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10.事実と真実

 エドガーがカイルの言葉を次ぎ、問いかける。カイルは返答に詰まった。

 マルレーネに渡したと言えば、どうなるだろう。

 自分がこの件に関して罰されるのは無論だが、己の命の恩人であるあの少女を巻き込むのは気が引けた。

 売ったとか捨てたとか嘘を告げるという考えが浮かんだが、後々調べられればすぐにばれてしまいそうだ。

 思案するカイルに、エドガーは呆れた様にため息をつくと口を開く。

「カイル君、私は王国軍にも通じています。

 ですから君が転落した時の様も、伝え聞いているのですよ。

 君は右胸に矢を受け、口から血が伝っていたそうですから、肺を負傷して吐血したのでしょうね。

 そうして崖から転落した。

 普通であれば、軍から逃れられるほど動ける怪我じゃありません。

 誰かが君を助けたんでしょう?

 そうして君は助けられた代価として、その者に戦龍の剣を渡した」

 真実を言い当てた指摘に、カイルは口を結んだ。

 その僅かな動きを見て、エドガーは眉間にしわを寄せて続ける。

「図星のようですね。

 その者への恩義を感じて黙っているのであれば、即刻お止めなさい。

 君を助けた人物は、真に慈悲深い者では無いかもしれません」

「えっ……?」

 告げられた意味深な言葉に思わず、カイルは声を上げた。

 エドガーは手にしたグラスを揺らし、波打つワインを見つめる。

「彼の者は以前から我々が追っていましてね。

 随分してやられましたよ」

 苦い顔をしてエドガーはワインを飲み干した。隣に控えていたメイドが、すぐに優雅な仕草で置かれたグラスにワインを注ぐ。

「先程、奇襲の下りで言いましたね?

 我々が重要人物として救助を最優先にしたのは、大隊長のハーマンです。

 それは何故か?

 本来は極秘事項ですが、君には教えておきましょう」

 言いながらエドガーが浮かべた笑みに、聞いてしまえば後に引けないとカイルは察したが、エドガーの鋭い眼差しは有無を言わせぬ威圧を宿していた。

 そして心のどこかで、この話は聞かねばならぬという直感のようなモノもあり、カイルは動かなかった。

 エドガーは沈黙したままのカイルの反応など気にもかけず、話を続けた。

「帝国では三年前、遺言を残して亡くなったギルバルトの遺体から数種の武防具を創り出しました。

 その武防具は皇族のみならず、将軍や大隊長にも下賜されました。

 ここまでは帝国民である君も知っているはずです。

 問題はここからです。

 一年前、帝国が戦龍の遺言に従い、繁栄の為に近隣諸国へ侵攻を始めました。その直後からです。

 軍を進攻させ、戦が始まると戦龍の槍を下賜された魔獣部隊長として雇われていたカジャ、名をエポロアといいましたか。

 このエポロアが何者かにさらわれ、槍を奪われるという失態を犯しました。

 この時はエポロアが戦龍の槍を失ったと偽り、槍を何処かへやったのだろうと軍上層部は考え、エポロアを厳しく詰問しました。

 ですが、その最中次の事件が起こりました。

 戦龍の剣を下賜された将軍ゲイルが、戦の直後に居なくなったのです。

 捜索隊も出しましたが見つからず、そうこうしている内に今度は戦龍の槍を持つ第二大隊隊長のジェイドが姿を消しました。

 ここでようやく我々は気付きました。

 何者かが、戦龍の武具を狙い、将軍や大隊長を襲っている、と」

 エドガーはここで一息つき、ワインで再び口を潤した。

 エドガーの話を聞くうち、カイルにもこの後の話の向く先が解り、思案した。

(まさか、マルレーネが?)

 そんなカイルを他所に、エドガーは再び口を開く。

「私は皇帝陛下より、この一連の事件において戦龍の武具を強奪した者を見つけ出し、武具を奪還する事を第一の命として命ぜられました。

 そうして奪う者を追っていたその時に、王国軍が戦龍の剣を持つ大隊長ハーマンの第四大隊に奇襲をかけました。

 今まで、奪う者は戦の混乱に乗じて武具を奪うのが常套でしたので、現れるはずと踏んで、我々は奇襲されたあの場へ赴いたのです。

 ですがハーマンは王国軍の手によって討たれ、戦龍の剣は君と共に姿を消した。

 我々が必死に君を捜している時でした。そう、昨晩の事です。

 一人の斥候が戻り、驚きの報告をしました。

 この村の北に王都侵攻を目的として伏して配置されていた第五大隊隊長オーガスタが夕刻に姿を消し、それに気付いた部下達が近辺を捜した所、夜になって彼は死体となって発見されました。

 森深くの木の下で、オーガスタは首を切られ、殺されていたのです。

 そしてやはり、オーガスタの亡骸の周囲には、彼が持っていたはずの戦龍の槍が無かったそうです」

「!!」

 想像していたとはいえ、あまりに酷い惨状を聞き、カイルは顔を歪めた。

 あの少女が、マルレーネが人殺しをしているなど、考えたくもなかった。

 しかし、昨夜カイルは見ていた。知っていた。

 マルレーネが昼出かけ、夜戻ってきた事を。黒装束をまとったマルレーネが血にまみれた状態で洞窟に戻って来た事を。

 戦龍の槍など持ってはいなかったが、あの時の血は返り血で、彼女の血では無かったのだ。

 昨夜の謎めいていたマルレーネの行動と、エドガーの話す事実が恐ろしいほど符合し、真実を暴き出した。

 そして何より、マルレーネは言った。

『戦龍の剣を渡して』

 出会い、別れるまで彼女は終始、戦龍の剣に執着していた。

(嘘だろう?)

『私は、自分でやりたい事をやり遂げるわ』

 カイルの脳裏に、洞窟で訊いたマルレーネの言葉が蘇る。

 事実と事実が合わさり、マルレーネは戦龍の武具を奪うために人殺しまでやってのけたーーそんな驚愕の真実が、カイルの頭に染み込む。

 呆然と沈黙するカイルに、追い打ちをかけるようにエドガーが告げる。

「恐らく、オーガスタを殺したように、前に居なくなった将軍や大隊長も奪う者が殺したのでしょう。

 遺体は見つかりませんでしたが」

 カイルはいつの間にか拳を固く握って、視線を床に落としていた。

(洞窟で見たあいつの姿は、言葉は、全て…………嘘だったのか?)

 考え、思い返す。

 確かに生意気でいけ好かない少女だったが、獣を助けていた。

 薬を作り変えてくれた、時に慈母のような顔を見せたマルレーネを。

 そして、気付いた。

(違う……あの時の状況なら、マルレーネはいつだってオレを殺せたはずだ)

 薬で半ば強制的に眠らされていたのだ。気に入らないのならば、その時いつでも殺せた。

 何より、瀕死の状態だったカイルなど、無視して戦龍の剣だけ奪えば済む所を、わざわざ助けたのだ。

『カイル、さようなら』

 考えた所で、マルレーネの考えは解らない。しかし、マルレーネが人殺しをしたという確証は無い。

 どうして彼女はああも戦龍の剣の固執したのか。帝国をあんなに嫌っていたのか。見落としている真実を知りたいとカイルは思った。

 固く握っていた拳をほどき、カイルはエドガーを見た。

 カイルの表情が変わったのを見て、エドガーは口の端に笑みを浮かべると告げる。

「カイル君、君を助けた人物がその奪う者であるかどうかは我々も分かりません。

 ですが、これだけ近い範囲の中で僅か数日の内に二つの戦龍の武具が失われました。

 もし、君を助けた者が奪う者であるならば、我々はそれを止めねばなりません」

「もし……オレを助けた人が、奪う者でなかった場合はどうするのですか?」

 カイルの質問に、エドガーは髭を弄って思案する。

「その時は、その方に何かしらの交換条件を持ちかけて、戦龍の剣を返却してもらいます。

 ……君を助けた方の所へ案内してくれますね?」

「解りました。案内しましょう」

 カイルは素直にエドガーの問いに頷き、答えた。もう一度、マルレーネに会って真実を確かめたいという思いが、そうさせていた。

 返答にエドガーは満足そうに笑う。

「よろしい。では、食事を済ませ次第、すぐに出発しましょう」

「はい……えっ!?」

 ようやく椅子に座ろうとしていたカイルは、エドガーの急な決定に再び腰を浮かせた。

 てっきり翌朝にでも出発するものかと思っていたからだ。

 驚くカイルに、エドガーは当然のように言う。

「急がねばなりませんよ。もし、君を助けた者が、奪う者であるなら早々に向かわねばなりません。

 次の事件を起こすかもしれませんし、君の知る隠れ家を捨てて逃げてしまう可能性もあります。

 さあ、早くお食べなさい。食べないとこの後の仕事に体がもちませんよ」

 言い終えると、エドガーは食事を始めた。

 カイルは呆気にとられながらも席に着く。後ろに控えていたメイドがカイルの隣にやってきて、眼前のグラスにワインを注いだ。

(酒は、止めておこう)

 本当は飲みたいが、この後の事を考えると止めておいたほうがよさそうだった。

 カイルはナイフとフォークを手にすると、ステーキに突き刺した。

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