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その記憶、お預かりします  作者: ちたはい


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3/9

世界一へたなプロポーズ

世界一へたなプロポーズを、妻が三年後に見に来た話

「夫の瓶を、見せてもらえますか」

きれいな女の人が、古い札を出した。三年前の日付。


「ああ、あれか」

ネモが珍しく、すぐに思い出した。

「知ってるの?」

「聞いてないのに、全部喋っていった。三百年ここにいるが、あれよりへたなプロポーズは聞いたことがない」

三百年で、いちばんへた。それはちょっと、見てみたい。


三年前。若い騎士が、真っ赤な顔で灯台に来たそうだ。

昨日のプロポーズを、なかったことにしたい、と。


「そんなにひどかったんですか?」

「ひどかったの」

女の人は、うれしそうに言った。

「あの人、プロポーズしたことは覚えてるのに、どうやったかだけ忘れてて。明日で結婚して三年だから、聞いてみたんです。そしたら『完璧だったはずだ』って」

ネモが、ふっと鼻で笑った。

「この札のことも聞いたら、『覚えてない。気になるなら見てきてくれ』って渡されて」

「私は全部覚えてる。でも、あの人からはどう見えてたのかなって」


ネモは札を、瓶の口にかざした。

札が、ぽうっと金色に光る。

「本人が渡したな。なら、見せられる」

「光らないこともあるの?」

「盗んだ札は、光らない」


ネモが栓を抜いた。

金色の光が、壁いっぱいに広がる。

「映るのは、本人が見たものと、聞いたものだけだ。気持ちまでは映らない」


夕暮れの岬。波の音。目の前に、三年前の彼女が立っている。

まず、名前を噛んだ。

次に、ひざまずこうとして、鎧が重くて転んだ。

最後に、指輪が手からすっぽ抜けた。

視線が指輪を追いかける。きれいな弧を描いて、ぽちゃん。海だ。

「うわあ……」


視線は、海から動かなかった。

そのとき、後ろで笑い声がはじけた。

振り向く。

——彼女が、お腹を抱えて笑っていた。涙まで流して。

そこから先、視線は一度も、彼女から離れなかった。


小さな声がした。騎士の声だ。

『……その顔を、一生見ていたいんです』

笑い声にかき消されて、壁の中の彼女には届いていない。


「……そんなこと、言ってたの」

女の人の目から、涙がこぼれた。

「私、笑いすぎて、聞こえてなかった」


気持ちは映らない。

でも、三年前に届かなかった声は、ちゃんと残っていた。


私はもう、だめだった。鼻をすすった。

「なんでお前が泣くんだ」

「だってえ」


「あの、お返事は……?」

「笑いすぎて声が出なくて。うなずくのが精一杯」

壁の中の彼女が、笑いながら、何度もうなずいた。


「持って帰るか。額に戻せば、本人も思い出す」

「いいえ、預けておいてください」

彼女は、左手の指輪をなでた。二個目なんです、と笑う。

「思い出したら、あの人、三日は寝込むから」


彼女が帰ったあと。ネモは瓶を、棚のいちばん手前に置いた。

「奥にしまわないの?」

「どうせ来年も来る」

面倒くさがりは、こういうときだけ気が利く。

読んでくださってありがとうございます。

TikTokでは、挿絵つきで連載しています。

TikTok: ちたはい(@chita_high)


次回は「誕生日のひみつ」です。

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