世界一へたなプロポーズ
世界一へたなプロポーズを、妻が三年後に見に来た話
「夫の瓶を、見せてもらえますか」
きれいな女の人が、古い札を出した。三年前の日付。
「ああ、あれか」
ネモが珍しく、すぐに思い出した。
「知ってるの?」
「聞いてないのに、全部喋っていった。三百年ここにいるが、あれよりへたなプロポーズは聞いたことがない」
三百年で、いちばんへた。それはちょっと、見てみたい。
三年前。若い騎士が、真っ赤な顔で灯台に来たそうだ。
昨日のプロポーズを、なかったことにしたい、と。
「そんなにひどかったんですか?」
「ひどかったの」
女の人は、うれしそうに言った。
「あの人、プロポーズしたことは覚えてるのに、どうやったかだけ忘れてて。明日で結婚して三年だから、聞いてみたんです。そしたら『完璧だったはずだ』って」
ネモが、ふっと鼻で笑った。
「この札のことも聞いたら、『覚えてない。気になるなら見てきてくれ』って渡されて」
「私は全部覚えてる。でも、あの人からはどう見えてたのかなって」
ネモは札を、瓶の口にかざした。
札が、ぽうっと金色に光る。
「本人が渡したな。なら、見せられる」
「光らないこともあるの?」
「盗んだ札は、光らない」
ネモが栓を抜いた。
金色の光が、壁いっぱいに広がる。
「映るのは、本人が見たものと、聞いたものだけだ。気持ちまでは映らない」
夕暮れの岬。波の音。目の前に、三年前の彼女が立っている。
まず、名前を噛んだ。
次に、ひざまずこうとして、鎧が重くて転んだ。
最後に、指輪が手からすっぽ抜けた。
視線が指輪を追いかける。きれいな弧を描いて、ぽちゃん。海だ。
「うわあ……」
視線は、海から動かなかった。
そのとき、後ろで笑い声がはじけた。
振り向く。
——彼女が、お腹を抱えて笑っていた。涙まで流して。
そこから先、視線は一度も、彼女から離れなかった。
小さな声がした。騎士の声だ。
『……その顔を、一生見ていたいんです』
笑い声にかき消されて、壁の中の彼女には届いていない。
「……そんなこと、言ってたの」
女の人の目から、涙がこぼれた。
「私、笑いすぎて、聞こえてなかった」
気持ちは映らない。
でも、三年前に届かなかった声は、ちゃんと残っていた。
私はもう、だめだった。鼻をすすった。
「なんでお前が泣くんだ」
「だってえ」
「あの、お返事は……?」
「笑いすぎて声が出なくて。うなずくのが精一杯」
壁の中の彼女が、笑いながら、何度もうなずいた。
「持って帰るか。額に戻せば、本人も思い出す」
「いいえ、預けておいてください」
彼女は、左手の指輪をなでた。二個目なんです、と笑う。
「思い出したら、あの人、三日は寝込むから」
彼女が帰ったあと。ネモは瓶を、棚のいちばん手前に置いた。
「奥にしまわないの?」
「どうせ来年も来る」
面倒くさがりは、こういうときだけ気が利く。
読んでくださってありがとうございます。
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次回は「誕生日のひみつ」です。




