十五話 恋女房
「私はなんて不甲斐ないんだろうな」
ランニングを終えてブルペンにやってきたシャルは思わず愚痴をこぼす。
「大地と私はそんなに歳は変わらないはずなのに」
野球に関しては誰よりも努力してきてきた自分に自信があったシャルだったが、自分と同い年の男に今まで誰にも当てられたことのなかった魔球を当てられ、変わった練習でチビーズをやる気にさせたりと、シャルはすっかり自分に自信を失っていた。
そんな失った自信を取り戻すかのようにシャルはブルペンで一人投球練習を始める。
ベースの上にあるストライクゾーンを九分割にした枠に向かって投げるシャル。シャルの本気の球を捕れる選手がいないためこんな投球練習しかできなかった。
しばらく黙々と投球練習を続けるとブルペンに誰かがやってきた。
「精が出るね」
シャルはやってきた背の高い人物を見て誰だかすぐにわかった。
「ソフィア先輩」
「はい、これタオル」
「ありがとうございます」
シャルはソフィアが持ってきたタオルを受け取ると汗を拭う。
ソフィアはブルペンに投げ散らかった無数のボールを見て心配するように言う。
「頑張りすぎるのもいいけどムチャだけはしないように。じゃないと私のようにケガをしたらまともに野球ができなくなるぞ」
そう言ってソフィアは自分の右ひじを見ながら苦笑する。ソフィアは元々ピッチャーで死んでしまったシャルの姉のシエラとバッテリーを組んでいたが、練習のし過ぎてひじを故障して一線から退いていた。
「そうですね。それなのに次の試合はソフィア先輩にも出てもらうことになってごめんなさい。私が不甲斐ないばっかりに……」
「シャルが気にすることじゃない。元々シャルのことを頼むってシエラから頼まれていたことだ」
「姉さんが?」
「ちょうどシエラがいなくなる前にそんなことを言ってきたんだ」
「……姉さん」
シャルは大好きだった姉のことを思い出して落ち込む。
ソフィアはそんなシャルの気持ちを切り替えるために別の話題を振る。
「そういえば昨日彼と話したぞ」
「彼? ……大地とですか?」
「ああ。図書室でメルキド帝国との試合の内容を知るためにスコアブックを見ていた。彼は勝つ気でいるんだな」
ハッキリ言ってしまえばシャルがメルキド帝国と戦って勝つ確率は限りなくゼロに近い。主力選手が抜けたとはいえそれなりに実力があった選手がいた状態でも二連敗したのに、今度はまともに戦える選手がいない。その上メルキド帝国のエースは手強く、魔球もかなり厄介だ。
なのでエストリアの民だけでなく臣下からも勝てないと諦められている。
「そうですか」
とシャル。
ソフィアはふむと顎に手を当てて考える。
「シャルは彼をどう思う?」
「確かに彼は選手としても優秀ですし、指導者としても優れています」
シャルはそう答えながら水分を補給するために水を飲むと、ソフィアは首を横に振る。
「そうじゃなくて異性としてだ」
「ぶっ! な、何をいってるんですかソフィア先輩!」
その手の話題にうといのかシャルは飲んでいた水を吹き出して顔を真っ赤にする。
一方ソフィアは何食わぬ顔で言う。
「なにって当然だろ? 彼ほど優秀な人材なら手放すのは惜しい。どっかに行ってしまわないように惚れさせるのが一番だと思うのだが。シャルならいけると思うが」
「そ、そそそそんなわけないです! 私は女らしさもないですし、恋愛なんてまるっきりダメですし……」
バタバタと手を振って慌てるシャルを見てソフィアはクスリと笑う。
「今のは冗談だ。だが、メルキド帝国に勝ったあとのことを考えるとそうしなくてはならないかもしれないな」
もしシャル達がメルキド帝国に勝つことがあれば、それを導いた大地に注目が集まる。そうなればどこの国でも大地を手に入れようとするだろう。
「おーい、シャル」
噂をすればなんとやら。シャルにとってはタイミング悪く大地がブルペンにやってきた。
「な、なななんだ」
なぜか緊張してしまってろれつが回らないシャル。
「何ってお前が投球練習してるから来たんだど、俺ってキャッチャーだし」
「キャッチャー!?」
そんなことは聞いてないぞといった感じに驚く。
「他にキャッチャーができるやつがいたら他のポジションでもよかったんだけどな。だけどチビーズに聞いたらシャルの球を捕れるキャッチャーがいないって言ってたし」
「ということは大地さんはシャルの恋女房ですね」
とソフィアはシャルの耳元でささやくと、シャルの顔がみるみる朱に染まっていった。




