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ダンジョンと現代神話  作者: 霧色瑪瑙
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30/34

30:白魔道士

 僕と千紗ちゃんはカウンターでそれぞれ食事を受け取ると、ゲントと平野の隣に座った。

 僕とゲントが隣り合い、僕と千紗ちゃんが向かい合う形だ。


「この人達、周りに人が寄り付かないのでこういう時に便利なんですよね。席取ってもらってるような感じです」


「別に誰も彼もに避けられてるわけじゃないが、ふてぶてしくその空いた席に座ってくるのは本当にお前くらいだよ」


「なんでそんなに敬遠されてるの?」


「彼ら、こう見えて結社の構成員の中だと結構戦闘能力が高い方なんですよね。ライオンの隣で食事をしようなんて考えるシマウマはいませんから」


「ああ、そういうこと……千紗ちゃんよりも強かったりする?」


「んなわけねえだろうが、こいつら改造人間共と一緒にするな……いや、まさか望月くんもか?」


 先程からではあるが、この勝気な女が望月くんなどと呼んでくるのは少々気持ち悪くすらある。僕は少年という歳でもない。

 何か僕の存在に思うところでもあるのだろうか。


「その通りです。珍しく察しがいいですね」


 幸せが漏れ出している表情でチャーハンを頬張りつつ答える千紗ちゃん。


「その、望月、お前の力は……伊丹とかと同じくらいなのか?」


 眉を顰めながらゲントが尋ねてくる。


「どうなんですか?」


「どうなんですか、と言われてもなあ……」


 まだきちんと試してはいないけれど、多分僕の力は相当に衰えている。

 力を奪うような場所で一ヶ月も眠っていた、という状況から考えてもそうだろうし、それ以前に腕力が落ちている実感がある。コップ一つ掴むのにも結構気合が必要だ……馬鹿みたいな怪力であった時と比較して、だが。


「まあ、千紗ちゃんほどじゃあないと思うよ。多分ね」


 そもそも千紗ちゃんがどの程度なのか、というのもいまいち把握できていない。


「んまあ、そう単純比較出来る能力ばかりでもないしな。例えば多量の水を出し続ける能力とか、あまり戦闘の役には立たないが間違いなく結社の生命線だ。知ってるか? このビルで利用されてる水って全部一人の半覚醒者が賄ってるんだぜ」


「ああ、さっき聞いたよ」


「ほう? そこまで知っているとなるとここのことはもうほとんど聞かされたか?」


「いえ、たまたまその部分は伝えていたというだけですね。知らないことがほとんどです」


「なるほどな。おい、望月くん、食事が終わったらこのビルを案内してやるよ。組織そのもののことも気になるだろうからそれも話しつつ、な」


「変に取り入ろうとしないでください。私がやっておきます」


「伊丹よお、独り占めはよくないぜえ」


「ゲントさんで我慢しておいてください」


「我慢……」


 延々と雑な扱いを受けているゲントのダメージはなかなか大きそうだ。

 これまでの平野の僕への態度というのは僕の容姿が気に入った上で冗談半分で話しているとかそういうものだと思っていたのだが、独り占め、という言葉には少し違和感があるな。


「……不思議そうな顔してるので説明しますと、ここ、実は若い男性自体が非常に少ないんですよね。半覚醒者は女性であることが多くて、ここだと数少ない男性もゲントさんとか志木さんみたいな強面が多いので、稀少な普通の男性であるところの悠一郎さんはツチノコさながらに持て囃されるわけです。ちなみに社長もそういう人気がありますね」


「つまり僕のハーレムってこと?」


「若い女性もそこまで多くはないですよ。おばちゃんにはモテそうですね」


「……なるほど……」


 そこまで夢のある状況でもなかったようだ。


「……ふう、ご馳走さまでした」


 かちゃり、という音と共に蓮華を置く千紗ちゃん。こういう場でも自然とご馳走様と出てくるのは育ちの良さ故だろうか。実際の家庭環境は僕の知るところではないが。


 中華丼を頬張りながら千紗ちゃんを眺めていると、唐突に、風鈴のような音がした。

 音のした方を見ると、空中に青いガラス玉のようなものが現れ、しかしその見た目に反してふわふわと落下していった。


 千紗ちゃんがそのガラス玉を腕を大袈裟に振って掴む。


「それ何?」


「手紙のようなものです。ネットが生きていればこういうやり取りも楽だったんですけど、今は連絡手段がかなり限られていますからね。こういう能力に頼るのが正解という場面もあります」


「インターネットも機能してないんだ……いや、それはそうか。それで、中身は?」


「割ってみるまでわかんねえんだよなあ」


「今確認します」


 千紗ちゃんが右腕に力を込めるとそのガラス玉はパリンと音を立てて破壊され、そしてどこからともなく男の声が流れ出した。

 聞き覚えがある。この声はおそらく社長のものだろう。


『指令だ。例の如く手短に済ませる。座標AL-2A9に存在する<下水の迷宮>を制圧してくれ。期限は明日中、メンバーは伊丹望月を含む四名。以上』


 どうやら社長からの命令はこのようにして伝えられるらしい。


「四名ですか。栞とカルさんは既に別の予定が入っていたはずなので……平野さん達、暇ですか?」


「あー、丁度空いてる。付き合ってやるよ」


「まあ構わないぞ」


「メンバーってそんな適当に決めちゃっていいの?」


 随分雑に感じる。ここにいたからお前らでいいや、とでも言うようなニュアンスで誘ったように見えた。あるいは友達とショッピングにでも行くかのような軽さだ。


「基本的に社長からの指令と異なる要素が混じらなければ大丈夫です。今回なら私と悠一郎さんさえいれば後の二人は数さえ合っていれば本当に誰でも問題はないわけです」


「妙に引っかかる言い方してくれるが、まあそういうことだ」


「社長の指令と異ならない、ってのはそんなに大事なの?例えばもう一人増やしていった方がより確実になると思うんだけど」


 戦力は多ければ多いほど良い、と思うのだが。


「社長は超直感というか未来予知というか、そういう類の能力を持っているみたいなんですよね。四人と言われたら四人で行くのがベストです。一応仕事みたいな形なので、あまり人数をかけすぎても報酬の問題がありますし」


 未来予知、ときたか。

 念動力のようなものと比較してもまた異質な能力だ。この組織の一番上に立っている以上、それ相応の力は持っているということか。


「なるほどね。下水の迷宮っていうのは?」


「下水を侵食するような形で出現したダンジョンなので下水の迷宮と呼ばれています。下水の機能を直接的に停止させた他、周辺には汚泥のような姿の眷属が蔓延り人を襲い、更には組織が派遣した諜報員数名までもが死亡したとみられる、相当に被害の大きな部類のダンジョンです。もっともこんな状況で処理場を動かす人間がいるわけもないので、いずれにせよ下水はすぐに機能停止していたと思いますが」


「……初めての仕事にしては随分厳しくなりそうだね」


「社長がいけると判断したならいけるんでしょう。ただまあ性質上、有害な細菌だとかへの対策は講じておきたいところではありますね……私だけでもある程度は対処できるでしょうけど」


「なら俺の代わりに白魔道士でも連れて行くといい。あいつも明日空いてたはずだ」


 白魔道士。

 ゲントの言い方からして、そういう役割を持った人間の総称ではなく、ある個人を指してそう呼んでいるようだ。


「あの子が暇してるのは珍しいですね。では私から話をつけておきます」


「お前が行ったら脅迫だろうが。私らが行っても変わらんだろうし、まあ望月くんが適任だろう」


 千紗ちゃんは一体ここで何をしたのだろう。


「僕は僕でその子の顔を知らないんだけど」


「白装束纏った中学生くらいの女の子だ。そんな奴はこの結社には一人しかいない。この時間は大体蔵書室にいるだろうな」


 このビルには蔵書室なんてものまであるらしい。


「蔵書室は地下8階です。私はお風呂に入ってきますから、後はよろしくお願いしますね」


「一緒に入ってもいい?」


「堂々と女湯に入る勇気があるならどうぞ」


 もちろん、僕にそんな蛮勇などあろうはずもなかった。



 食器を返却カウンターへと運び千紗ちゃんと別れた後、僕は単独エレベーターに乗って地下の蔵書室へと移動した。

 夥しい数の本が並んではいるが、床も天井も本棚さえも無機質な灰色であるので、どうにも素敵な印象は抱けない。もう少しそのあたりの色彩に気を使えなかったのだろうか。


 かなりの広さがある蔵書室を歩き回っていると、それなりの数の人間が作業をしているのを確認できた。こちらを見てきたおばちゃんににこりと微笑むと生娘のように恥ずかしがって顔を背けてしまった。どうにも釈然としない。


 それから少しして、この場所に不釣り合いな小柄な少女を発見した。白衣と巫女服を足して割ったような独特な白装束を身に纏った白人の女の子。髪は白っぽい金で、銀縁眼鏡の奥に覗く瞳は青い。

 なるほど特徴的であり、確かに事前に多少話を聞いておくだけで簡単に特定できそうな外見だ。


 本を読むのに夢中であるようなので少し声をかけるのが躊躇われたが、待っていても読み終える気配がまるでないので横から声をかけることにする。


「こんにちは、白魔道士さん」


「うわっわわわあっ!? どなたですか!?」


 別に脅かしたつもりはなかったのだが、肝試しの最中のような反応をされた。

 白魔道士と思しき人物は一度深く呼吸をすると眼鏡の位置を直し、訝しげな目をこちらに向けた。


「んん……見覚えないですね。外部の方ですか?」


「今日付けでここの傭兵になった────望月だ。よろしく」


 少し考え、苗字のみを名乗る。

 名乗り一つとっても警戒が必要とは、世知辛い世の中である。


 白魔道士の方はあっさりと警戒を解いたようで、一転して人懐っこそうな笑顔を見せながら口を開く。


「この時期になってまだソシツのある野良の半覚醒者がいたんですね。いや、ソシツがあるからこそ今まで生き残ることが出来ていたのでしょうが……まあいいです。私のことは皆さんには白魔道士と呼ばせていますが、モチヅキ、あなたはイヴェット……いえ、イヴと呼んでいいですよ。特別に許可します」


 まくし立てるように喋る白魔道士、もといイヴ。


「そ、それはどうも……」


「それで、用件はなんです? 何かしら頼みたいことがあるから話しかけてきたのでは?」


 腰に手を当てて軽く頭を傾げるイヴ。長い髪がふわりと舞い、随分と可愛らしい。

 可愛さで言ったら千紗ちゃんも栞ちゃんもカルも相当なものであるのだが、これに関してはまた別というか、あまり褒め称えるとロリコンだと謗られかねないタイプのそれだ。


「ああ、そうだった」


 先程の指令の内容を思い出しながら口を動かす。


「ええと、早速社長から指令があって、下水の迷宮っていうとこに行くことになってさ。君の力を借りたいんだけど」


「ああ、社長、あそこに手を出す気になったんですか。余程あなたの能力を信用していると見えます。他のメンバーは?」


「平野さんと千紗ちゃんだね」


「う、ヒラノ……苦手なんですが、まあいいでしょう。チサチャンとは? そちらも新規の方ですか?」


「伊丹千紗、って子なんだけど、知らない?」


「イタミぃ!?」


「うわっ」


 急に上げた大声に思わず身じろぎしてしまう。


「あ、あいつが一緒なのですか……そうですか……うう、いや、まあ、同行はしますが、思ったより楽しいお仕事にはなりそうにないですね……はぁ……」


 眉を顰め、心底嫌そうな表情で愚痴っぽく呟くイヴ。


 千紗ちゃんは本当に何をやらかしたんだ。

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