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ダンジョンと現代神話  作者: 霧色瑪瑙
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31/34

31:鳥居

 けたたましく鳴る目覚まし時計を止める。

 苦情がきてもおかしくないような爆音だ。志木は朝早くから用事があったらしく、この部屋には僕一人しかいないので今現在はそこまで問題ないが、今後志木にいちいち文句を言われるのも嫌なので代わりの品を要求しておこう。


 うろ覚えの記憶で洗面所まで歩くと、既にそこには先客の姿があった。

 眠たげな顔で歯ブラシを咥えている千紗ちゃんだ。

 あまり可愛げのない黒尽くめのパジャマを着ている姿が逆に可愛らしい。


 千紗ちゃんはこちらを見ると面倒臭そうにコップに水を汲み、口を洗い流して声を出す。


「おはようございます」


「おはよう。僕の分の歯ブラシとかあったりする?」


 僕の言葉を聞いた千紗ちゃんは露骨に顔を歪めた。


「……昨夜はどうしたんですか?」


「そのまま寝ちゃったね。口を濯ぎはしたけど」


「……あまり口を開かないでください。私の替えをあげますから、とりあえずはそれを使って下さい。今度からは自分で買ってきてくださいね」


 千紗ちゃんはしゃがみこむと洗面台の下の扉を開き、中をガサガサと漁る。

 そしてそこから取り出した、透明なビニールに入ったシンプルな歯ブラシを手渡してくれた。必要最低限の機能のみを果たす道具、といった印象を受ける。


「買うものなんだ? 昨日のご飯とかはお金払わなかったみたいだけど」


「食事だけは例外的に無償である程度提供されますが、他にそういうものはありません。活動報酬内に結社内で利用できる通貨が含まれていますから、それで買ってください。ちゃんと経済が回っているとかいう話ではないですけど、まあ利用者側からすれば普通に買い物する感覚で大丈夫ですよ。歩合なので、今日の仕事が終わったら貰えると思います」


「なるほどねえ……」


 話は半分程度聞いておいて、千紗ちゃんの顔を観察する。


「……まだ何か?」


「いや、寝起きみたいなのに随分可愛いと思ってさ。もう化粧は済ませてあるの?」


「いえ、してませんけど」


「……普段と変わらないように見えるんだけど」


「ええ、ですから、普段からしていません」


 こいつは何を言っているんだ、とでも考えていそうな、不思議そうな表情でこちらを見てくる。

 確かに千紗ちゃんはあまり化粧っ気がない感じではあったが、化粧をしている風に見えなくてもその子の顔が可愛く見えるのならそれはあくまでメイクに見えにくいメイクをしているのだというのが僕の中のこれまでの常識であった。


「すごいね」


 本物はいるところにはいる、ということだ。


「馬鹿にしてますか?」


「いや、全然そんなつもりはないんだけど」


「まあいいですけど。適当に支度を済ませてきてくださいね。私は朝食を摂ってきます」


「一緒に食べない?」


「そんな時間ありません。パンとコーヒーだけで簡単に済ませるつもりです。集合時間、把握してますよね?」


 僕の記憶では、確か10時に地下二階に集まるということになっていたはずだ。

 朝から慌てるのも嫌なので目覚ましは8時半にセットした。


「10時だよね」


「9時です。あと20分くらいしかありませんよ」


「なるほどね」


 千紗ちゃんは結構ギリギリに起きるタイプらしい。



 顔を洗い、歯を磨く。

 昨夜は風呂には入ったが、服は昨日着ていたもののままだ。これも調達しておかなければならない。

 整髪剤も欲しいところだ。今日は時間がないので結局寝癖を直すことしかできないだろうが、千紗ちゃん達との共同生活である以上見た目に気を使わないわけにもいかない。


 部屋を出て、エレベーターに乗る。

 ボタンを押して地下二階へ。腕時計もないので確認できないが、ここまでそれなりに急いだので9時は回っていないはずだ。

 目覚ましを早めの時間に設定しておいて本当によかった。

 いや、時間になっても寝ていたら千紗ちゃんが起こしに来てくれたりしたのだろうか。もしそうだとするなら大失敗だ。

 信用と引き換えにはなるが、次そのような機会があったらあえて寝過ごしてみることにしよう。



 エレベーターから降りると、そこは空港のエントランスのような場所だった。

 窓こそないが、地下空間とは思えないほどに広く開放的で、また終末世界のビルの中のワンフロアとは思えないほどに活気がある。


「モチヅキ!」


 可愛らしい子供の声がする方を見ると、昨日と同じ装束に身を包んだ金髪の少女がいた。

 この結社は比較的人種のるつぼのような組織であるようなのだが、結局日本の組織であるためか日本人を中心として東洋の人間が多いので、金髪碧眼銀縁眼鏡の白人であるところのイヴの容姿というのはかなり目立つ。


「やあイヴ、おはよう」


「おはようございます! 私に次いで早い到着です、モチヅキはシュショーですね。イタミとヒラノに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいところですが、喜んで啜りかねないのでやめておきましょう」


「随分な言い様ですね」


「うわあっ!?」


 イヴの後ろから歩いてきていた千紗ちゃんがイヴの頭を手で掴むように抑える。


「かなり大人しくなってくれたと思っていましたが、教育が足りませんでしたか……」


「イタミ!やめて!頭を握りつぶすのはやめてください!」


「そんなことするわけないでしょう」


「ウソだ!この前食堂でオジサンの腕をちぎってたの見たんですよ私! 私にもああする気でしょう!?」


「あれは向こうが私の尻を触ろうとしてきたからです。正当防衛でしょう」


 どうも事実らしい。

 千紗ちゃんにセクハラをしようとしたことは相当な重罪だが、しかし代償が腕一本ではどう考えたって過剰防衛だ。


「普通の人は触られそうになっただけで食堂が血まみれになるような真似はしません! イタミは異常です! サイコパスです! 怖くてシッシンしそうなので今すぐ手を離してください!!」


「治ったんだからいいじゃないですか」


 必死の形相で叫び散らかすイヴ。

 周囲の視線も集まってしまっている……が、千紗ちゃんが一瞥するとすぐに彼らは目を逸らした。

 千紗ちゃんに対する認識は共通のものであるらしい。


「は、離してあげたらどうかな……」


「そうですね。ここで失禁されても困りますし」


「シッシン、と言ったのですが?」


 自由になるや否や、千紗ちゃんに食ってかかるような素振りを見せるイヴ。耳大丈夫か? といったニュアンスであろう。元気なことだ。


「わかってますよ。ちなみに失禁とはおもらしという意味です」


「もらしません! 私はもう13歳のシュクジョです!」


 イヴは13歳だったらしい。見た目通りといったところか。

 13歳の女の子を淑女と呼ぶことはまずないと思う。


「というかあなた、イヴなんて名前だったんですね。一ヶ月仲良くしていて知りませんでしたよ。なんで悠一郎さんには教えたんですか? 一目惚れしました?」


「どうだっていいじゃないですかそんなの!というかイタミと仲良くした覚えはありませんが!」


 この二人、気性こそ正反対であるように見えるが、言葉遣いだとか口調は非常に似通っている。

 先程の会話から鑑みると、千紗ちゃんがイヴに日本語を教えているのだろうか?

 一ヶ月でここまで流暢に喋ることはまず出来ないだろうし、ゼロから教えたという話ではなさそうだが、しかし日本で生まれ育ったにしてはイントネーションが変だったりするので、やはりイヴは日本語を使い始めてから日が浅い感じがある。千紗ちゃんがイヴの日本語に影響を与えているのは間違いないだろう。

 それはなんだかんだ仲は良かったということの証左でもあるはずだ。こうして騒いでいる様子も傍からみると姉妹のようにさえ見える。


「朝っぱらからうるせぇなお前らは……」


「遅いですよ、ヒラノ。あなたが一番最後です」


「まだ9時回ってないんだから問題ねえだろ。おはよう、望月くん」


 まだ眠たげな様子の平野は口角を思い切り上げて肉食獣のような笑顔を見せた。


「おはよう」


 ちょっと怖いが、無視するのもなんなので、一応平野にも挨拶を返しておく。


「私にアイサツはないんですか?」


「どうでもいい……」


 平野はイヴに対しては心底鬱陶しそうな表情で対応している。子供が苦手なのだろうか。


「コミュニケーションをおろそかにしてはいけませんよ、これからセーサツヨダツを共にする仲間なんですから! 連携のエラーは死に直結します!」


「私も勉強は苦手だがな、お前が生殺与奪の意味を履き違えていることはわかるぞ」


 その姿は覚えた言葉をすぐに使いたがる子供の姿そのものだった。

 非常に可愛らしい言動ではある。


「ぐだぐだ言ってないで行きますよ、時間も有り余ってるわけじゃありませんし。私についてきてください」


「イタミに案内されなくてもわかっています!」


「悠一郎さんに言ったんですよ。状況的に理解できるでしょう」


「本当にうるせぇなあお前ら」


 僕としても少し遠足の引率でもしているような気分になってきた。



 歩き出した千紗ちゃんの後を追う。


 少し前から目に入って気になっていた、角ばってはいるが鳥居のようにも見える赤いオブジェの前まで来たところで千紗ちゃんは立ち止まる。


「このゲートを利用します。転移先のx座標二桁目がAになる場合についてはこのゲート。他の数字になる場合はそれぞれ対応したゲートを使わなければなりませんが、まあ今はどうでもいいでしょう」


「Aは数字じゃないですよ、イタミ」


「結社で利用している座標は32進法表記なのでさしあたって数字と言ってしまいました。まあ文字と言えばよかったですね」


「?」


「……正しいゲートしか通れないようになっているので、総当たりで試せばこの小学生のように何も理解してなくても問題無いようになってはいます。無駄が多いですが」


「私は年齢的には中学生です!」


「では小卒と呼ぶことにしますね」


「そうですけど! そうですけども! 悪意しか感じられません!」


 そういえば、こんな状況になってしまっては学校に通うこともできないんだな。

 僕の最終学歴は高卒、千紗ちゃんも中卒というわけか。僕はともかく千紗ちゃんが中卒という状態には違和感しかないが、こんな世界で学歴を要求されることもそうないだろうしあまり問題になることはないだろう。


「さっさと行くぞ。あー、白魔道士が先に行った方がいいか?」


「そうですね。一通り浄化してもらってから私達が転移するのがベターでしょう。というわけで、お願いしますね」


「浄化なんてこなせるのか」


「だから今回こんな子供を採用したんです」


「なんか上からですね……まあ私はそんな物言い一つで拗ねるほど子供でもないので許してあげますが、いざという時に私に助けてもらえないことはカクゴしておいたほうがいいですよ」


「拗ねてるじゃないですか」


「拗ねてません!」


 言いながら、イヴは手の甲の紋章を鳥居に翳す。

 その数秒後、イヴの肉体が僕らの目の前から消滅した。


「転移した、ってこと?」


「そういうことです。浄化は一瞬で終わるはずですから、続きましょう」


「だりぃなあ……まだ酒が残ってんだよなあ」


 そう言って、千紗ちゃんと平野も消えていった。

 平野に関しては少々酒臭い気がすると思っていたのだが、本当にダンジョン決行前夜に酒盛りをしていたようだ。

 いや、案外そういうものなのだろうか。未来予知までこなせるリーダーを抱えた超常の組織である結社の人間にとって、ダンジョン攻略など死の危険もなく簡単にこなせる仕事の一つでしかないのかもしれない。


 いや。違う。死の危険が無いわけではないはずだ。

 千紗ちゃんは昨日、下水の迷宮に向かった調査員が死んだと言っていたはずだ。社長の未来予知はおそらくあらゆる状況で完璧に機能するものではない。


 となると、平野は────パフォーマンスの低下が死に繋がりかねない状況にもかかわらず、ただ酒が飲みたくて飲んでいただけだろう。


 ……少々人間性が疑われないでもないが、まあ逆に酒を飲まなければやっていられないという話でもあるのかもしれない。

 こんなことを考えていたら僕も酒を飲みたくなってきた、後で平野にどこで買うのか聞いておこう。


 あまり遅れると怒られそうなので、僕も鳥居に手の甲を翳す。


 意識が闇に刈り取られた。

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