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その記憶、お預かりします  作者: ちたはい


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取りに来た人

怖さを忘れた剣士が、怖さを取り戻しに来た話

その日のお客さんは、剣を背負った冒険者のお姉さんだった。

背が高い。頬に傷がある。かっこいい。

「二年前に預けたものを、返してもらいに来た」

預ける人ばかり見てきたから、びっくりした。取りに来る人もいるんだ。


お姉さんは、古い札を机に置いた。裏に、走り書きがある。

〈強くなったら、取りに来い〉

「二年前の私が書いたらしい。何を預けたのかは、覚えてないけど」


ネモが棚の奥から出した瓶を見て、私は息をのんだ。

光が、黒い。

「暗い記憶は、黒くなる」

ネモが小さく言った。


「黒いのか」

お姉さんは、少しだけ笑った。

「なら、たぶん怖かったことだ。今の私は、戦うのが怖くない。魔物の前でも、足がすくまない。なんでかは、分からないけど」

「いいことじゃないですか」

「新人ができたんだ。『先輩は怖くないんですか』って聞かれて、何も答えられなかった」

お姉さんは、背中の剣に触れた。

「怖さを知らないやつは、怖がってる新人を守れない」


ネモが、瓶の栓に指をかけた。

「戻せば、また怖くなるぞ」

「分かってる」

お姉さんは、黒い光をじっと見た。

「……二年前の私は、逃げたんだな」

「違う」

ネモが、すぐに言った。

「預けたのは、逃げたからじゃない。預けるのは、捨てるのとは違う。持てるようになるまで、置いておくだけだ」

……たまに、こういうことを言う。ずるい。


ネモが瓶の光を、お姉さんの額に戻した。

お姉さんの肩が、びくっと震えた。ぎゅっと目を閉じて、長く息を吐いて、

それから、笑った。

「……うん。怖い。ちゃんと、怖い」


「思い出した。初めての戦いで、足がすくんで、一歩も動けなかったんだ」

お姉さんは、頬の傷に触れた。

「先輩が、前に立ってくれた。おかげで、この傷ひとつで済んだ」

少しだけ、遠くを見る目をした。

「あの背中を、今度は私が見せる番だ」


背中の剣を一度だけ握り直して、彼女は坂を下りていった。


「かっこよかったあ……」

「掃除しろ」

「はいはい」


棚のいちばん上を拭いていて、気づいた。

ほこりだらけの瓶が、ひとつ。

札がない。光は、青い。金でも黒でもない色は、初めて見た。

坂に咲いている忘れな草と、同じ青だ。


「ネモ、これ誰の?」

「触るな」

声が、いつもと違った。


「……俺のだ」

「何を預けたの?」

「預けたんだから、覚えてるわけないだろ」


灯台に来る前のことは、何も覚えてない。

この前、ネモはそう言っていた。

誕生日も。名前も。それをくれた人も。

……もしかして、全部、この中に?


「取り戻さないの? 持てるようになるまで、置いておくだけなんでしょ」


ネモは、長いこと黙っていた。

「理由は聞くな」

いつもの台詞だった。

でも「長くなるから」は、つかなかった。

読んでくださってありがとうございます。

TikTokでは、挿絵つきで連載しています。

TikTok: ちたはい(@chita_high)

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