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ツクヨミ様は中間管理職~三貴神の真ん中ですが、今日も神話の尻拭いをしています~  作者: まるちーるだ


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15/15

第15話 山の酒、月の盃


婚礼の日が来た。


ホアカリと、イワナガ姫の婚礼である。


正直に言えば、ここに至るまでが長かった。


ニニギが、大山津見神から贈られた二柱の姫のうち、イワナガ姫だけを返した。


理由は、見目が美しくない。


思い出すだけで頭が痛い。


その結果、大山津見神は怒り、山は荒れ、田は沈み、神酒の稲も失われかけた。


そこへホアカリが現れた。


崩れた田を見て、力強い場所ですね、と言った。


豊作の神として、沈んだ田に稲穂を立てた。


イワナガ姫は、その隣でこの稲が酒になるところを見たいと言った。


大山津見神は、婚姻を認めた。


そうして今日、山の寿ぎと豊作の光が結ばれることになった。


よいことである。


非常によいことである。


……なのだが。


「月読命」


婚礼の前、大山津見神が私のもとへ来た。


顔が重い。


山の神らしく、重い。


だが、その重さは怒りではなかった。


困惑である。


「何だ」


「助けてくれ」


開口一番、それだった。


私は目を細めた。


「今度は何だ」


「酒だ」


「酒?」


「神酒だ」


大山津見神が、深く息を吐いた。


「出来が良すぎた」


それは知っている。


崩れた山に立ち上がった稲。


ホアカリの光を受けた稲。


山の清水と、岩の間を通った水で醸された酒。


あの神酒が並のものになるはずがない。


「天つ神も、国つ神も、皆が欲しがる」


「だろうな」


「一樽でよいから分けてくれと」


「だろうな」


「祝いとは別に、献上用にできぬかと」


「言うだろうな」


「姉神にも、ぜひと」


「姉上なら言われる前に気づくだろうな」


「困っているのだ!」


大山津見神の声に、近くの木々が震えた。


私は額を押さえた。


「揺らすな」


「すまぬ」


「その酒は、イワナガ姫の婚礼に添える酒なのだろう」


「そうだ」


「ならば、婚礼の場で振る舞う分だけ出せ。それ以上は出すな」


「だが、天つ神どもが」


「言わせておけ」


「国つ神どもも」


「言わせておけ」


「皆、あの酒を欲しがるぞ」


「だからこそ、出すな」


大山津見神が黙った。


私は、静かに続けた。


「その酒は、詫びの酒ではない。ニニギの無礼をなかったことにするための酒でもない。天つ神の機嫌を取る酒でもない」


大山津見神の目が、少しだけ落ち着く。


「イワナガ姫の婚姻を寿ぐ酒だ」


「……そうだ」


「ならば、父として胸を張れ。欲しがられて困るほどの酒を、娘の婚礼に添える。それでよい」


大山津見神は、しばらく黙っていた。


やがて、深く頷いた。


「そうだな」


「そうだ」


「我が娘の酒だ」


「そうだ」


「イワナガの婚礼の酒だ」


「そうだ」


「ならば、誰にも余分には渡さん」


「そうしろ」


「月読命」


「何だ」


「一応、お前も側にいてくれ」


「なぜだ」


「断りきれる気がせぬ」


山の神。


強いのか弱いのか分からない。


だが、父としては分かる。


娘のための酒を守りたいのだ。


私は深く息を吐いた。


「分かった」


「助かる」


「ただし、絡むな」


「絡まぬ」


この時、私は信じた。


信じた私が甘かった。


婚礼は、滞りなく始まった。


山の神々。


天つ神々。


国つ神々。


海に関わる神々までもが集まっていた。


当然である。


これはただの婚姻ではない。


岩の寿ぎを持つイワナガ姫と、豊作をもたらすホアカリの婚姻。


山の長さと、天の実りが結ばれる神婚である。


イワナガ姫は、静かに立っていた。


派手ではない。


だが、揺らがない。


岩のように、そこに在る。


その隣に立つホアカリは、終始嬉しそうだった。


嬉しそうすぎて、周囲の草が少しずつ元気になっていた。


「ホアカリ」


私は低く呼んだ。


「はい」


「制御しろ」


「申し訳ございません」


「謝るな。制御しろ」


これを、婚礼中に三度ほど繰り返した。


だが、イワナガ姫がそっとホアカリの袖を引くと、彼はすぐに落ち着いた。


なるほど。


手綱は、もう私ではなくイワナガ姫が持つらしい。


よいことである。


非常によいことである。


ホミミは、妻と並んでその様子を見ていた。


かなり顔色は戻っている。


「まとまりましたね……」


「ああ」


私は頷いた。


「よくまとまった」


ホミミの妻も、静かに微笑む。


「ホアカリも、ようやく落ち着いたようで何よりです」


そう言った直後、ホアカリがイワナガ姫に微笑まれ、周囲の稲穂が少しだけ揺れた。


私とホミミとホミミの妻は、同時にそちらを見た。


「……落ち着いたか?」


「……以前よりは」


ホミミの妻が、ものすごく慎重に言った。


よい言い方である。


落ち着いた、とは断言しない。


賢い。


やがて、神酒が振る舞われた。


大山津見神が、最上位の婚礼神酒として用意した酒である。


盃に注がれた瞬間、場の空気が変わった。


山の清水の香り。


岩の間を通った水の静けさ。


豊作の光を受けた稲の甘み。


そして、長く在るものを寿ぐ、深い気配。


天つ神が息を呑んだ。


国つ神が目を見開いた。


誰もが、この酒がただの酒ではないと理解した。


「……これは」


オモイカネが、珍しく真顔で盃を見ていた。


「上出来すぎるね」


「そうだな」


「欲しがられるよ」


「もう欲しがられている」


「だろうね」


私は盃を受け取り、一口含んだ。


そして、少し黙った。


よい酒だ。


いや、よいなどという言葉では足りない。


山の怒り。


山の悔い。


イワナガ姫の泥に濡れた手。


ホアカリの光。


崩れた田から立ち上がった稲。


それらすべてが、酒の中で静かに結ばれている。


「……よい酒だ」


私が言うと、大山津見神が泣いた。


泣いた。


かなり泣いた。


「そうであろう!」


「泣くな」


「我が娘の酒ぞ!」


「分かっている」


「飲め、月読命」


「もう飲んでいる」


「もっと飲め」


「絡むな」


「今日は娘の婚礼ぞ」


「知っている」


「ならば飲め」


「理屈が雑だ」


大山津見神は、泣き上戸だった。


しかも絡み酒だった。


山の神が泣きながら盃を押しつけてくる。


かなり圧がある。


「月読命」


「何だ」


「イワナガが笑っておる」


「そうだな」


「ホアカリ殿の隣で笑っておる」


「そうだな」


「飲め」


「話が飛んだな」


「嬉しいのだ」


「それは分かる」


「ならば飲め」


「だから絡むな」


横でオモイカネが肩を震わせている。


「珍しいね。ツクヨミが絡み酒を受けてる」


「助けろ」


「面白いから」


「友人とは、時に助けるものではないのか」


「面白い時は見守るものだよ」


嫌な友人である。


その頃、他の神々も酒を味わっていた。


そして、やはり言い始めた。


「この神酒を、ぜひ我が宮にも」


「一樽だけでも」


「次の祭祀に使えぬか」


「山の神よ、分けてくれぬか」


大山津見神の顔が引きつった。


私は静かに立ち上がった。


「この酒は、イワナガ姫とホアカリの婚礼のための酒である」


場が静まる。


「本日この場で振る舞われる分を除き、余分には出さぬ」


天つ神の一柱が言った。


「しかし、これほどの酒を――」


「だからだ」


私は静かに返した。


「これほどの酒だからこそ、婚礼の祝いとして守る。詫びにも、取引にも、献上にも使わせぬ」


大山津見神が、はっとしたように私を見た。


私は続けた。


「この酒は、山が娘を誇り高く送り出すための酒である。欲しい者は、今日この場で祝え。それ以上を求めるな」


沈黙。


そして、オモイカネが穏やかに笑った。


「そういうことです。皆様、今日は寿ぐ日ですよ。酒を奪い合う日ではありません」


知恵袋の言葉で、場の空気が整う。


神々は、少し残念そうにしながらも盃を掲げた。


「ホアカリ殿、イワナガ姫に」


「長き実りを」


「山の寿ぎを」


「豊作の光を」


祝いの声が広がった。


大山津見神は、また泣いた。


「我が娘が……」


「泣くな」


「月読命」


「今度は何だ」


「飲め」


「またそれか」


「嬉しい」


「それは分かった」


「飲め」


「絡むなと言っている」


酒宴の向こうでは、イワナガ姫がホアカリと並んでいた。


ホアカリは幸せそうに目を細めている。


イワナガ姫は、静かに微笑んでいた。


その微笑みを見るたび、ホアカリの周囲の稲穂が少し揺れる。


だが、暴走はしない。


イワナガ姫が袖を引けば、すぐに落ち着く。


本当に、手綱は渡ったらしい。


「言い方がアレなのですが……」


隣で、ホミミが小さく呟いた。


私はそちらを見た。


「何だ」


ホミミは、少し青ざめながら言った。


「ホアカリが振られていたら、作物が……」


そこで、ホミミは口を閉じた。


私も黙った。


ホミミの妻も黙った。


オモイカネも、珍しく少し黙った。


誰も、その先を考えなかった。


考えてはいけない。


ホアカリは豊作の神である。


恋で稲を実らせる神である。


その神が、本気でしおれた場合。


地上の作物がどうなっていたのか。


考えてはいけない。


絶対に、考えてはいけない。


「……まとまってよかったな」


私が言うと、ホミミは深く頷いた。


「本当に」


ホミミの妻も頷いた。


「本当に」


オモイカネが小さく言った。


「地上の作物の安定は、どうやらイワナガ姫にかかっているらしいね」


「言うな」


「でも、事実では?」


「言うなと言っている」


イワナガ姫が、ホアカリに何かを囁いた。


ホアカリが嬉しそうに頷く。


周囲の稲穂が、黄金に揺れた。


今度は暴走ではない。


穏やかで、長く続く実りの気配だった。


私は、盃の中の神酒を見た。


山の寿ぎ。


岩の長さ。


天の光。


豊作の実り。


それらが、一つの酒に溶けている。


悪くない。


非常に、悪くない。


大山津見神が、また私の肩に手を置いた。


重い。


山の神の手は重い。


「月読命」


「何だ」


「飲め」


「まだ言うか」


「今日は娘の門出だ」


「そうだな」


「我がイワナガは、よい男神を選んだ」


「そうだな」


「少し、稲が実りすぎるが」


「そこは否定できない」


「だが、悪くない」


「そうだな」


「ならば飲め」


「結局そこに戻るのか」


私は盃を掲げた。


大山津見神も、涙目のまま盃を掲げた。


ホミミも、妻に支えられながら盃を持つ。


オモイカネは、楽しそうに笑っている。


少し離れたところで、ホアカリとイワナガ姫もこちらを見ていた。


「ホアカリ」


私は呼んだ。


「はい」


「イワナガ姫を泣かせるな」


「はい」


「喜びすぎて山を稲穂で埋めるな」


「……はい」


「返事が遅い」


「申し訳ございません」


イワナガ姫が笑った。


ホアカリも笑った。


稲穂が、少しだけ揺れた。


まあ、少しならよい。


少しなら。


私は盃を口へ運んだ。


上出来すぎる神酒だった。


悔しいが、認めざるを得ない。


本日のホアカリ。


婚礼を終える。


喜びすぎて、何度か稲を実らせかける。


だが、イワナガ姫が袖を引くと落ち着いた。


今後の手綱は、どうやらイワナガ姫が握るらしい。


非常によいことである。


本日のイワナガ姫。


山の神の娘として、静かに婚礼に立つ。


岩の寿ぎを持つ姫。


長く在る姫。


そして、豊作の神を制御できる姫。


地上の作物の安定は、どうやらイワナガ姫にかかっているらしい。


本日の大山津見神。


泣き上戸だった。


絡み酒だった。


だが、酒は上出来すぎた。


悔しいが、認めざるを得ない。


追伸。


神々が神酒を欲しがった。


かなり欲しがった。


だが、あれは詫びの酒でも、献上の酒でもない。


イワナガ姫の婚礼の酒である。


余分には出させなかった。


さらに追伸。


ホミミが、ホアカリが振られていた場合の作物について口にしかけた。


全員で、考えないことにした。


考えてはいけない。


さらにさらに追伸。


婚礼は無事に終わった。


ニニギの無礼から始まった騒動は、山の寿ぎと豊作の光によって、ひとまず収まった。


よいことだ。


本当に、よいことだ。


父上。


夜とは。


婚礼の酒宴で山の神の絡み酒を受け止め、豊作神の感情出力を監視し、欲しがられる神酒を守り、地上の作物の未来に思いを馳せることも含むのか。


……含まないはずである。

今思いついている範囲はここまでになります!

また続きが思いつきましたら投稿します!

お付き合いありがとうございました!

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