ミオの預けもの
夢を忘れに来た見習いが、灯台守の弟子になった話
正直に言う。
私がこの灯台に来たのは、働くためじゃない。
町の掲示板に、〈灯台 見習い募集〉の紙があった。
記憶を預かってくれる場所。そこで働けば、こっそり頼めると思った。
初日に言うつもりだった。
でも、言えなかった。毎日が、思ったより楽しかったから。
あのお姉さんを見て、決めた。
預けても、いつか取りに来ればいい。
「ネモ。私の記憶も、預かってほしい」
お昼前、お客さんが途切れたときに言った。ネモは顔を上げた。
理由は、聞かなかった。だから自分で言った。
「私ね、魔法学園の試験に落ちたの」
村のみんなが見送ってくれた。絶対受かるって、言ってくれた。
結果は、「魔法の才能なし」。
「魔法使いになりたかったことごと、忘れたい。そしたら、もう苦しくないから」
ネモは何も言わずに、私の額に指を当てた。
ああ、これで終わりだ。
目を閉じた。
「……見ろ」
目を開けたら、ネモの指先に光が浮かんでいた。
まぶしいくらいの、金色。
あのお姉さんの瓶みたいな黒じゃ、なかった。
「お前が預けようとしてるのは、試験に落ちた日じゃない。魔法使いになりたかった、全部の日だ」
ネモは、光を見たまま言った。
「捨てたい記憶は、こんな色にならない。お前、まだ諦めてないだろ」
ずるい。
そんなの、ずるい。
自分は青い瓶を、取り戻さないくせに。
涙が勝手に出てきた。ネモは光を、そっと私の額に押し戻した。
「預からない。まだ持てる」
しばらく泣いた。ネモは黙って待っていた。
こういうときだけ、ちゃんと待つのだ。この人は。
「それと」
ネモが、そっぽを向いたまま言った。
「記憶を光にするのは、魔法だ」
「え?」
「俺は学園なんか出てない。才能がどうとか、知らない」
耳が、赤い。
「教えてやる。明日も来い、見習い」
私は、泣きながら笑った。たぶん、ひどい顔だった。
お腹が、ぐう、と鳴った。そういえば、お昼まだだった。
「……蜂蜜パン、買ってくる」
扉に向かったら、「おい」と呼び止められた。
振り向くと、ネモが銅貨を一枚、放ってよこした。
「……俺のも」
目は、そっぽを向いたままだった。
こうして私は、灯台守の弟子になった。
棚のいちばん上で、青い瓶が、小さく光った気がした。
(第1章 おわり)
第1章、最後まで読んでくださってありがとうございます。
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