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ツクヨミ様は中間管理職~三貴神の真ん中ですが、今日も神話の尻拭いをしています~  作者: まるちーるだ


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11/15

第11話 返事を待てと言ったはずだが


ホアカリは、できた男神である。


礼儀正しく、話が通じ、書類も読める。


状況判断も早く、相手の面子も立てられる。


弟の尻拭いのために大山津見神のもとへ赴き、イワナガ姫の尊厳を守ろうとした姿は、実に立派だった。


私は、少し感心した。


ホアカリは、ニニギとは違う。


落ち着いている。


冷静である。


話を最後まで聞く。


一を聞いて十を知る。


だからこそ、思ったのだ。


ホアカリならば、大丈夫だろう、と。


……そう思っていた時期が、私にもあった。


「ツクヨミ大おじ様」


数日後。


ホアカリが、いつになく真剣な顔で月の宮へやって来た。


私は筆を置いた。


「何だ」


「婚礼の布について、ご相談が」


「待て」


私は即座に言った。


ホアカリが、きょとんとした顔をする。


「まだ、何も言っておりませんが」


「言う前から分かる」


「さすがです」


「褒めるな。嫌な予感しかしない」


私は深く息を吐いた。


「ホアカリ」


「はい」


「イワナガ姫から、返事はもらったのか」


「まだです」


「では、なぜ婚礼の布の話をする」


「お返事をいただいた時、すぐに礼を尽くせるように」


「それを急ぐと言う」


「急がせているつもりはありません」


「相手に見えた時点で圧だ」


「では、見えないところで準備を」


「それはそれで怖い」


ホアカリは、真面目な顔で考え込んだ。


本当に考えている。


やめろ。


その方向で改善案を出そうとするな。


「まず、山の神への礼として、天の織女たちに布を織っていただこうかと」


「それはよい」


「岩の寿ぎにふさわしい、千年色褪せぬ糸を用意します」


「重い」


「それから、イワナガ姫のために、岩と月を模した髪飾りを」


「まだ返事はもらっていない」


「はい。ですので、仮です」


「仮の髪飾りとは何だ」


「正式なものは、お返事をいただいてから」


「つまり、仮と正式の二種類を作る気か」


「はい」


「重い」


「それから、婚礼の場ですが」


「だから待て」


「大山津見神の地と、高天原の双方の顔が立つよう、境の場を設けるのがよいかと」


「案としては悪くない」


「ありがとうございます」


「だが、まだ返事はもらっていない」


「はい」


「理解しているか」


「はい」


「していないだろう」


「しています」


「では、なぜ婚礼の場まで考えている」


「考えるだけなら、急かしてはいません」


「その理屈は危険だ」


ホアカリは不思議そうな顔をした。


本当に不思議そうだった。


悪気がない。


まったくない。


だからこそ、厄介である。


「それに、婚礼後の住まいについても」


「待て」


私は片手を上げた。


「今、何と言った」


「婚礼後の住まいについても」


「返事は」


「まだです」


「では、なぜ婚礼後の住まいの話をする」


「お返事をいただいてからでは、遅いかと」


「その前提が圧だ」


「ですが、イワナガ姫に不自由をさせるわけには」


「その心は良い」


「ありがとうございます」


「だが、重い」


ホアカリは黙った。


少しだけ傷ついた顔をした。


やめろ。


そういう顔をするな。


お前の誠意が重いと言っているのであって、誠意そのものを否定しているわけではない。


「ホアカリ」


「はい」


「お前は、イワナガ姫に返事を考える時間を与えると言ったな」


「はい」


「ならば、待て」


「待っております」


「待ちながら婚礼の準備をするな」


「見えないところでも?」


「見えないところでもだ」


「最小限でも?」


「最小限なら、まず相談しろ」


「相談に参りました」


「そうだな」


確かに、相談には来た。


勝手に動くよりは、ずっとよい。


そこがまた厄介である。


ホアカリは悪い男神ではない。


むしろ、非常に良い男神である。


ただし、良い男神の本気が、常に相手に優しいとは限らない。


誠実が全力で走ると、圧になる。


私は今、それを学んでいた。


「それと、イワナガ姫へのご挨拶ですが」


「待て」


私は、再び片手を上げた。


「まさか毎日行くつもりではないだろうな」


ホアカリは、少しだけ黙った。


私は目を細めた。


「ホアカリ」


「……毎日は、いけませんか」


「いけない」


「ですが、誠意は」


「誠意と圧は紙一重だ」


「では、一日おきに」


「増やすな」


「減らしました」


「毎日から見れば減っているが、相手から見れば十分多い」


ホアカリは真剣に考え込んだ。


「では、三日に一度では」


「それでも多い」


「七日に一度では、心が離れるかもしれません」


「まだ始まっていない」


「……」


「その顔をするな」


最終的に、私は三日に一度で折れた。


折れたというより、抑え込んだ。


毎日から一日おきになり、そこから三日に一度まで減らしたのだ。


勝った。


たぶん、勝った。


だが、冷静に考えれば三日に一度でも多い。


それはもはや脅迫である。


「ツクヨミ」


背後から声がした。


振り返らずとも分かる。


オモイカネである。


「いつからいた」


「仮の髪飾りあたりから」


「聞いていたなら止めろ」


「面白かったから」


「友人とは、時に止めるものではないのか」


「面白い時は見守るものだよ」


嫌な友人である。


オモイカネは、いつものように私の向かいに座り、茶を飲んだ。


勝手に飲むな。


「ホアカリ様、かなり本気だね」


「見れば分かる」


「婚礼準備、どこまで止めたの?」


「布、髪飾り、場の設計、贈り物、祝詞、婚礼後の住まいまで止めた」


「ほぼ全部だね」


「まだ返事をもらっていないのだ」


「でも、三日に一度は会いに行くんだ」


「なんとかそこまで抑えた」


「圧だね」


「言うな」


「脅迫に近いね」


「言うなと言っている」


ホアカリが、少し困ったようにこちらを見た。


「私は、イワナガ姫が断りやすいよう、必ず『無理にとは申しません』と添えるつもりです」


「それを三日に一度言われる側の気持ちを考えろ」


「……重いでしょうか」


「重い」


「では、軽めの文に」


「文面の問題ではない」


「では、贈り物を軽めに」


「そういう意味でもない」


「では、何を軽くすれば」


「まず気配だ」


ホアカリは黙った。


気配を軽くするという概念が、少し難しかったらしい。


ホアカリは頭が良い。


しかし、イワナガ姫のことになると、一部の理解力がどこかへ行く。


これが恋というものなのか。


厄介である。


非常に厄介である。


「ツクヨミおじ様……」


その時、廊下の向こうから、弱々しい声がした。


私は顔を上げた。


現れたのは、ホミミだった。


ただし、いつものように一人ではない。


隣には、ホミミの妻がいる。


彼女は穏やかな顔をしているが、ホミミの腕をしっかり支えていた。


いや、支えているというより、逃がさないように掴んでいる。


なるほど。


この姫が、前回ホミミを布団に縛りつけたのか。


納得した。


「ホミミ」


「はい……」


「また倒れたのか」


「少し……」


「少しではありません」


ホミミの妻が静かに言った。


声は穏やかだが、逆らえない響きがある。


ホミミは小さくなった。


「今回は何だ」


私が尋ねると、ホミミは青ざめた顔で言った。


「ホアカリが……」


「ホアカリが?」


「イワナガ姫への婚礼の準備を、着々と……」


「知っている」


「まだ、お返事をいただいていないのに……!」


「知っている」


「布を選び、髪飾りを考え、住まいの候補まで……!」


「止めた」


ホミミの顔が、ぱっと上がった。


「止めてくださったのですか!」


「止めた。ある程度は」


「ある程度」


「三日に一度の訪問まで抑えた」


ホミミは固まった。


「……三日に一度?」


「そうだ」


「それは、多いのでは」


「多い」


「ではなぜ」


「毎日行くと言った」


ホミミは、ゆっくりと目を閉じた。


隣の妻が、さっと支える。


慣れている。


「ホミミ」


「はい……」


「倒れるな」


「はい……」


「座れ」


「はい……」


ホミミは、妻に支えられて座った。


顔色は悪い。


前回より悪い気もする。


「ツクヨミおじ様」


「何だ」


「ホアカリは、落ち着いた子だったはずでは……?」


「落ち着いている」


「では、なぜ」


「本気だからだ」


「本気」


「そうだ」


私は深く息を吐いた。


「あれは止まらん」


ホミミが、絶望した顔をした。


「ツクヨミおじ様でも、ですか」


「止めることはできる」


「では」


「ただし、止めすぎると別の方向に準備を始める」


「別の方向」


「見えないところで布を用意しようとした」


「……」


「仮の髪飾りと正式な髪飾りを二種類用意しようとした」


「……」


「婚礼後の住まいの候補を三つに絞っていた」


「……」


ホミミは、妻の袖を掴んだ。


「私は、子育てを間違えたのでしょうか」


「ホミミ」


私は静かに言った。


「ニニギの勢いと、ホアカリの手際の良さは、方向が違うだけで根は同じだ」


「同じ……」


「どちらも、走り出すと速い」


「うっ」


「ただし、ホアカリは周囲を見ている。ニニギは前だけを見る」


「ううっ」


「泣くな」


「はい……」


ホミミの妻が、静かに茶を受け取った。


「ツクヨミ様」


「何だ」


「夫を連れてきて正解でした」


「そうだな」


「このまま一人で聞いていたら、また布団に縛るところでした」


頼もしい。


実に頼もしい。


ホミミには、この妻が必要である。


「ですが」


ホミミの妻は、ホアカリを見た。


「止めるだけでは難しいのではありませんか」


ホアカリが、少しだけ姿勢を正した。


私は目を細める。


「どういう意味だ」


「ホアカリは、イワナガ姫を急かすつもりはないのでしょう」


「はい」


ホアカリは、即座に頷いた。


「ただ、いつでも礼を尽くせるようにしたい」


「はい」


「断られた時に、きちんと下がる覚悟はありますか」


ホアカリは、一瞬だけ黙った。


その沈黙が、答えだった。


ないわけではない。


だが、かなり痛いのだろう。


「あります」


ホアカリは、静かに言った。


「イワナガ姫が望まぬなら、私は下がります」


「では、そこを形にしなければなりません」


ホミミの妻は、穏やかに続けた。


「贈り物ではなく、まずは文を。婚礼の準備ではなく、まずは謝罪とご機嫌伺いを。訪問も、返事を迫るためではなく、イワナガ姫の心を確認するためと明確に」


私は、少し感心した。


冷静である。


非常に冷静である。


ホミミが責任感で倒れる分、この妻は現実を見る。


よい夫婦である。


「なるほど」


オモイカネが、楽しそうに言った。


「止めるのではなく、道筋を整えるわけだね」


「そうですね」


ホミミの妻は頷いた。


「ホアカリが止まらないのなら、走る道を決めるしかありません」


私はホアカリを見た。


「聞いたか」


「はい」


「走るなとは言わん」


「はい」


「道を外れるな」


「はい」


「返事を迫るな」


「はい」


「贈り物で囲むな」


「はい」


「婚礼の準備を見せるな」


「はい」


「毎回『妻に』と言うな」


ホアカリが、少しだけ黙った。


「ホアカリ」


「……はい」


「返事が遅い」


「申し訳ございません」


「本当に分かっているか」


「はい」


「では、三日に一度の訪問で何をする」


「まず、大山津見神へ非礼を詫びます」


「よい」


「次に、イワナガ姫へ無理に返事を求めぬことを伝えます」


「よい」


「それから、体調やお気持ちを伺い」


「よい」


「最後に、もし差し支えなければ、私がどのようにイワナガ姫を可愛らしいと思ったかを」


「言うな」


「なぜですか」


「重い」


「ですが、本当のことです」


「本当のことを全部言えばよいわけではない」


「……難しいですね」


「学べ」


ホアカリは真剣に頷いた。


この真剣さは美点である。


美点なのだが、イワナガ姫に向かうと圧になる。


匙加減が難しい。


「では、文面を整えましょう」


オモイカネが筆を取った。


「まず、第一に謝罪」


「はい」


「第二に、返事を急かさないこと」


「はい」


「第三に、イワナガ姫の心を尊重すること」


「はい」


「第四に、ホアカリが本気であることは、少しだけ匂わせる」


「少しだけですか」


「少しだけ」


「どの程度でしょう」


「読む側が逃げ道を失わない程度」


「……難しいですね」


「だから私が書く」


ホアカリは、素直に頭を下げた。


「お願いいたします」


本当に素直である。


だからこそ、止めきれない。


「それと」


私は言った。


「贈り物はどうする」


「軽いものにします」


ホアカリが答えた。


「何を考えている」


「季節の花を」


「よい」


「それから、岩に合う月光色の布を」


「重い」


「では、小さな布を」


「布から離れろ」


「では、菓子を」


「よい」


「山の恵みに合うよう、天の蜜を使ったものを」


「やや重いが、まだ許す」


「それを三種類」


「一種類にしろ」


「……はい」


「その顔をするな」


ホアカリは、本当に残念そうだった。


ホミミがまた揺れた。


妻が支えた。


忙しい。


「ホミミ」


「はい……」


「お前は座っていろ」


「はい……」


「ホアカリ」


「はい」


「お前は一度深呼吸しろ」


「はい」


「オモイカネ」


「何?」


「笑うな」


「努力してる」


「努力が足りない」


「善処する」


「その言い方は信用できない」


月の宮は、久しぶりに騒がしかった。


八柱が巣立ち、静かになったはずの月の宮。


そこに今いるのは、妻に支えられるホミミ、恋で手際が暴走しているホアカリ、面白がるオモイカネ、そして頭を抱える私である。


静けさとは何か。


夜とは何か。


父上に改めて問いたい。


「ホアカリ」


私は、最後にもう一度言った。


「イワナガ姫は、傷ついている」


「はい」


「その傷を、お前の誠意で埋めようとするな」


ホアカリは、静かに目を上げた。


「……はい」


「まず、彼女が自分で立つ時間を守れ」


「はい」


「お前ができるのは、そのそばに立ちたいと願うことだけだ」


ホアカリは、深く頭を下げた。


「肝に銘じます」


その声は、ようやく少し落ち着いていた。


よし。


少しは効いた。


たぶん。


「では」


ホアカリが顔を上げる。


「三日に一度、ご挨拶へ」


「待て」


「はい」


「最初の一度は、五日後だ」


ホアカリが固まった。


「五日」


「そうだ」


「五日も」


「五日だ」


「……はい」


その顔は、明らかに耐えていた。


耐えろ。


それくらい耐えろ。


「その間に、文面を整え、贈り物を一種類に絞り、婚礼準備はすべて止める」


「はい」


「仮の髪飾りも駄目だ」


「……はい」


「正式な髪飾りも駄目だ」


「はい」


「住まいの候補も一旦忘れろ」


「……はい」


「返事が遅い」


「申し訳ございません」


オモイカネが、もう隠す気もなく笑っている。


ホミミの妻が、ホミミの背をさすっている。


ホミミは、青ざめながらも息をしている。


ホアカリは、真剣に耐えている。


私は、日記を開いた。


本日のホアカリ。


イワナガ姫から、まだ返事はもらっていない。


にもかかわらず、婚礼の準備を始めようとする。


布。


髪飾り。


祝詞。


婚礼の場。


婚礼後の住まい。


贈り物。


すべて止めた。


なお、毎日挨拶に行くと言い出したので止めた。


一日おきと言い出したので、さらに止めた。


なんとか三日に一度に抑えた。


最初の訪問だけは五日後にした。


ホアカリは、かなり耐えていた。


追伸。


三日に一度でも多い。


それはもはや脅迫である。


さらに追伸。


ホアカリは悪い男神ではない。


むしろ誠実である。


ただし、誠実が全力で走ると、圧になる。


覚えた。


さらにさらに追伸。


ホミミがまた卒倒しかけた。


今回は妻に支えられて来た。


賢明である。


ホミミの妻は強い。


とても強い。


さらにさらにさらに追伸。


ホアカリは止まらん。


止めるのではなく、道筋を整えるしかない。


父上。


夜とは。


恋に突っ走る男神の交通整理も含むのか。


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