鳴に近い声で叫ぶ。
カイルがそちらに気を取られていると、不意に左の脇腹に激痛が走った。
「ぐあっ!?」
あまりの痛みに叫び体をのけぞらせたカイルを、エドガーは剣が緩んだスキをついて肘で突いた。
痛みにカイルはエドガーを放し、後退して膝をついた。
エドガーがカイルの拘束から逃れると、たちまちに覆面達の剣がカイルを四方から取り囲む。
カイルは剣を握りしめたまま、己の脇腹を見た。
そこには黒光りする寸鉄が突き刺さり、血が滲んでいた。
カイルは歯を食いしばり、寸鉄に手をやると抜き取って捨てる。
「カイル!」
脇腹の傷から血があふれるのを見て、マルレーネが駆け寄ろうとしたがその腕をエドガーが掴んで止めた。
「武器とは何も、剣や槍といった大きな物でなくてもいいんですよ。
人は針でだって殺せますから」
月光を背に受けて立つエドガーの顔は陰影を作り、悪魔の笑みを浮かべる。
「フクロウを始末しなさい!」
エドガーの発した命令に、動きを止めていた覆面達が次々にフクロウに矢を放つ。
痛みに動きの鈍ったフクロウは矢をかわそうとするがかわしきれず、徐々に矢を受け悲鳴を上げる。
カイルは立ち上がろうとしたが、即座に覆面の一人に右方から蹴られ、剣を落として横倒しになった。
左脇腹の傷は手で庇ったものの、走る痛みに呻くカイルを覆面は容赦なく踏みつける。
カイルの落とした剣を拾い上げた別の覆面はカイルを見下して、鼻先で笑って嘲る。
もう一度上がったフクロウの悲鳴に、カイルが目だけ動かしてそちらを見やると同時に、広場の片隅に矢を受け弱ったフクロウが轟音と共に墜落した。
「とどめを刺せ!」
「止めて! ムゥを殺さないで!」
ロックの一言に、マルレーネは悲痛な叫びをあげた。
「皆、攻撃をやめなさい!」
マルレーネの叫びに、即座にエドガーが停止の命令を出す。
覆面達は動きを止めたものの、未だにつがえられた矢がフクロウに向けられている。
エドガーは掴んでいたマルレーネの腕をぐいと引き寄せ、彼女の顔を覗き込んだ。
「では、フクロウの命と引き換えに我々を武具の隠し場所へ案内すると誓いなさい」
否と言えばあっという間にカイルとフクロウが殺されてしまう状況で、抗う術を失ったマルレーネは唇をかんで頷いた。
マルレーネを服従させ、満足したエドガーは笑いを漏らす。
「クククッ、よろしい。
ですが誓いを破ったその時は覚悟なさい。
それで? 武具の隠し場所はどこです?」
しばしマルレーネは沈黙していたが、やがて諦めるように瞑目すると言った。
「……ここから北へ、数キロ離れた場所にある遺跡の深部に隠してあるわ」
「遺跡?
ガウパ森に遺跡など発見されていないはずですが?」
エドガーは疑問を口にし、言葉の最後には服の袖口からもう一本の寸鉄を取り出し、マルレーネの鼻先に突き付けた。
「嘘ではないでしょうね?」
「嘘などでないわ。
その遺跡は私達クーラの祖先が造ったもので、外観はただの大岩にしか見えないのよ。
大岩の下、地下に遺跡が存在するわ」
「ほお、クーラの遺産というわけですか。面白い」
クーラの遺跡の存在に興味を持ったのか、エドガーはマルレーネに突き付けていた寸鉄を収めた。
事の次第を倒れて見ていたカイルの眼前で、不意にフクロウが巨体を起こし、翼を一打ちすると空へ舞い上がった。
それを追い、覆面達が矢を放つ。
何本かは命中したが、フクロウはわずかにふらついただけで夜空へと逃げていった。
夜空を見上げてエドガーは片手を腰に当てる。
「おや、殺されると悟って、主人を置いて逃げましたね」
「追って、仕留めますか?」
「構いません、放っておきなさい。
あれほど弱っていれば、再度私達に向かってくる体力は残っていないでしょう」
ロックに答えると、エドガーは周囲を見回し高らかに告げた。
「これより我々はマルレーネ殿の案内で戦龍の武具の隠し場所へと向かいます。
皆、準備なさい!」
『はっ!』
覆面達は一斉に返事をすると、武器を納め馬を隠し置いた場所へ向かい始める。
「エドガー様、この男はいかがいたしますか?」
今だカイルを踏みつけたままの覆面が問う。
これにエドガーとロックが顔を見合わせる。すかさずマルレーネがエドガーを見上げて口を開いた。
「彼は貴方達をここへ案内した時点ですでに役目は終えたはずよ。
彼はもう関係無いわ」
「そういう訳にもいきません。
彼は帝国兵でありながら、戦龍の剣を貴女に渡して逃げようとしていたのです。
それに今とて我々に逆らいました。
帝国軍法に照らしても大いに重罪です。彼は罰せられなければなりません」
「無益な私刑を行うつもり?」
カイルを助けようと食い下がるマルレーネに、エドガーは嫌味に笑った。
「そうでしたね。
貴女は彼だけは殺さず逃がすほど、彼に情が移っていましたね。
いいでしょう、彼の命はもう少し伸ばしてあげましょう。
ですが、貴女が我々に従わず抵抗すれば、彼の体を少しずつ切り刻んで痛めつけるとしましょう。
慈悲深い貴女にはそれこそが耐えられない責め苦となるはずですから。ククッ」
「血に飢えた狂人よ、貴方は」
マルレーネはエドガーを睨み上げて冷ややかに言う。即座にエドガーは彼女の頬を手の甲で打つ。
「今の言葉はこれで相殺という事にしましょう。さあ、行きますよ。
ロック、お前はカイルを連れて来なさい」
言い終えるとエドガーはマルレーネの腕を引っ張り、引きずるようにして連れていく。
乱暴な扱いに足を取られそうになりながらも、マルレーネはカイルを見る。
カイルは己の存在が、マルレーネの枷になってしまった事を悔いた。
そんなカイルの前にロックが歩み寄ってくると、冷たい眼差しで見下してくる。
「立て、傷は浅いはずだ」
ロックの一言に、カイルの上に乗っていた覆面の足がどけられた。
カイルがよろよろと立ち上がると、抗う間もなく覆面に両手を後ろに引っ張られ、後ろ手に縛りあげられた。
カイルの拘束を確認すると、ロックは踵を返した。
「ついてこい。馬の所まで戻るぞ」
「この姿で馬に乗れと言うのか?」
カイルがロックに悪態をつくと同時に、背後に居た覆面に剣の柄で強かに背を突かれた。
痛みに呻くカイルにロックは少しだけ振り返ると答えた。
「ああ、そうだ。と言いたい所だが落ちて死なれては人質の意味がないだろ?
荷車に乗せてやるさ。もっとも、荷物扱いだからな、精々酔って吐かないようにするがいい。
縄でつながれて、引きずって行かないだけマシと思え」
言い捨てるとロックはさっさと行ってしまった。
(こいつらは、他人を何とも思ってないんだな)
カイルが胸中で毒づいていると、背後の覆面に「早く行け」と再度柄で突かれ、歩き出した。
森の中に入り、馬を置いた場所にたどり着くと、既に他の者は皆馬に乗っていた。
マルレーネはエドガーの馬に乗せられ、エドガーの前に座っていた。よく見れば、両手を前で縛られている。傷つけられた首の傷には包帯が巻かれていた。
先についていた覆面の一人が、手綱を引いて荷車を引いた馬をカイルの前に連れてくる。
(どうやって乗れっていうんだ)
考えるカイルをいきなり背後に居た覆面二人が左右からカイルの腕と足を掴み、持ち上げると荷車の中へ腹ばいに投げ入れた。
荷車に乗った衝撃でカイルは一瞬息が止まり、せき込む。
それを見た周囲から笑いが漏れ聞こえた。
カイルを投げ上げた覆面が前方の馬に乗り、手綱を取った。
「では、武具を回収に行きますよ!」
エドガーは告げると馬を走らせる。覆面達も一斉にそれに続いた。
カイルは激しい振動に歯をくいしばって耐えるしかなかった。




