ゴルン教異変編 翠の魔女
十字教の聖職者の数は多いが、魔女でかつ、教会の責任者というのは確認されているだけでも、ミルース村の翠の魔女、ただ一人である
「魔女である者が聖職者に相応しくない」という少数ながらも十字教の中にもそういう意見があるが、魔女である彼女の評価評判は良い。長年十字教に尽くし、孤児院の子供を数多く面倒を見て、導いてきた
魔法に関しても高い知識と適応力を持ち、彼女の元に学びに来る十字教の聖職者はいるほどである
だが魔女という長命種故に、多くの教え子や子供達と別れを経験してきた。そしてもっとも思入れのあり、愛情をもって接し、育てたアイリスを戦死という形で失っている
その悲しみ、苦しみ、喪失感、それを表情や言葉に出すことは翠の魔女は無い、少なからず幼少期から育てられたアヤメにはそんな素振りを見せていなかった程
アヤメが生命波動の力に目覚めた時も、冷静に、「悪いことには使ってはいけないよ?」という、親が子供に言い聞かせるような程度の事しか言わなかった
誰も翠の魔女の本音は知らない。平和な状況だったら、それでも良い。しかし危機的な状況だからこそ、腹を割って話さなければならないという
孤児院の翠の魔女の寝室のドアの前で立っている彼女は、そう判断していた
寝室のドアの隙間から光が漏れており、まだ翠の魔女は起きている。それをわかった上で寝室のドアの3回ノックする
「どうぞ」
翠の魔女はノックしてきた相手を招く。翠の魔女はテーブルに座り、紅茶を飲みながら、書物を読んでいた
ノックして入ってきた相手に、翠の魔女は驚き、書物を読む手を止める。それは余りにも予想外の人物であったからだ
それは翠の魔女にしても、ミルース村にとっても、というよりカリバーン王国領土でも珍しいチェイテの服装を纏っていた
「これは…」
「驚かせてしまったかしら?流石に叔父上にこれ以上動くのも可哀そうだったからね、式神の操作をこっちに移させてもらったのよ」
「サイク家の当主、リーノ・サイクね。噂を聞いているわ」
カノンの式神だったものは、リーノの姿になって翠の魔女の前に現れた
カノンに代わって、翠の魔女と会話する為に
「その様子だと、アヤメ…いや、アイリスから聞いたって所かな?」
「そんなところ。流石魔女と呼ばれるだけあって、アヤメとアイリスのことには気づいていたって所かしら?」
「…あの魔装鎧にアイリスの魂と意思があるのはカノンから聞くまでも無く、わかっていた。そしてアヤメが夜な夜なアイリスに会いに行ってることも…一応、私はアヤメの保護者だからね」
「なるほど、それは話が早い」
リーノは翠の魔女のテーブルに対面する形で、椅子に座る
「…アヤメはやっぱり、戦わないといけないのかしら?生命波動の力を持った以上…いや、アイリスと同様の魂と容姿で生まれた以上、そういう運命だったと割り切るべきかな…」
翠の魔女は悲しげな表情を見せる。アヤメとアイリスの言う通り、翠の魔女はアヤメが戦うことは望んでいない。だが、葛藤をしている
翠の魔女の悲しげな表情を見たリーノは、納得する
「なるほどね…道理でアヤメとアイリス…そして叔父上も遠慮しちゃう訳か。翠様はわかりやすいぐらい表情に出ちゃいますね。正直、私も少し罪悪感を感じるぐらいには」
「そ、そうかしら?」
翠の魔女自身は無自覚であったが、彼女は表情に出やすい。それも飾り気の無い美人だから、余計にそれを感じさせやすい
「アヤメとアイリスは、翠様を悲しませることはしたくないって。叔父上も二人の意見を尊重するという方針にした」
「これなら、紅様の方がわかりやすいというか、やりやすいというべきか…あの人は愛弟子を失った感情を、八つ当たりで叔父上を殺そうとしたからね」
「紅様らしいというか…同じ同胞で、少なくとも数百年共に過ごした焔の魔女を失ったから…誰かを責めらずにいられなかった…ただ、よりによって喧嘩を吹っ掛ける相手を考えないのが紅様らしいというか…それとも、本気で殺意をぶつけても大丈夫だという信頼もあったかもね」
「だとしてもいい迷惑です。叔父上が許していても、叔父上に殺意で危害を向けた件については許していないですからね」
「…いい娘ね、あなた…いや、サイク家と言うべきかしら?カノンをそこまで慕っているなんて」
紅の魔女が、東の大陸に調査に行っていたカノンを探すのに一ヵ月程かかったのは、リーノが一方的に紅の魔女を門前払いにして話すら聞かなかったことが原因である
「私としては叔父上の方針には従う…だけど、本音を言えば私はアヤメを巻き込みたい。おそらく、現状で最もウロボロスに怪人と妖魔に対して一方的な有効打になり得るだろうし、戦力は欲しい」
現状の戦力はカノン、グラン、ユキナ、リーノ、ライブラ、紅の魔女、そして魔装鎧に魂と意思を宿っているユーゴと焔の魔女、カリバーン王国の騎士団や魔法省が全面協力してくれるとは言え
未だに組織規模、戦力、目的、何もかも謎が多いウロボロスに対して、怪人と妖魔と戦える可能性のある戦力を取り入れたいのはリーノに限らず、カノンも同様の考えではあった
しかし、無理強いはしたくない
「私達の仲間…十二騎士に引き入れるということは、地獄に付き合わせることになる。もしかしたら、まともな死に方をしない、もしかしたら無実で被害者を手にかけないといけない状況もあり得る…その辺は、100年前の妖魔を知っている翠様ならご存知ですよね」
「そうね…痛いほど、それはわかっている」
翠の魔女は同時を思い返す。家族や友人が妖魔にされて殺された、十二騎士に殺されたと言う者まで、当時はいたのだ。翠の魔女自身も、自分が育てた孤児達が妖魔に変えられ、そしてアイリスの手によって葬られたという思い出したくもない経験がある
「家族当然に付き合ってきた子達を、アイリスの手で殺させてしまった…また、同じ目に…同じ罪を今度はアヤメにさせてしまうと考えてしまう」
翠の魔女の言葉に、リーノは思わずため息を付き、苦笑いをしてしまう
「…お互いに相思相愛と言うべきか、お互いに傷つけさせたくない。聖職者らしく、優しいと言うべきか…最悪、翠様とアヤメ、そしてここにいる孤児院の子供達を避難させるという手も無くはないけど」
「その手は悪手でしょうね。ライブラ様も言ってましたが…それを実行すれば、ミルース村に無差別攻撃するか、すぐさまに何かしらの行動する可能性があり得る」
現時点において、ウロボロス及び、ゴルン教の戦力が未知数な故に下手な手が取れない
リーノは色々と考える。いずれにせよ、このままだとこの孤児院と教会は戦いに巻き込まれるのは避けられないと判断していたからだ
「…リーノちゃんでいいかな?」
翠の魔女はリーノの呼び方を再確認し、息を吸い、自身の顔を叩いて表情を変える。それは覚悟を決めた顔つき、目つきで
「そんなに心配しなくてもいい。私がアヤメに発破をかける。あの子は戦う運命、それが主の導きだとすれば、私はあの子戦うことを選ばせる…それが、アヤメを受け入れた時から決まっていたことだから」
それは淀みなく、ハッキリと翠の魔女は言い切る。アヤメを戦わせる選択をさせる
我が子当然に、育て、愛でてきたアヤメを過酷な運命を歩ませることになるを知った上で
「恨まれ、嫌われることになっても…私はアヤメを戦わせる」
翠の魔女の覚悟を聞いたリーノは、疑問があった
「…翠様、叔父上の記憶を見る限り、幼少期のアイリスを知っている…姿と容姿を知っていると思うのですが、それをわかった上でアイリスと瓜二つのアヤメを引き受けたんですか?」
アイリスと瓜二つの容姿のアヤメ、それを単純な運命では無いと翠の魔女であれば気付くものであるとリーノは思っていた。だが、翠の魔女からの回答は、世にも奇妙で、魔法の世界であっても奇妙な話
「いや…アヤメは天涯孤独の孤児であることは確かで、単純に受け入れ先がここになっただけ…そして当時のアヤメはアイリスとはそこまで似ていなかった。面影がある程度だったけどね…数年前になるかしら…アヤメが一週間以上体調を崩して寝込んでいた時期があった、まるで体が焼けるように熱いって…そして、体調が全快になった頃、アヤメの容姿は、アイリスと瓜二つになっていた」
翠の魔女が当時のことを思い出しながら語る、アヤメとアイリスの容姿が瓜二つの理由は…それは余りのも奇怪な現象であり、あらゆる魔法の知りうるリーノも信じられないような反応をした
しかし、リーノは一つ思いつく、数年前の出来事であると…ある一つの線が見えていた
「…翠様、もしかしてですけど…それはカリバーン王国第七王女が事故死した時期に近い?」
「よくわかったわね。正確にはユリカ姫…というより今はユキナちゃんか…ユキナちゃんが聖剣に選ばれた時期…アヤメが体調不良になって、アイリスと瓜二つの容姿になった」
見ていた一つの線が繋がった。聖剣に選ばれたユキナ、アイリスと瓜二つの容姿になったアヤメ
「聖剣の勇者と生命波動の力を有する器が、同時期、この頃に揃っていた…」
「ライブラ様が曰く、『オリュートスという世界の抑止力、それに選ばれた者』って…ある意味ではそうかもしれない…ユキナちゃんとアヤメ…100年前の妖魔大戦時代、国も人種の壁を越え、超人的な能力を持つ者が一致団結し、そして十二騎士も…オリュートスという世界に選ばれた存在かも知れないね…」
「それを言われたら、今もオリュートスという世界の意思で私たちが集っているのか…まあ、何にせよ、翠様の本心はわかった…後は、アヤメとアイリス次第って所か…」
翠の魔女は彼女たちが戦うことを望む、それが生命波動の力に選ばれた者だからこそ
アヤメとアイリスは、翠の魔女を悲しませることを望まない
互いに愛する者だからこそ、そこには優しいすれ違いが起きていた




